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第24巻「パルバンの戦い」

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第8章 崖(がけ)

24.水底

 闇大陸にやってきたフルートたちの一行は、泳いでも飛んでも渡ることができない湖を、手作りの筏(いかだ)で越えていました。

 主にゼンとフルートがこぎ続けますが、昼過ぎまで進んでも、まだ向こう岸は見えてきません。

「大きい湖だよねぇ。いつになったら渡りきれるんだろ」

 とメールは溜息をつきました。周囲には彼女の大好きな水が広がっていますが、泳ぐことはできないし、魚釣りにも飽きてしまったので、すっかり退屈していたのです。筏の上に腹ばいになって膝を曲げ、足先を空中で組んだりほどいたりしています。

 その横にはペルラが座り込んでいました。ずっと黙っているので、シィが不思議そうに見上げますが、それでも何も言いません。何かを考え込んでいるような感じです。

 ポポロはポチやルルやビーラーと、筏の端から水の中をのぞき込んでいました。湖の水は透き通っているので、驚くほど深い場所まで見ることができたのです。

「湖底に山や谷が見えるわよね……。森の痕のようなものも見えるわ。ここは昔は湖じゃなくて、普通の陸地だったんじゃないかしら……?」

 とポポロが言ったので、犬たちは話し合いました。

「ワン、何かの原因で川がせき止められて湖になったのかもしれないですね」

「何かの原因って何よ?」

「ワン、普通は火山の噴火とか土砂崩れなんかのせいなんだけど」

「でも、このあたりには山なんか見当たらないぞ?」

 すると、膝を抱えて湖を見ていたレオンが言いました。

「そんな普通の理由のはずがないさ。これは魔法の湖なんだからな。どこからも水が流れ込まない湖だから、泥や砂が運ばれてこないし、そのせいで湖底の地形が埋もれずにそのまま見えているんだ。湖底にあるのは、きっと二千年前の森だ」

 それを聞いて、フルートとゼンもオールを止めて水中をのぞき込みました。どこまでも透き通った水の底には、確かに森がありました。枝葉は枯れてしまっていますが、たくさんの木の幹が無数の杭(くい)のように湖底に突き立っています。

「二千年前はここも陸地だったんだな。きっとセイロスがそれを湖に変えたんだ」

 とフルートは言って、そのときの様子を想像してみようとしました。その当時、森に動物がいたとしたら、突然押し寄せてきた水に驚き、必死で逃げたのに違いありません。鳥は空へ逃れたことでしょう。その後、水没した森には魚が棲み着き、彼らの王国になってしまったのです。

 

 すると、ゼンが急に眉をひそめました。湖底を指さして言います。

「おい、あれ、ひょっとして家じゃねえのか?」

 一同は、えっ、とそちらを見ました。――が、一度に全員が同じ場所に集まると筏が転覆するので、筏の四方に散って改めて湖をのぞきます。

 仲間たちにはゼンの見つけたものがなかなか見えませんでしたが、そのうちにポポロとレオンが気がつきました。

「本当! あれは家よ! 屋根が見えているわ!」

「何軒かあるな。一、二……全部で五軒か。集落だぞ」

「闇大陸にも人が住んでいたのか」

 とフルートは驚きながら言いました。住んでいた場所が水に呑み込まれてしまって、彼らはどうしたんだろう、と考えます。この場所での戦いは、最終的に光の陣営の勝利に終わりました。光の軍勢が引き上げるときに、一緒に闇大陸を離れたのでしょうか……?

 他の仲間たちもようやく湖底に家の痕を見つけました。

 薄灰色の屋根を見下ろしながら、ポチが言います。

「ワン、なんだかトムラムストにあった遺跡を思い出しますね。あそこにも家の痕がたくさんありましたよ」

「ああ、あったね。あっちは三千年前に沈んだ大陸の街だったんだよね」

 とメールがうなずきます。

 彼らがペルラたちやシードッグと、トムラムストと呼ばれる海域に行き、沈んだ古代大陸を調査したのは、半年ほど前のことでした。遺跡に残された数々の遺品を目にして、海中に消えた人々の暮らしや人生に思いをはせたのです。

 湖底の集落跡がトムラムストと重なって見えて、一行はなんとなくしんみりしました。ここの住人はどうなったんだろう、と誰もが考えてしまいます――。

 

