森の木に尋ねてみよう、とフルートが言ったので、メールは首をかしげました。
「ひょっとして、あたいの出番?」
フルートは彼女を振り向きました。「できるよね?」
「そうだね。ここの木はおおらかだから、知ってたら教えてくれるんじゃないかな」
とメールはあたりを見回し、ひときわ大きくて古びた木に近寄って幹に両手を押し当てました。
「あんたを長老の木と見込んでお願いがあるんだ。この大陸にはパルバンって場所があるだろう? それってどっちの方角にあるのか、教えてもらえないかな?」
沈黙が訪れました。メールは両手を木に当てたまま梢を見上げ、仲間たちはそんなメールを見守ります。他の誰にも聞こえない木の声を、彼女は聞き取ることができるのです。
「森の民の能力だな。古い古い魔法だ」
とレオンが誰にともなくつぶやきます。
ところが、じきにメールはフルートを振り向きました。
「ダメだね。パルバンって何だ? って聞き返されちゃったよ」
フルートは眉をひそめました。
「そうか。パルバンというのは人間がつけた名前だからな……。じゃあ、荒野がないか聞いてみてくれ。木や植物があまり生えていない、地面がむき出しになっているような広い場所がどこかにないか、って」
そこでメールはまた木に尋ねましたが、やはり思うような答えを聞くことはできませんでした。
「ここは森だ、ってしか言ってくれないよ。荒野はどこかにあるかもしれないけれど、わからない、って」
「広い森だから、ここからじゃ荒野が見えねえんだろうな」
とゼンが言いましたが、フルートはあきらめませんでした。さらに考えてから、こう言います。
「それじゃ風について聞いてみよう。荒野にはよく乾いた風が吹くんだ。乾いた風が吹いてこないか、吹くとしたらどちらの方角から来るか、聞いてみてくれ」
「そういうものなのか?」
とレオンが聞き返しました。天空の国に荒野は存在しないので、ぴんとこなかったのです。
「ワン、そうですよ。だって、雨があまり降らないから、植物が育たなくて荒地になるんですからね」
とポチが答えました。フルートとポチが暮らすシルは荒野の中の町なので、そのあたりのことは実感です。
またしばらくの沈黙があってから、メールが嬉しそうな顔になりました。
「ありがとう、長老の木!」
と礼を言ってから、仲間たちを振り向きます。
「乾いた風が来る方角がわかったよ! 時々吹いてきて森の上を越えていくんだけど、必ずあっちのほうからやってくるんだってさ!」
と左から右へ、大きくて腕を動かしてみせます。
「とすると、こっちに行きゃぁいいってことか」
とゼンは左手を眺め、木々や下生えの間に進路を見極めると、仲間たちを手招きしました。
「行くぞ、ついてこい。メールは俺の次だ」
「あいよ!」
メールは張り切ってゼンに続きました。自然と、その後ろが従姉妹のペルラになり、ポポロ、レオン、フルートがその後に続きます。犬たちは少年少女たちの足元です。
ゼンが山刀で下生えの藪(やぶ)をどんどんなぎ払っていくので、レオンは感心しました。
「すごい勢いだな。魔法を使っているわけでもないのに」
「こういう場所はゼンの独壇場だよ。彼に任せておけば、立ち往生することは絶対にないんだ」
とフルートは笑って答えました。
メールは時折ゼンを追い越して先頭に出ると、入り組んだ木や草の間にするりと姿を消し、しばらくするとまた戻ってきて、ゼンに話しかけました。ゼンが頷いて、また勢いよく道を切り拓いていきます。
自分の前に戻ってきたメールに、ペルラが尋ねました。
「様子を見てきてるの? よくこんな場所を行けるわね。怖くないの?」
「怖くなんてないさ。だって森はあたいの友達だもん」
とメールも笑い、ペルラは感心した顔になりました。
ゼンとメールのおかげで、一行は森の中を休むことなく前進していきます――。
