「今のは?」
地面に軟着陸できたので、フルートはほっとしながら尋ねました。光の膜が受け止めてくれなければ、フルート以外の全員が大怪我をするところだったので、冷や汗をかいていました。
「金の石が受け止めたんじゃねえのか?」
とゼンに聞き返されて、フルートは答えました。
「光の色が違った。ぼくたちを受け止めてくれたのは緑色の光だ」
すると、レオンが言いました。
「今のはポポロの魔法だよ。出発前にかけていた守護魔法が、ぼくたちを守ったんだ」
ぎりぎりのところで墜落が止まったので、こちらも顔の冷や汗を拭っています。他の全員は自分たちを見回しましたが、もう緑の光は見えませんでした。本当に危ないときだけに発動するのでしょう。
「ありがとう、ポポロ」
とフルートが感謝すると、ポポロは首を振りました。
「あたしの魔法だけじゃ止めきれなかったわ。レオンたちの魔法やメールの木の葉が、墜落の速度を落としてくれたおかげよ……」
すると、ペルラが不機嫌な顔で口を挟みました。
「あたしのことは入れなくていいわよ。あたしの魔法はほとんど効かなかったんだもの」
魔法がうまくいかなかったうえに、レオンから叱りつけられたので、腹を立てていたのです。小さなぶち犬になったシィが、足元から懸命に彼女をなだめました。
「しかたないわよ、ペルラ。ここはもう海じゃないんだもの。海から離れたら海の魔法が弱くなるのは、あたりまえだわ」
それでもペルラはまだ不機嫌でした。やりとりを聞いて振り向いたレオンと視線が合いそうになったので、ふんっと思い切りそっぽを向きます。
レオンもたちまち不愉快な顔になると、彼女を無視してフルートたちに話しかけました。
「さっき吹いた風は一種の魔法のようなものだ。ぼくたちは守りの中にいたから感じなかったけれど、風が吹いたとたん、空気の質が明らかに変わった。直接吸い込んでいたら、死んでいたかもしれないな。それで犬たちも風の犬に変身できなくなったんだよ」
「ワン、ぼくたちは空から常に風を補給して変身してますからね。それができなくなったから、変身が解けちゃったんだ」
とポチも言いました。賢さは相変わらずの小犬です。
フルートは考え込みました。
「いつまたさっきのようなことが起きるかわからないから、また変身できるようになっても、風の犬で空を行くのはやめたほうが良さそうだな。となると、森の中を歩かなくちゃいけないんだけど――」
と心配そうに周囲を眺めます。
そこは深い森の奥でした。至るところで曲がりくねった大木が枝を広げ、地面には倒木や木の根が岩のように苔むして連なっています。歩くのにひどく難儀しそうな場所です。
ところが、メールは逆に嬉しそうな顔になりました。
「いい場所だよね、ここ。ものすごく歳をとった木が、どっしりと守ってる森なんだよ。聞こえてくる木の歌もいい感じだしさ。この森は危なくないと思うよ」
「だな。森歩きなら俺たちに任せろ。このくらいの森なら、いくらでも道を切り開いてやらぁ」
とゼンも言って、さっそく荷袋から山刀を取り出しました。自然と共に生きてきた彼らには、深い森はおなじみの場所なのです。
フルートはうなずきました。
「よし。じゃあ、今度の先導は君たちだ。ただ、ここに大きな問題がある。この闇大陸のどこかに竜の宝は隠されている。でも、それがどこにあるか、ぼくたちにはまだわからないんだ」
「隠されている場所がわからなかったら、どこへ行っていいのかわからないわよね」
とルルも言い、仲間たちは思わず考え込んでしまいました。闇大陸まで来てみればなんとかなるのではないか、と考えていたのですが、実際の闇大陸はとても広大な場所でした。当てもなく歩き回って偶然竜の宝に行き当たる可能性は、まずなさそうです。
ところが、ペルラとシィだけは不思議そうな顔をしていました。
「ねえ、その竜の宝ってなんなの? あなたたちはそれを探してここに来たわけ?」
あ、と勇者の一行は顔を見合わせました。彼女たちだけは、竜の宝のことをまったく知らずにここまで来ていたのです。
すぐにフルートが言いました。
「ちゃんと話しておこう。これから一緒に探しに行くんだからな」
そこで彼らは自分たちが本当に探していたものをペルラたちに話して聞かせました。ポチはユウライ戦記の序文をそらんじて聞かせます。
ひと通り聞き終わると、ペルラは、ふぅん、と言いました。
「つまり、この闇大陸には、デビルドラゴンの力の一部を封印した竜の宝が隠されてるわけね? それを消滅させるために、あなたたちはここに来ていたってわけ――。どうしてそれをみんなに話さなかったのよ? そんな目的だったら、父上だって兄上だって、渦王だって協力したと思うわよ。なのに、あなたたちだけでこんな場所に来ちゃって」
「そこに無理やりくっついてきたのは君だぞ」
とレオンがぼそっと言ったので、なんですって!? とペルラが眉をつり上げます。
フルートはなだめるように言いました。