 そのとき、ゼンが片手を首筋の後ろに当てました。

「っつ……」

 小さな痛みが急に走ったのです。

 即座にそれに気づいたのは、フルートとレオンでした。

「みんな、筏につかまれ!」

 とフルートが叫ぶと、レオンも素早く周囲を見回して左手を指さしました。

「風が来る! また入れ替わるぞ!」

 全員はフルートが言うとおりに筏にしがみつきましたが、レオンが言った意味は理解できませんでした。

「風が来て入れ替わるって――」

 どういうことなんだ? とビーラーが聞き返そうとすると、本当に風が吹いてきました。さぁぁ、と湖の上をさざ波が渡ってきて、涼しい風が彼らの間を吹き抜けていきます。

 とたんに彼らの下から水が消えました。一瞬で湖がなくなってしまったのです。

 代わりに現れたのは断崖でした。ごごごご、と地鳴りをさせながら、彼らのすぐ横に切り立った岩壁がせり上がってきます。

「下に地面がないぞ!」

 とレオンがまた叫びました。傍らには絶壁が現れたのに、彼らの下は空白だったのです。地面は実に百メートル近くも下に遠ざかっていました。たちまち筏が重力につかまり、一行を乗せたまま落下を始めます。

「レマートヨクライーツ!」

 レオンが呪文を唱え、指先から銀の星が散りましたが、闇大陸に到着したときと同じように、墜落を止める力はほとんどありませんでした。

 ペルラも腕を振って呪文を唱えましたが、こちらは魔法の発動さえ起きませんでした。これも前回と同様です。

 犬たちは筏にしがみついて悲鳴を上げていました。相変わらず変身ができないので、風の犬になって仲間を助けることができません。

 筏は落ち続けます――。

 

 するとフルートが叫びました。

「ポポロ、筏を止めろ!」

「はいっ!」

 とポポロは跳ね起きました。両手を筏に押し当てて呪文を唱えます。

「レマートヨクライーツノダカーイ!」

 とたんに大量の緑の星が散って筏を包み込みました。墜落の速度がゆっくりになって、やがて、ふわりと空中に留まります。

「止まった!」

 とレオンは驚いてポポロを見ました。彼にできなかった魔法を、ポポロはあっさりやりとげてしまったのです。

 ペルラも信じられないようにポポロを見つめました。

「なんて魔力なのよ……嘘みたい」

 けれども、フルートたちには呆然とする暇も安心する余裕もありませんでした。ポポロの魔法はほんの二、三分しか効きません。その時間が過ぎれば、筏はまた墜落を始めてしまうのです。

 ポポロが泣きそうな顔で言いました。

「フルート、今日の魔法はこれで終わりよ……!」

「わかってる! ゼン、弓矢を準備しろ! メールは蔓を! あの崖に蔓を撃ち込むんだ!」

 矢継ぎ早のフルートの指示に、レオンやペルラ、ビーラーやシィは目を丸くしましたが、勇者の一行はすぐに動き出していました。ゼンが一瞬で弓に弦を張り、矢を取り出しながら言います。

「メール、四本射るぞ。筏の四隅から蔓を伸ばせ!」

「あいよ! でも、岩壁に矢が刺さるかい?」

「やるっきゃねえだろう。岩の隙間を狙って撃ち込んでやらぁ」

 ゼンが話しながら矢をつがえると、筏の片隅から蔓がしゅるしゅると伸びてきました。矢の中程に絡みつきます。

「ワン、ビーラーとシィはレオンたちに抱いてもらって!」

「きっと揺れるわ! 振り落とされるわよ!」

 とポチとルルが言って、自分たちはフルートとポポロに飛びつきました。フルートたちが犬を抱きしめて身を伏せたので、レオンとペルラもあわてて自分の犬を抱いて伏せます。

 

 ぱしゅっ、と軽い音を立てて矢が弓を離れました。ゼンが崖めがけて撃ち出したのです。長い蔓を絡みつかせたまま、崖の岩の隙間に突き立ちます。

「よし、次!」

 ゼンが二本目の矢をつがえると、また別の隅から蔓が伸びてきて絡みつきました。ゼンが放つと、見事にまた岩の間に突き立ちます。

 そんなふうにして三本目の矢も蔓と一緒に崖に刺さりましたが、四本目を撃ち出そうとしたとき、ポポロが叫びました。

「急いで! あたしの魔法が切れるわ――!」

 そのとたん、がくん、と筏が大きくかしぎました。本当に停止の魔法が切れてしまったのです。まだ崖に留められてなかった一角が下がって、筏全体が斜めになります。

 一同は悲鳴を上げて筏にしがみつきました。ポチを抱いたフルート、ルルを抱いたポポロ、ビーラーを抱いたレオン……ゼンもとっさにメールを抱えて筏の端につかまります。

 ところがペルラだけは一瞬反応が遅れました。筏の上を滑り落ちそうになって、あわてて手を伸ばした拍子に、シィを放してしまいます。

 ペルラの体は止まりましたが、シィは筏の上に放り出されました。ますますかしいでいく筏の上をずるずると滑り出します。

「ペルラ! ペルラ!」

 とシィは叫びました。丸太に爪を立てようとしますが止まりません

「シィ!!」

 ペルラも筏から右手を離して思いきり伸ばしましたが、ぶちの小犬を捕まえることはできませんでした――。

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