勇者の一行の行く手に現れた湖は、泳いでも飛んでも越えることができません。そこを筏で渡ろう、とゼンが言いだしたので、メールは危ぶむ顔をしました。
「そんなこと、本当にできんの? あたいたち、この湖では全然浮かなかったじゃないか。筏も沈んじゃうんじゃないのかい?」
すると、ゼンは先ほどフルートが放り込んだ小枝を指さしました。
「あれを見ろよ。枝はちゃんと浮いてるだろうが。木の枝だけじゃねえ。よく見れば、木の葉も湖の上にたくさん浮かんでるぞ。木は平気なんだよ。てぇことは、木で作った筏だって浮くってことだ!」
「この湖は海の民の邪魔をするために作られたものだから、船や筏は平気なのね」
とポポロが納得します。
「それで? 何本くらいあればいいの?」
とルルはゼンに尋ねました。もう低く身構えて変身の準備をしています。
「とりあえず二十本だな。足りなかったらまた頼むぜ」
「いいわ」
ごぅっと音を立てて、ルルは風の犬になりました。空に舞い上がり、つむじを巻きながらまた急降下して、岸辺に並んで生える木の横を吹きすぎていきます。
とたんに木々が傾き、音を立てながら倒れ始めました。ずずん、ずずん、ずしんと地響きを立てて横倒しになっていきます。
「どういうこと!? どうして木が倒れたのよ!?」
とペルラやシィが驚いたので、ポチが答えました。
「ワン、ルルは風の刃(やいば)っていう技が使えるんですよ。それで木を切り倒したんです」
切り倒された木は長さが四、五メートルもある大きなものでしたが、ゼンは藁束(わらたば)でも抱えるように、ひょいと肩に担ぐと、ルルに枝を切り払わせて丸太にしてから、湖の岸に運んでいきました。それを何本か横に並べたところで、メールを呼びます。
「ここんとこを縛ってくれ。頼む」
「もう、ゼンったら。木を切るときにはまず木に断りなよ。いきなり切り倒されたから、木が悲鳴を上げたじゃないか」
「悪ぃ、気が急いてよ。早いとこ縛ってくれ」
「しょうがないなぁ」
メールはあたりを見回して、残っていた立木に蔓が絡みついているのを見つけると、腕を振って招きました。
「おいで、蔓草! あんたの体をちょっと貸しておくれよ!」
とたんに蔓がしゅるしゅると伸びながら飛んできて、自分から丸太に絡みつきました。たちまち丸太が結びつけられていきます。
「すごい……!」
ペルラとシィとビーラーが感心しながら作業を見守ります。
その様子に、フルートはうなずきました。
「こっちはゼンたちに任せて大丈夫だな。どう、ポポロ? 行く手に何か見えるかい?」
遠い目で湖を見ていたポポロは、ううん、と首を振りました。
「向こう岸は見えるのよ。でも、その先の景色が見えないわ。まるで霧に隠されているみたいよ……」
「やっぱりだめか」
とフルートが言うと、レオンが話に加わってきました。
「たぶん、闇大陸では空間がいくつにもちぎれて、ひっきりなしに入れ替わるようになっているんだな。二千年前の魔法戦争の影響だ。ぼくたちの透視は一つの空間内にしか効かないから、その先が見えないんだよ――。で、準備を進めているところに、こんなことを言うのは気が引けるんだが、ぼくたちがめざすパルバンは、この先にあるとは限らないんじゃないか? 確かにぼくたちは森が教えた方角に進んできているけれど、空間がひっきりなしに入れ替わっているなら、パルバンだってきっと同じように入れ替わっているはずだ。パルバンがあった場所に行っても、たどり着いた頃にはもうパルバンは別のところに移動していると思うぞ」
えっ、とポポロとポチは驚きました。考えてみればレオンの言うとおりのような気がして、困惑してしまいます。
ところがフルートは動じませんでした。
「いいや、パルバンはきっとこの先にあるはずだよ」
「どうして!?」
とレオンは聞き返しました。魔法使いの彼らにも見通せない行く手を、ただの人間のフルートが自信を持って言い切れる、その根拠がわかりません。
フルートは落ち着いて答えました。
「森の木が言っていただろう? 乾いた風は必ずこっちのほうからやってくるって。パルバンからの風はいつも同じ方角から吹くってことだ。闇大陸の場所は確かにひっきりなしに入れ替わっているかもしれない。でも、パルバンの方角が変わらないんだとしたら、きっと、ちぎれた場所はパルバンを中心にして動いているんだ」
それを聞いて、ポチは首をかしげました。
「ワン、つむじ風は渦を巻いているけど、中心では風がほとんど動きません。それと同じですか?」
「そうだね。そんな感じなんじゃないかな」
とフルートは言って、湖の向こうへ目を向けました。その先にパルバンがあることを疑わない、強いまなざしです。
レオンは思わず肩をすくめてしまいました。
「本当に、君たちは――」
と言いかけて頭を振り、フルートたちから離れます。
湖の岸辺では筏がもう半分以上完成していました。ゼンが丸太を次々に運んでくるので、みるみるできあがっていきます。太い木を丈夫な蔓でしっかり結び合わせた、頑丈そうな筏です。
「君たちは大したもんだよな。わけのわからない場所に来てるし、魔法もろくに使えないっていうのに、全然へこたれないんだから」
ひとりごとにしては大きな声でしたが、それを聞きつけた者はいませんでした。レオンは自分の手を見つめると、ふぅ、と溜息をついてから、またフルートを振り向きました。フルートの横にはポポロが立っていました。レオンと同じように魔法がほとんど使えなくなっているはずなのに、少しも不安そうではありません。隣にフルートがいるからかもしれません。
「ちぇ……」
レオンは舌打ちして二人から目をそらしました。