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第24巻「パルバンの戦い」

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第5章 出陣

13.テト国

 ロムド国からミコン山脈を越えた南東に位置するテト国――。

 ロムド王は賢王と呼ばれますが、この国にも賢いことで有名なアキリー女王がいました。編んだ黒髪に宝石をちりばめた帽子を冠のようにかぶり、上着を何枚も重ね裾がふくらんだズボンを着た、ふくよかな女性です。上着やズボンには見事な刺繍が施され、首や手首には色とりどりの宝石が巻かれています。大変豪華な身なりですが、彼女の賢さは本物でした。今も、考え深い顔でエスタ国から来た早馬の報告を聞いています。

「……以上が、隣国のロムドからもたらされた知らせでございます、女王陛下。なにとぞ御心に留め置き、来る戦にお備えくださいますように」

 エスタ国から馬を乗り継いで疾走してきた使者は、そう言って報告を終えました。馬を速く走らせるために、革の胴着を着ただけの簡素な格好をしていますが、エスタ国からの正式な使者であることを証明する、国王の紋章入りの肩掛けをつけています。

 ふむ、とアキリー女王はつぶやくと、さらに少し考えてから言いました。

「つまり、ロムドの一番占者は、いずれ東で激戦が起きると予言したのじゃな。その戦闘を引き起こすのはあのセイロスという男で、強欲なサータマン王の支援を受けて出兵しようとしておる。その進軍ルートに、わらわのテトが当たっている、というわけか。なるほど」

 使者はうなずく代わりに頭を下げました。

「左様でございます、女王陛下。この知らせは、ロムド国に遣わされているエスタ城の魔法使いからもたらされました。双子の魔法使いで、片割れがエスタ城に残っているので、彼らの間ではどれほど距離が離れていてもやりとりができるのです。知らせを聞いたエスタ国王陛下は、即座にテトとの国境に近いウィルシー領へ早鳥をお飛ばしになり、ウィルシー領からここまでは私が知らせにはせ参じました。私はウィルシー家の三男でございます」

「ロムド王、エスタ王のご厚意と、ウィルシー候のご尽力に心から感謝する。貴殿も早馬でのミコン越え、さぞ難儀であられただろう。我が城にしばし滞在して、疲れを癒やされるとよい」

 とアキリー女王はねぎらうと、そばに控えていた家臣たちに使者の歓待を命じました。任務を終えた使者は、埃にまみれた顔に安堵の笑みを浮かべて退出していきます。

 

 すると、アキリー女王の家臣のひとりが、不安そうに言いました。

「陛下、サータマンは本当にテトへ攻めてくるのでしょうか? 我が国は一年前の内戦の被害からまだ完全には回復しておりません。ここにまたサータマンから攻撃を受けたら、大変な損害を被るでしょう」

 女王はうなずきました。

「わかっておる。グルールの反乱でテト川の岸壁は破壊され、ようやく仮の補修が終わったばかりじゃ。今攻撃されれば、また岸を破られ、都は背後の守りを失うかもしれぬ。そうなれば、国はまた大混乱に陥るであろう」

 それを弱気の発言と受け取ったのか、別の家臣が口を開きました。

「陛下、サータマン軍の真の目的は我が国ではなく、エスタ国やロムド国なのでございましょう? それならば、抵抗などせずに連中を通してやってはいかがでしょうか? こちらから攻撃をしかけなければ、サータマン軍も我が国を素通りしていくのではないかと――」

 けれども、彼は自分の意見を全部言い終えることができませんでした。アキリー女王がさっと顔色を変え、すさまじい形相でどなりつけてきたからです。

「ぬかるみのカエルより愚かな発言をするのは誰じゃ!? セイロスが率いるサータマン軍にテトを通過させるじゃと!? それでテトが無事ですむとでも思うか!? テトはロムドやエスタの同盟国じゃ! 互いに危険が迫れば知らせ合い、協力して強大な敵に立ち向かうと誓っておる! だからこそ、ロムドもエスタも、我が国へ今回の危険を知らせてくれたのじゃ! それにもかかわらず、テトが味方へ敵を送り込む手助けをすれば、サータマンがテトに攻撃をしかけてきても、テトを救おうとする国は存在しなくなるのじゃぞ!」

 発言した家臣は真っ青になり、床に這いつくばって許しを求めましたが、女王の怒りは収まりませんでした。激しい声で言い続けます。

「昨年、グルール・ガウスが王位簒奪(さんだつ)を企んだ際に、わらわを救い、国を守ってくれたのは、ロムド国の皇太子と皇太子妃と一番占者、そしてなにより、金の石の勇者の一行であった! そのロムドへ攻めていこうとするサータマンを手助けするとは、どのような裏切りじゃ! 愚かな臆病者はただちにわらわの前から下がれ! 正義に基づいて敵と戦い、国と同盟を守ろうと思う者だけが、ここに残るのじゃ!」

 普段は朗らかで寛大なアキリー女王がこんなに激怒するのは、珍しいことでした。家臣たちは震え上がり、敵を素通りさせようと提案した家臣は逃げるように広間から出て行きました。それに続いて部屋を出ていく者はありません。

 女王はなおも厳しい声で言い続けました。

「ただちに防衛軍を編成して、サータマンとの国境へ向かわせよ! サータマン軍をテトに入れてはならぬ! 都の守りも固めるのじゃ! テト川の補修工事を急がせよ!」

 家臣たちは、ははっ! と声をあげると、何人もが広間から飛び出していきました。残った家臣たちも、この状況にどう対応したらいいか、相談を始めます。

 

 アキリー女王が椅子にどさりともたれると、侍女たちは急いで水煙草を勧めました。それを一服二服して、女王もようやく気分が落ち着いてきます。

 女王は大きな壺(つぼ)のようなパイプを横に押しやると、椅子の肘置きに頬杖をつきました。

「それにしても解せぬ……」

 とつぶやきます。

 近くにいた大臣のモッラがそれを聞きつけて尋ねました。

「いかがなさいましたか、陛下?」

「金の石の勇者たちのことじゃ――」

 と女王は考え込みながら言いました。

「今回のこの知らせ、何故フルートたちが運んでこなかったのであろう? 彼らならば風の犬であっという間にテトまで飛んでこられるはずじゃ。セイロスがサータマン軍と共にテトへ攻めてくるというのであれば、なおのこと、彼らが直接現れてもいいはずなのに」

「金の石の勇者は同盟軍の総司令官でございます、陛下。そう簡単にロムドは離れられないでしょう。それに、情報によれば、金の石の勇者たちはミコン山脈の西側で、ミコンの武僧や魔法使いたちと共にサータマン軍と戦って、勝利を収めたばかりとか。例え勇者たちでも、休養は必要でございましょう」

 なだめるように話すモッラを、女王はつまらなそうに眺めました。

「そなたはフルートたちを知らぬのじゃ。彼らはそんな消極的な者たちではない。おそらく、彼らは別の場所へ向かったのじゃ。はたしてどこへ行ったのか。ひょっとすると、予想できる敵の進軍ルートは他にもあるのかもしれぬな」

 アキリー女王はそう言って、黙り込みました。フルートたちはどこへ行ったのか、考え始めたのです。

 けれども、賢者と名高い彼女でも、フルートたちが竜の宝を探して闇大陸に行ったとは、想像することができませんでした――。

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