「おぉい、オーダ! どこに姿をくらましてやがる!?」
仲間の傭兵(ようへい)にそんなふうに呼ばれて、オーダは振り向きました。黒い鎧兜を身につけ、腰に大剣を下げた、大柄な男です。地面に顔を出した岩に腰を下ろし、足元には全身真っ白な雄のライオンを従えています。
ここはエスタ国の南部の山岳地帯でした。ミコン山脈の東の外れに当たる場所で、頂上の国境を越えれば、そこはもうテト国です。森と岩しかないような山中に、エスタの辺境部隊は駐屯していました。大半が傭兵からなる部隊なので、はっきり言って、あまり柄(がら)はよくありません。
オーダは大声で返事をしました。
「おぉう、ここだここだ! 姿なんぞくらますか! てめぇの目が節穴なだけだろう、タコ!」
「何を言いやがる、さぼってばかりの不良兵士が! 部隊長から命令があったんだぞ!」
「部隊長のおっさんから? どんな命令だ?」
「国王から命令が来たんだとよ。山を越えてテトの援軍に行くらしいぞ。また進軍だぜ。ああ、やだやだ。町でかわいこちゃんに会える日がまた遠のいちまった」
それを聞いて、オーダは鼻で笑いました。
「その顔で女にもてるつもりか? 俺みたいな美男子ならともかく、おまえじゃ無理だ」
「どの面さげてそれを言う、オーダ。鏡で自分の顔を見たことがあるのか?」
「もちろん、いつも見ている。あんまり美男子だから、自分で自分が怖くなるぞ」
「馬鹿抜かせ。おまえが美男子なら、この俺は絶世の美男子だろうが。おまえなんか豚だ、豚!」
オーダと仲間の傭兵は負けずに言い合いましたが、深刻さはありませんでした。悪口の応酬は、この部隊では日常会話のようなものなのです。
実際、オーダはすぐに口調を改めました。
「だが、なんのためにテトに援軍に行くんだ? テトで戦闘が起きてるなんて話は聞いていなかったぞ」
仲間は肩をすくめました。
「サータマンがテトに攻め込む、とロムドから連絡があったらしい。以前、ザカラスやメイで暴れたセイロスって野郎が、ミコンを攻めようとして失敗して、矛先をエスタに向けるつもりなんだとよ」
「エスタを攻めるために、まずテトを攻めるってわけか? 確かにそれは無視できない動きだな。で、その連絡は誰が持ってきたんだ? フルートたちか?」
「オーダの顔なじみの、金の石の勇者のことだな? いいや、エスタ城から早鳥が飛んできたんだとよ」
「なんだ、フルートたちが来たわけじゃなかったのか」
オーダは拍子抜けした顔になりましたが、仲間の衛兵は気にせず話し続けました。
「じゃあな、命令は伝えたぞ。出発は明日の未明だ。みんなもう準備に取りかかっているから、オーダも急げよ」
「わかったわかった」
とオーダが面倒くさそうに手を振り返したので、仲間はまた肩をすくめて離れていきました。相変わらず緊張感のないヤツだ、とぶつくさ言う声が遠ざかります。
オーダは足元に寝転がる白いライオンに話しかけました。
「サータマンと言やぁ、ロムドやフルートたちとは因縁の国だ。先日、ミコンの坊主たちと一緒になってサータマンの疾風部隊を撃退したのも、フルートたちだという噂だしな。そのサータマンが今度はこっちに攻めてこようっていうのに、フルートたちが姿を現さないのは妙だと思わんか? 連中は何をしてるんだろうな?」
白いライオンは主人のことばがわかるように頭をかしげました。さしずめ「さあ、私にはなんとも」と言うような様子です。
オーダは大きな手でライオンの白いたてがみをわしわしとかき混ぜると、目を細めたライオンに話し続けました。
「まあ、あいつらのことだから、もうとっくにテト国のほうへ飛んで行って、準備をしているのかもしれんがな。とにかく、出発の準備にかかるとするか。行くぞ、吹雪。おまえの餌の買い出しだ」
ガオン!
餌と聞いて、ライオンは大きくほえて跳ね起きました。オーダが近くの木陰から馬を引き出してまたがると、当然のように従ってきます。
「よぉし、麓の村までひとっ走りだ!」
とオーダはライオンと共に駆け出しました。険しい山の斜面を無造作に駆け下りていきます。
他の仲間たちは駐屯地で出発の準備に大わらわなのですが、そんなことは気にも留めないオーダでした――。