シードッグになったシィは、湖の中を這い回ってフルートたちを頭に乗せていきました。最後にレオンを拾い上げたとたん、ポポロの魔法が切れて、全員がシィの頭の毛の中に倒れ込みます。危機一髪でした。
メールもペルラも、ゼンもレオンもビーラーも、まだ激しく咳き込んでいました。ポチとルルも低い声でうめいて咳を始めますが、ポポロはまったく動きませんでした。呼吸をしていないのです。
「ポポロ!」
フルートは大声で呼びながらペンダントを押し当てました。強力な癒やしの力を持つ金の石は、その人が死んでさえいなければ、また元気にすることができます。
すると、ポポロが身動きしました。苦しそうに頭をそらすと、すぐに大きな咳を始めます。息を吹き返したのです。
「よかった……」
フルートは、ほっとすると、改めて仲間たちひとりひとりに金の石を押し当てていきました。一行の咳がようやく収まります。
「ふぅ、ひでぇ目に遭った」
とゼンは仰向けにひっくり返りました。メールとペルラは真っ青になった顔を見合わせています。
「びっくりした。水の中で全然息ができないんだからさ。本気で死ぬかと思ったよ」
「あたしもよ。あんな経験、初めてだわ。泳ぐこともできないんだもの。どうしてあんなことになっちゃったの……?」
海の民の彼女たちは、溺れたことに大きなショックを受けています。
「ワン、ぼくたちも全然泳げなかったけど、シィは泳げるの?」
とポチはシードッグに尋ねました。
「あたしもだめです、ポチさん。ここは水深が浅いから、水底に体がついているだけなんです」
「泳げない湖か。どういうことなんだろう?」
とフルートは周囲を見回しました。夜明け前まで広がっていた林も、その前にあった森も、もうどこにも見当たりませんでした。見えるのは真っ青に輝く水面と、遠くに見える岸だけです。岸辺には木も生えているようでした。
すると、レオンが遠い目をしながら言いました。
「さっきまでの闇がもう感じられない。また場所が入れ替わったんだな。林の代わりに湖が現れたんだ。それも、ただの湖じゃない」
「渡れずの水ね……それが充ちている場所なんだわ」
とポポロも体を起こしながら言います。
「渡れずの水ってなんだい?」
とビーラーが聞き返しました。
「泳いでも潜っても絶対に渡ることができない、魔法の水よ……。二千年前の光と闇の戦いでは、海の民が光の陣営に参戦したから、それを阻止するために敵が生み出したとも言われているわ。今はもう誰も使えない古い魔法なの……」
「それが闇大陸に残されていたのか」
とフルートは湖を見つめました。海の民を阻止するための湖ならば、メールやペルラが溺れてしまったのも当然のことです。
「いやらしい水!」
とペルラは癇癪(かんしゃく)を起こしました。シィの頭をたたいて言います。
「泳げなくても、あなたなら歩いて渡れるはずだわ! あたしたちを向こう岸まで運んでよ!」
そこで、シィは彼らを乗せたまま湖を進み始めました。岸に背を向けて、前脚だけで湖底を歩いていきます。
ところが、湖はどんどん深くなっていって、じきに水がシィの顎のあたりまでやってきました。鼻面を上げなくては呼吸ができないので頭を上げると、乗っていた一同が湖に落ちそうになります。
「む、無理だよ、ペルラ! 戻ろう!」
とメールが言ったので、ペルラはしぶしぶあきらめました。シィは湖の浅いほうへ引き返し、岸に上がって、ぶちの小犬に戻りました。
すると、ルルが、あらっ? と声をあげました。
「空気の匂いが違うわ。全然違う場所に来たみたいよ」
「ワン、それになんだか体に力が充ちてくるみたいだ。もしかしたら――」
とポチは言って低く身構えました。たちまちその体が風の犬に変わります。
「やっぱり変身できた!」
ポチは喜んで空中を一回転すると、湖に向かって飛び始めました。
「ワン、湖がどのくらい大きいのか、ちょっと見てきますね」
「待って、ポチ。私も行くわ!」
とルルも変身してポチの後を追いかけました。二匹の風の犬が湖の上に出ていきます。
ところが、そのとたん、二匹は元の犬の姿に戻ってしまいました。空から真っ逆さまに落ちて、ぼしゃん、と湖に沈んでしまいます。
「ポチ! ルル!」
フルートとゼンは驚いて湖に駆け込みました。水は澄んでいたので、湖底に沈む二匹をすぐに発見して抱き上げます。
幸い短い時間だったので、二匹は溺れていませんでした。
「空気がまた変わったのよ!」
「ワン、湖の上に出たとたん、変身が解けちゃったんです!」
と口々に言って、ぶるるっと身震いします。
「渡れずの湖は、空を飛んで渡ることもできないようにしているんだな」
とフルートは言いました。なかなかやっかいな湖です。
彼らが岸に戻ると、ポポロやメールが、大丈夫!? と駆け寄ってきました。シィもポチを心配して駆け寄ろうとしましたが、とたんにルルが、ガゥッとほえたので、立ちすくんでしまいます。
レオンは考える顔で腕組みをしていました。フルートたちに話しかけます。
「どうやら、この闇大陸というところは、不規則に場所が入れ替わるみたいだな。光と闇の戦いの後遺症だろう。この湖もきっとまた入れ替わるはずだ。ぼくたちが立っているこの場所もね――。無理に渡ろうとしないで、湖が消えるのを待つほうがいい」
ところがフルートは首を振りました。
「いいや、今すぐ前進しよう。次にここに現れる場所が、ぼくたちに越えやすい場所とは限らない。ポポロは魔法を一つ使ってしまって、あと一度しか使えないし、昨夜みたいな闇の立ちこめた場所が現れたら動けなくなるからな。その点、湖ならば越えていくのは可能なはずだ」
「どうやって? この湖は泳いで渡れないのよ!?」
とペルラが尋ねると、フルートはそれには答えずに、足元から小枝を拾い上げました。それを湖に放り投げると、親友に示して見せます。
「ほら、ゼン」
ゼンはすぐには意味がわからなくて目を丸くしましたが、小枝がさざ波に揺れながら湖に浮いているのを見て、フルートの言いたいことに気がつきました。
「なるほど! その手があったか!」
と自分の膝を打ちます。
フルートは岸辺の木立をざっと示して言い続けました。
「あれだけあれば間に合うかな?」
「おう、充分だ! 来い、ルル、メール! 手伝え!」
ルルとメールは名指しされて面食らいました。
「て、手伝うって、何をよ……?」
「何をするつもりなのさ?」
「筏(いかだ)を作るんだよ! そいつでこの湖を越えようぜ!」
ゼンはそう言って、岸辺に生えている木の一本をばん、とたたきました――。