ミコン山脈の南側に、東西に広がる大国サータマン。
その王都カララズにある城で、サータマン王は本日四度目の食事の最中でした。
豪華な部屋に広げられた絨毯には、世界各地から集められた美酒美食が所狭しと並べられ、麗しく着飾った美女たちが王に酒を勧め、料理を取り分けています。部屋の片隅では楽団が音楽を奏でていて、さながら賓客をもてなすパーティのようですが、これがサータマン王の普段の食事でした。こんな光景が今日はあと二回ほど繰り返されます。
すると、その部屋の入り口に、いつの間にかひとりの青年が姿を現しました。横の円い柱に頬杖をつき、冷めた目でサータマン王を見ています。空の皿を下げようとした美女が気づいて、きゃっと飛びのいたので、部屋中の目がいっせいに青年に集中します。
とたんにサータマン王が膝立ちになりました。丸い顔を真っ赤にして青年を指さします。
「セ、セイロスではないか! い、今までどこに隠れていたのだ!?」
青年は黒っぽい紫の鎧を身につけていましたが、兜はかぶっていませんでした。流れる長い黒髪を後ろでひとつに束ね、冷ややかな黒い目で王を見つめています。
「隠れていたわけではない。準備を整えていただけだ」
青年に悪びれる様子がまったくないので、サータマン王は顔をひきつらせました。ふん、と言って座り直すと、気を静めるように酒の杯をあおってから話し始めます。
「そなたが聖戦を行ってミコンの異教徒どもを一掃すると言うので、わしは疾風部隊を預けたな、セイロス。そなたは国境を越えてミコンの領内へ兵を進めたが、そこで勇者の小僧や異教徒の魔法使いどもの抵抗に遭って、兵の半数以上を失ってしまった。我が軍の損害は尋常ではなかったのだぞ。なのに、そなたは戦場を逃げ出したまま、一ヶ月も行方をくらましていた。てっきり勇者の小僧に尻尾を巻いたものとばかり思っていたのだが、その間に反撃のための準備を整えていたと言うのか?」
王の声には当てこすりと疑いの響きがありましたが、セイロスはそれを無視しました。
「そう聞こえなかったか、サータマン王? もとより、ミコンへの攻撃は陽動だったのだ。あちらが負けても、戦略的には大した損害ではない。新たな準備は八割方整った。今日はおまえに物資の提供を要求に来たのだ」
「陽動――? もう八割も準備ができているだと!?」
とサータマン王は仰天しました。サータマン国の中でそんな動きをしていれば、王が気づかないはずはなかったので、あわてて質問を重ねます。
「い、いったいどこで味方を見つけたのだ!? 今度はどこの国を味方につけるつもりでいる!? 貴殿の盟友はこのサータマンのはずだぞ!」
先ほどまで見下すように「そなた」と言っていた王が、急に「貴殿」と呼び始めたので、セイロスは冷笑しました。
「安心しろ、味方になった連中はサータマンにも荷担しようとしている。だが、戦争を始めるには装備と資材が足りん。それを準備しろ、と言っているのだ」
「装備と資材だけでいいのか? 兵はいらんというのか?」
「兵もいずれまた必要になる。だが、今欲しいのは物資だ。ついでに馬と食料も準備しろ」
セイロスは大国の王を相手に一方的に命令を続けました。そんなふうに人に命令することに慣れきっているのです。
サータマン王のほうは、そのことに腹を立てるのをやめて、伺うようにセイロスを見ました。素早く頭を巡らして、こう尋ねます。
「どのくらいの量が必要なのだ? 例えば鎧は?」
「軽量の革の鎧を二百、通常の鉄の鎧を三千組だ」
「では、合わせて三千二百名の軍勢か! どこでそれだけの味方を見つけてきたのだ!?」
サータマン王は改めて驚き、セイロスの背後に目を向けました。そこに新しい彼の軍勢が控えているのではないか、と思ったのですが、人の姿は見当たりません。
セイロスは言いました。
「新しい味方にはいずれ引き合わせてやる。必要な物資についてはギーに聞け」
とたんに入り口にもうひとりの人物が現れました。肩まで伸びた金髪に、がっしりした体格の青年で、質素な鎧に青いマントをはおり、二本角の兜を小脇に抱えています。
サータマン王はうなずきました。
「貴殿の副官殿か。彼もしばらく姿を見なかったが、無事でいたのだな。あの幽霊はどうした?」
「ランジュールのことか? 奴には奴で、するべきことがあるのだ。物資は明後日までに整えておけ。また受け取りに来る」
セイロスが言うだけ言って立ち去りそうになったので、サータマン王はあわてて引き留めました。
「待て待て、セイロス殿……! 実はこちらでも貴殿の耳に入れたいことがあったのだ! バルス港に近い町で、非常に興味深い人物を見つけて、この都に連れてきてある。我々の役に立つかもしれないのだ」
「興味深い人物? 誰だ?」
とセイロスは立ち止まって振り向きました。ギーも不思議そうな顔で話を聞いています。
「恨み重なるロムドの一番占者に関わりある人間だ。うまく使えば、あの占者とロムド王に、目にもの見せることができるかもしれんぞ」
声を潜めてそう言うと、サータマン王は意地悪くにんまり笑ってみせました――。