ところが、そのうちにペルラが遅れ始めました。
地面には無数の木の根が顔を出し、複雑に絡み合っているので、それを越えて歩くのはとても大変だったのです。ペルラは懸命に歩くのですが、長いドレスが邪魔になって足が思うように上がりません。やがて息も切れてきます。
とうとうペルラはかんしゃくを起こしました。
「もう嫌! 歩きにくくてしょうがないわ!」
後ろからその様子を見ていたレオンが、皮肉っぽく言いました。
「やっぱり音(ね)を上げたな。だからついてこないほうがいいって言ったんだ」
すると、ペルラはものすごい目で彼をにらみ返しました。
「馬鹿言わないで! このくらいの場所、本当はどうってことないのよ! ただ、このドレスが足に絡まって邪魔なの!」
そう言って、彼女は両手を振りました。ドレスに魔法をかけて歩きやすくしようとしたのですが、何も起きなかったので、もうっ! とまた腹を立てます。
「いいわ、こうするから!」
ペルラはやおら青いドレスをつかむと、自分の腰の下あたりでビリッと引き裂きました。そのまま、音を立ててちぎっていって、長い裾を切り取ってしまいます。
「ペルラ、なんてことするのよ!?」
とぶち犬のシィが驚きましたが、ペルラのほうはせいせいした顔で裾を放り投げました。
「さあ、これで歩きやすくなったわ。行きましょう」
振り向いてそれを見ていたゼンが、苦笑しました。
「ったく。海の王族はみんな本当に似てやがるな」
「しょうがないだろ。あたいだって、長いドレスは動きにくくて苦手だもん」
とメールは口を尖らせました。彼女にも自分のドレスを脱いで捨てた前科があります。
短くなったペルラの服の裾から白い足がむき出しになっていたので、ポポロは心配しました。
「木や草で怪我したりしないかしら……?」
そう言うポポロは、森の中を歩き始めたときから、青い上着に白いズボンという格好になっています。
「大丈夫よ。心配なんていらないわ」
ペルラはことさらつんつんしながら歩き出しましたが、すぐに悲鳴をあげました。
「痛いっ!」
ゼンが切りはらった枝に、太ももをひどくひっかかれてしまったのです。白い肌に長いみみずばれができて、血がにじみます。
「大丈夫かい?」
フルートが前に出てペンダントを押し当てたので、傷はすぐに消えましたが、レオンはあきれて言いました。
「まったく、無謀もいいところだな。そんな格好で森の中を行こうって言うんだから――。イコーヨノヌタレラーテス!」
彼が呪文を唱えると、銀の星が散って、ペルラが捨てたドレスの裾が飛んできました。さらに短い呪文を唱えると裾が消えて、ペルラの足に青いズボンが現れます。
驚くペルラに、レオンはそっけなく言いました。
「それなら少しはマシだろう」
「ど、どうしてあなたは魔法が使えるのよ? あたしの魔法はほとんど発動しないのに」
「このくらいならできる。天空の民と海の民とは違うさ」
レオンとしては当然のことを言っただけでしたが、ペルラにはそれが当てこすりに聞こえました。本当は、ありがとう、と感謝するべき場面だったのに、つい憎まれ口を言ってしまいます。
「なによ、こんなみっともない格好! 最悪!」
レオンのほうもたちまち不機嫌になりました。
「じゃあ足でも顔でも傷だらけになればいいだろう!」
と言い捨ててそっぽを向いてしまいます。どうにも馬が合わない二人です。
「ったく。こんなところで喧嘩してる場合かよ。とにかく先に進むぞ」
とゼンがうんざりした顔で歩き出したので、一行は後に続きました。レオンとペルラも歩き出しましたが、互いに絶対に視線を合わせようとしませんでした。ぎすぎすした雰囲気に、他の仲間たちは密かに溜息をつきましたが、今はどうすることもできません。
森はどこまでも深く、梢の間からこぼれる光と影が、苔むした地面にまだら模様を描いていました――。