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第24巻「パルバンの戦い」

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第6章 湖

16.夜明け

 木の根元で野宿をしたフルートたちの一行は、翌朝まだ夜が明けないうちに起き出して、緊張しながら日の出を待っていました。

 空はすでに白んでいて、貧弱な林の上に広がっています。その真ん中にぼんやりと輝く白い円盤がありました。明け方の空に残った満月のように見えますが、それはこの結界と外の世界のつなぎ目でした。外の世界で夜明けが近づいているので、つなぎ目を通して光が洩れてきているのです。

「もうじき夜が明けるわ。あたしの魔法が消えてしまうわよ……」

 とポポロが不安そうに言うと、フルートはうなずきました。

「夜が明けても、金の石はぼくたちを守り続けてくれる。それに、君もレオンも、力は弱くなっても、ちゃんと魔法は使えるんだ。使えるだけの力でまた守りの魔法をかけ直してくれればいいから」

 力強いその声に、ポポロは、うん、とうなずきました。フルートに肩を抱かれて、ようやく少し体の力を抜きます。

 レオンは自分の手を見つめながら考え込んでいました。ここは結界の中にある闇大陸です。外の世界とほとんど切り離されているために、充分な力を得られなくて、強力な魔法を使うことができません。乏しい魔力でどうやって自分たちを闇から守ったらいいか――そんなことを一生懸命考えていたのです。

 彼らの前に白々と拓けてきた景色は、一見すると、枯れた林と乾ききった大地に見えます。けれども、レオンの魔法使いの目には、大地の上に重く淀む闇が見えていました。水の中から跳ねる魚のように、闇の中から飛びだしてはまた戻っていく、得体の知れない悪霊も見えています。もしも彼らの周りから守りが消えたら、闇は一気に押し寄せてきて、彼らを呑み込んでしまうでしょう。悪霊も群がってきて、彼らをとり殺そうとするに違いありません。

 ところが、ペルラにはそんなものは見えていませんでした。レオンが長い間考え込んでいるのを見て、皮肉を言います。

「なぁに、そんなに深刻そうな顔して。未来の天空王様も、魔法が使えなくなるとからっきし弱虫なのね」

「ペルラ、それ、言い過ぎよ」

 とシィがあわてて足元からたしなめました。レオンがものすごい目で彼女をにらみつけたからです。

 けれども、ペルラはふん、と顔をそらしました。その拍子に、フルートに肩を抱かれたポポロが目に入って、ますます機嫌が悪くなります。

「なによ、本当のことじゃない。だいたい天空の民は魔法にばかり頼りすぎなのよ。だから、魔法が使えなくなると、とたんに意気地なしになるんだわ。根性が足りないわよね」

 けれども、これは八つ当たりでした。フルートがポポロに優しくしているので、無性に腹が立っていたのです。

 レオンは鼻白んだように一瞬黙ると、すぐに冷ややかに言い返しました。

「意気地なしだって? それは君のことだろう。ゆうべ、暗闇を怖がってべそをかいていたくせに」

「な――なんですって!?」

 ペルラはたちまち真っ赤になりました。かみつくように言い返します。

「海の戦士のあたしが泣いたりするもんですか! とんでもない侮辱だわ! あたしはゆうべは夢も見ないでぐっすり眠ったわよ!」

「ぼくの魔法のおかげでね」

 とレオンはいっそう冷ややかに言い返します。

 ペルラはますます赤くなりました。怒りに息が詰まりそうになりながら、どなり続けます。

「な――な、なによ――! あたしは――あたしは――!」

「なんだい。魔法が全然使えない海の王女様」

 とレオンが皮肉たっぷりに応えます。

 

 ついにペルラは手を上げました。レオンの顔をぴしゃりとたたこうとします。

 けれども、その手は金の籠手をつけた腕に止められてしまいました。フルートが二人の間に割って入ったのです。

「今は喧嘩なんかしているときじゃない。レオンはこれから大事な魔法をかけようとしてるんだ。邪魔はしないでくれ」

 冷静な声で言われて、ペルラは口を歪めました。拗ねた顔で守りの輪の一番後ろまで下がってしまいます。

「いったいどうしたってのさ、ペルラ?」

 とメールが従姉妹を追いかけ、ゼンは顔をしかめました。

「ったく、本当に賑やかだな。顔を合わせりゃ喧嘩ばかりじゃねえか」

「ワン、いつもなら、ゼンとメールがそれをやってるはずなんですけどね。お株をとられてるんじゃないですか?」

 とポチが混ぜっ返したので、なんだと!? とゼンはどなり、仲間たちは思わず笑ってしまいました。緊張で泣きそうになっていたポポロも、つい笑ってしまいます。

 ただ、ペルラとレオンだけは笑ってはいませんでした。ペルラはまだ拗ねて腹を立てていたし、レオンのほうは何故かちょっと傷ついた顔をしてました。自分の手をまたじっと見つめます。

