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第24巻「パルバンの戦い」

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17.湖

 シードッグになったシィは、湖の中を這い回ってフルートたちを頭に乗せていきました。最後にレオンを拾い上げたとたん、ポポロの魔法が切れて、全員がシィの頭の毛の中に倒れ込みます。危機一髪でした。

 メールもペルラも、ゼンもレオンもビーラーも、まだ激しく咳き込んでいました。ポチとルルも低い声でうめいて咳を始めますが、ポポロはまったく動きませんでした。呼吸をしていないのです。

「ポポロ!」

 フルートは大声で呼びながらペンダントを押し当てました。強力な癒やしの力を持つ金の石は、その人が死んでさえいなければ、また元気にすることができます。

 すると、ポポロが身動きしました。苦しそうに頭をそらすと、すぐに大きな咳を始めます。息を吹き返したのです。

「よかった……」

 フルートは、ほっとすると、改めて仲間たちひとりひとりに金の石を押し当てていきました。一行の咳がようやく収まります。

「ふぅ、ひでぇ目に遭った」

 とゼンは仰向けにひっくり返りました。メールとペルラは真っ青になった顔を見合わせています。

「びっくりした。水の中で全然息ができないんだからさ。本気で死ぬかと思ったよ」

「あたしもよ。あんな経験、初めてだわ。泳ぐこともできないんだもの。どうしてあんなことになっちゃったの……?」

 海の民の彼女たちは、溺れたことに大きなショックを受けています。

「ワン、ぼくたちも全然泳げなかったけど、シィは泳げるの?」

 とポチはシードッグに尋ねました。

「あたしもだめです、ポチさん。ここは水深が浅いから、水底に体がついているだけなんです」

「泳げない湖か。どういうことなんだろう?」

 とフルートは周囲を見回しました。夜明け前まで広がっていた林も、その前にあった森も、もうどこにも見当たりませんでした。見えるのは真っ青に輝く水面と、遠くに見える岸だけです。岸辺には木も生えているようでした。

 

 すると、レオンが遠い目をしながら言いました。

「さっきまでの闇がもう感じられない。また場所が入れ替わったんだな。林の代わりに湖が現れたんだ。それも、ただの湖じゃない」

「渡れずの水ね……それが充ちている場所なんだわ」

 とポポロも体を起こしながら言います。

「渡れずの水ってなんだい?」

 とビーラーが聞き返しました。

「泳いでも潜っても絶対に渡ることができない、魔法の水よ……。二千年前の光と闇の戦いでは、海の民が光の陣営に参戦したから、それを阻止するために敵が生み出したとも言われているわ。今はもう誰も使えない古い魔法なの……」

「それが闇大陸に残されていたのか」

 とフルートは湖を見つめました。海の民を阻止するための湖ならば、メールやペルラが溺れてしまったのも当然のことです。

「いやらしい水!」

 とペルラは癇癪(かんしゃく)を起こしました。シィの頭をたたいて言います。

「泳げなくても、あなたなら歩いて渡れるはずだわ! あたしたちを向こう岸まで運んでよ!」

 そこで、シィは彼らを乗せたまま湖を進み始めました。岸に背を向けて、前脚だけで湖底を歩いていきます。

 ところが、湖はどんどん深くなっていって、じきに水がシィの顎のあたりまでやってきました。鼻面を上げなくては呼吸ができないので頭を上げると、乗っていた一同が湖に落ちそうになります。

「む、無理だよ、ペルラ! 戻ろう!」

 とメールが言ったので、ペルラはしぶしぶあきらめました。シィは湖の浅いほうへ引き返し、岸に上がって、ぶちの小犬に戻りました。

 

 すると、ルルが、あらっ? と声をあげました。

「空気の匂いが違うわ。全然違う場所に来たみたいよ」

「ワン、それになんだか体に力が充ちてくるみたいだ。もしかしたら――」

 とポチは言って低く身構えました。たちまちその体が風の犬に変わります。

「やっぱり変身できた!」

 ポチは喜んで空中を一回転すると、湖に向かって飛び始めました。

「ワン、湖がどのくらい大きいのか、ちょっと見てきますね」

「待って、ポチ。私も行くわ!」

 とルルも変身してポチの後を追いかけました。二匹の風の犬が湖の上に出ていきます。

 ところが、そのとたん、二匹は元の犬の姿に戻ってしまいました。空から真っ逆さまに落ちて、ぼしゃん、と湖に沈んでしまいます。

「ポチ! ルル!」

 フルートとゼンは驚いて湖に駆け込みました。水は澄んでいたので、湖底に沈む二匹をすぐに発見して抱き上げます。

 幸い短い時間だったので、二匹は溺れていませんでした。

「空気がまた変わったのよ!」

「ワン、湖の上に出たとたん、変身が解けちゃったんです!」

 と口々に言って、ぶるるっと身震いします。

「渡れずの湖は、空を飛んで渡ることもできないようにしているんだな」

 とフルートは言いました。なかなかやっかいな湖です。

 

 彼らが岸に戻ると、ポポロやメールが、大丈夫!? と駆け寄ってきました。シィもポチを心配して駆け寄ろうとしましたが、とたんにルルが、ガゥッとほえたので、立ちすくんでしまいます。

 レオンは考える顔で腕組みをしていました。フルートたちに話しかけます。

「どうやら、この闇大陸というところは、不規則に場所が入れ替わるみたいだな。光と闇の戦いの後遺症だろう。この湖もきっとまた入れ替わるはずだ。ぼくたちが立っているこの場所もね――。無理に渡ろうとしないで、湖が消えるのを待つほうがいい」

 ところがフルートは首を振りました。

「いいや、今すぐ前進しよう。次にここに現れる場所が、ぼくたちに越えやすい場所とは限らない。ポポロは魔法を一つ使ってしまって、あと一度しか使えないし、昨夜みたいな闇の立ちこめた場所が現れたら動けなくなるからな。その点、湖ならば越えていくのは可能なはずだ」

「どうやって? この湖は泳いで渡れないのよ!?」

 とペルラが尋ねると、フルートはそれには答えずに、足元から小枝を拾い上げました。それを湖に放り投げると、親友に示して見せます。

「ほら、ゼン」

 ゼンはすぐには意味がわからなくて目を丸くしましたが、小枝がさざ波に揺れながら湖に浮いているのを見て、フルートの言いたいことに気がつきました。

「なるほど! その手があったか!」

 と自分の膝を打ちます。

 フルートは岸辺の木立をざっと示して言い続けました。

「あれだけあれば間に合うかな?」

「おう、充分だ! 来い、ルル、メール! 手伝え!」

 ルルとメールは名指しされて面食らいました。

「て、手伝うって、何をよ……?」

「何をするつもりなのさ?」

「筏(いかだ)を作るんだよ! そいつでこの湖を越えようぜ!」

 ゼンはそう言って、岸辺に生えている木の一本をばん、とたたきました――。

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