「渦王たちが闇大陸のことを隠していたからなんだ。きっと、ここを見つけられてはまずいと考えているんだろう。やっと竜の宝が隠されている場所がわかったのに、今またそれを止められたら、たまらないからな――。それに、あまり大勢にこの話をすると、どこかでセイロスに聞きつけられるかもしれない。それは絶対に避けなくちゃいけないことだ。ぼくたちはセイロスより先に竜の宝を見つけて、それを消し去らなくちゃいけないんだからな」
フルートの口調がどんどん厳しくなっていったので、ペルラはたじろぎました。思わず顔を赤らめて言います。
「べ、別にそれが悪いって言ったわけじゃないわよ。そういう理由なら、あたしだって納得だわ……。それで? 竜の宝がある場所はどこなの?」
ようやく話がここに戻ってきました。
メールは肩をすくめ返しました。
「それが全然わかんないんだよね。猿の王のグルたちの話からすると、竜の宝っていうのは、人間みたいに考えたり行動したりできるみたいなんだけどさぁ」
「でも、それって二千年も前の話なんでしょう? 人間は二千年も生きていられないわよね」
とシィが言います。
フルートはうなずきました。
「そう。だから、竜の宝は精霊か何かみたいなものじゃないか、って話していたんだよ。セイロスはそれに自分の力を分け与えて、自分のそばに置いていたんだけれど、光の軍勢の呼びかけで、宝はセイロスの元を逃げ出して光の陣営に加わった。そして、自分から囮(おとり)になって、この闇大陸にセイロスを誘い出したんだ」
そこまで話して、フルートは小さく溜息をつきました。大陸というからには広大な場所だと覚悟しなくてはいけなかったのです。来ればすぐに竜の宝が見つかるような気分でいた自分を、反省してしまいます。
すると、レオンが言いました。
「ひとつだけ手がかりはあるだろう。竜の宝が隠されたのはパルバンという場所だし、パルバンは闇大陸に広がる荒れ地の名前だ。つまり、竜の宝は荒れ地に隠されているんだ」
荒れ地……と一行は周囲を見回しました。ここは深い森の中で、荒れ地と呼ばれるような場所ではありません。先ほど空にいたときにも、それらしい場所は見当たりませんでした。
「パルバンはどこにあるんだろうな。ぼくたちが空を飛べたら、すぐに見つけられるんだが」
とビーラーは悔しがりました。空気が変わってから、彼らは風の犬に変身できなくなっています。
「魔法使いの目で見つけることは?」
とフルートが尋ねると、レオンとポポロが一緒に首を振りました。
「だめだ。できない」
「あるところまでは見通せるのよ。でも、その先は霧の中みたいに全然見えなくなってしまうの。荒れ地は見えないわ……」
一同は思わずまた溜息をついてしまいました。どちらへ進んでいいのかわからないのです。森歩きが得意なゼンやメールも、行き先が決まらなくては動きようがありません。
「つまり、あたしたちは闇大陸に来てさっそく迷子になってるわけね。未来の天空王様も一緒だっていうのに、情けないんじゃないの?」
先ほどの仕返し、とペルラが皮肉たっぷりに言ったので、今度はレオンが、なんだと!? と怒りました。
「この大陸は本来の世界から切り離された別空間にある! ぼくたち天空の民は世界から魔法の力を受け取っているから、世界から切り離されたせいで、力を充分発揮できないんだよ!」
「あら、だって、さっきポポロは守護魔法を使えたじゃない」
「あれは、こっちへ来る前にかけた魔法が続いていただけだ。ポポロは継続の魔法をかけたからな。でも、こっちの世界で魔法を使おうとすると、世界から力が受け取れないから、魔法が弱まる。海から離れて力が発揮できなくなった君と同じことなんだ」
レオンはできるだけ論理的に説明したのですが、気分を害してご機嫌斜めのペルラにはまったく通じませんでした。いっそうつんつんしながら言い返します。
「なによ、それ! あたしまであなたみたいな役立たずだって言いたいの!?」
レオンも、かちんと来た顔になりました。
「役立たずだなんて言っていないだろう! ただ、君もぼくもここでは本来の魔力を発揮できないと言っているだけだ!」
「やっぱり役立たずだって言ってるじゃないの――!」
とうとう喧嘩が始まりました。ペルラは口論しながら涙ぐみ始め、レオンは意地になって彼女と言い合います。ビーラーとシィは喧嘩を止められなくて、おろおろします。
「おい、なんとかしろよ。喧嘩してる場合じゃねえんだぞ」
とゼンがフルートをつついたので、フルートは困惑しながらペルラとレオンの仲裁に入りました。
「二人とも、そんなことで言い争わなくていいんだよ。ええと──ぼくたちに見つけられないなら、知っている人に聞いてみることにしよう」
「どうやって!?」
「そんな人がどこにいるんだ!?」
とレオンとペルラが異口同音に聞き返しました。周囲には人影はおろか、鳥や動物さえまったく見当たらなかったのです。
フルートはちょっと苦笑しました。
「この森はすごく歳を取ってる。森の木に尋ねてみようよ。パルバンの場所をね――」
そう言って、フルートは傍らの大木を見上げました。