 すると、頭上からさっとまぶしい光が差し始めました。見上げると、結界のつなぎ目がみるみる明るさを増していくところでした。太陽のようにまぶしく輝き出します。

「夜明けだわ!」

 とルルが叫び、フルートが言いました。

「ポポロ、レオン、頼む!」

 朝の光がポポロの守りの魔法を消していくのが、彼らの目にもわかったのです。彼らの周囲に広がっていた金の光が、見えない力に押されるように急速に縮んでいきます。

「ペルラ、こっち!」

 メールがあわてて従姉妹を輪の中心へ引き戻します。

 ポポロとレオンが腕を高く上げました。彼らの目には押し寄せてくる闇がはっきり見えています。それを押し返し、自分と仲間たちを守るための呪文を唱え始めます――。

 

 ところがそこへ、さぁっと涼しい風が吹き抜けていきました。枯れたような林の木が揺れ、彼らの頭上で大木の梢がざぁぁぁと音を立てます。

 とたんに、彼らの目の前から林が消えていきました。彼らの後ろにそびえる大木も薄れて消えていってしまいます。

 代わりに押し寄せてきたのは、大量の水でした。大波がしぶきを立てながら、どうと襲いかかり、彼らを呑み込んでしまいます。

「水――!?」

 フルートは驚き、次の瞬間、もっと仰天しました。頭が水の下に潜ったとたん、呼吸ができなくなってしまったのです。水が鼻や口から入り込んできて、息ができなくなります。とっさに息を止めると、その体を激しい水の流れが押し流しました。あわてて手足を動かして水面に出ようとしますが、まったく体が浮きません。

 その周囲には、同じように沈んでいく仲間たちがいました。ゼン、ポポロ、レオン、犬たち……皆が水の中で必死にもがいていました。フルートと同じように溺れているのです。どうして!? とフルートは驚きました。レオンとビーラーはともかく、勇者の一行の彼らは海の王からもらった人魚の涙を飲んでいるので、水中でも呼吸ができるはずなのです。

 気がつくと、さらに深い場所にメールとペルラとシィがいました。彼女たちも苦しそうな顔でもがいています。やはり呼吸も泳ぐこともできなくなっているのです。そんな馬鹿な! とフルートは考えました。彼女たちは海の一族です。その彼女たちが溺れるなんてことはありえません――。

 すると、シィの姿が突然変わりました。小さな体がふくれあがり、巨大な犬の体に魚の尾のシードッグになったのです。大きな頭でメールとペルラをすくい上げ、水の上に持ち上げます。

 フルートもシィへ泳ぎ寄ってしがみつこうとしましたが、体がまったく進みませんでした。流れに巻き込まれているのではありません。いくら水をかいても、手や足に抵抗を感じないのです。ゼンやポポロやレオン、ポチやルルやビーラーも同様でした。どれほど手足を動かしても、どんなに泳ごうとしても、少しも進みません。まるで空中でじたばたしているようにも見えますが、ここは水中でした。フルートは息が続かなくなって苦しくなってきます……。

 

 そこへ、細い声が聞こえてきました。

「レガーア……」

 フルートは、はっとポポロを見ました。彼女が水中で呪文を唱えたのです。呪文の後で反射的に呼吸をしてしまったのでしょう。口と咽を押さえて身もだえします。

「ポポロ!」

 とフルートも思わず叫んで、最後の空気を吐き出してしまいました。空っぽになった肺に水が入り込んできて、息が詰まってしまいます――。

 けれども、その体が急に持ち上がり始めました。見えない手に持ち上げられるように水中を上昇して、さばぁっと音を立てて水上に飛び出します。

 見れば、ゼンやポポロやレオン、犬たちも、同じように空中に浮いていました。彼らを包んでいるのは、淡い緑色の光です。ポポロの魔法が彼らを水中から引き上げたのでした。

 ゼンとレオンは体を丸めて激しい咳をしていましたが、ポポロと犬たちは、ぐったりしたまま動きませんでした。濡れた体から水面へ、ぽたぽたと水しずくが落ちていきます。

「ポポロ! ポチ! ルル! ビーラー!」

 フルートは彼らの名前を呼び、ビーラー以外の仲間が反応しないのを見て、真っ青になりました。急いで駆けつけたいと思うのですが、浮いている場所から動くことができません。

 フルートは振り向き、先ほど水面に顔を出したシィを見ました。その頭の上では、メールとペルラが激しく咳き込んでいます。

 フルートは叫びました。

「シィ、ぼくたちも頭に乗せてくれ! 早く!!」

 彼らを呑み込んでいた水は、一面の湖になって、彼らの下で青く輝いていました――。

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