闇大陸へ続くトンネルを、フルートたちは進んでいきました。
西の大海の上に浮いていた入り口は、卵ほどの大きさの透き通った球体でしたが、彼らがくぐっているトンネルは彼らより大きくて、青白い壁がどこまでも続いています。先の見えない通り道ですが、彼らはためらいませんでした。風の犬に乗って飛んでいきます。
すると、壁の先に光が見えてきました。みるみる近づいてきます。
「出口だぞ!」
とレオンが先頭から叫んだので、フルートも言いました。
「敵と遭遇するかもしれない。用心しろ!」
仲間たちはいっせいに身構えました。フルートとゼンはそれぞれ剣と弓矢に手をかけます。
光が広がって彼らを包み込みました。同時に青白い壁が消えます。トンネルを抜けたのです。周囲の空間が広がります――。
「えっ?」
目の前に広がる景色を見たとたん、一同は思わず声をあげてしまいました。
闇大陸はかつては西の大海にあり、二千年前に光と闇の戦いの最後の激戦地になった場所です。その名の通り、空は分厚い雲におおわれて薄暗く、地上には色を失ったような荒れ地が延々と続いているのだろう、とフルートたちは想像していました。闇魔法でねじ曲げられて醜い姿になった生き物がうようよしているんだろう、とも考えていました。闇大陸という名前から、闇の民が住む闇の国のような場所を連想していたのです。
ところが、彼らが飛び出した闇大陸は、いたるところに明るい光が充ちていました。頭上には白い雲を浮かべた青空が広がり、太陽が輝いています。地上には一面緑の森が広がっています。森の中を白く流れていく川も見えます――。
一同は、ぽかんとその景色を眺めました。本当に、どこまでもよく見渡せる明るい場所です。森の先には青い山脈も見えていました。山々の頂では雪がまぶしく輝いています。
「ホントにここが闇大陸かい?」
「全然暗くないじゃないの!」
とメールとペルラが言いました。
「闇の匂いも全然しないわね」
とルルは首をかしげました。空気は澄み切っていて、嫌な匂いがまったくしなかったのです。
「闇の大陸には間違いないだろう。でも――こんな場所だとは思ってもいなかったな」
とフルートは言いました。彼も困惑する気持ちを隠すことができません。どうしてこんなに普通の場所なんだろう、と考えます。
ところが、レオンは厳しい表情のまま言いました。
「油断するな。ここは普通に見えていても、あまり普通じゃないぞ。ほら、あの山を見ろ――」
そこで一同はそちらを見ました。雪を頂いた山々が青くかすみながら連なっています。なんとなく、ゼンの故郷の北の峰やミコン山脈を思い出させる景色です。
ところが、急に青い山脈がゆらゆらと揺れ始めました。一同が驚いていると、ますます大きく揺らぎ、とうとう薄れて消えていってしまいます。
代わりにそこに現れたのは、奇妙な形をした石柱の群れでした。先端が丸い石の柱は、ねじ曲がり、垂れ下がるように傾きながら、地平線に沿って連なっていました。まるで石柱で巨大な柵を築いたように見えます。
「何あれ? 山はどこに行ったのよ?」
とペルラが言い、ポチはいぶかしそうな顔をしました。
「ワン、蜃気楼(しんきろう)ですか? でも、こんなに大規模な蜃気楼は初めて見たけど……」
すると、遠い目をしていたポポロが首を振りました。
「違うわ。あれは本物よ。さっきの山脈も本当の山だったわ」
「ということは?」
とフルートが尋ねると、レオンが答えました。
「山が移動して、あの石柱と入れ替わったんだよ。それも非常に短時間にな」
入れ替わった!? と一同はまた驚きました。ますます意味がわからなくなって混乱していると、今度はゼンが言いました。
「なんだか嫌な感じだ。下に降りようぜ」
ゼンが片手を首筋の後ろに当てていたので、フルートは、はっとしました。
「みんな、降りるぞ! 急げ!」
「え、なによ? どうしたの?」
急な話にペルラは面食らいましたが、ルルやポチはもう降下を始めていました。レオンを乗せたビーラーもすぐに後に続きます。
「あ、ま、待って、ポチさん……!」
ペルラを乗せたシィが後を追って降り始めたとき、空に風が吹いてきました。さぁっと涼しい風が彼らの間を吹き抜けていきます――。
そのとたん、犬たちの変身が解けました。ルルは茶色い雌犬に、ポチは白い小犬に、ビーラーは白い雄犬に、シィはぶちの小さな雌犬に。それぞれ空中で元の姿に戻り、あっという間に重力につかまって墜落を始めます。
「ワン、変身ができない!」
「な、なんで戻っちゃったのよ!?」
とポチとルルが叫び、ビーラーとシィは悲鳴を上げました。風の犬に戻ることができなかったのです。まだ空の高い場所にいたので、少年少女たちと一緒に地上へ落ちていきます。
「さっきの風だ――! あれが一気に空を変えたんだ!」
とレオンは言い、手を下に向けて呪文を唱えました。
「レマートヨクライーツ!」
彼の指先から銀の星が散りましたが、それは意外なほど少ない量でした。頼りなく広がって、落ちてくる一同を受け止めようとしますが、彼らは星の間をすり抜けてしまいました。墜落は止まりません。
「魔法が効かないのか!?」
とフルートが尋ねました。
「まったく効かないわけじゃない! でも弱いんだ!」
とレオンは言うと、もう一度呪文を唱えました。先ほどよりたくさんの星が散りますが、それでも彼らを止めるには弱すぎました。墜落の速度は少し緩やかになりますが、やはり落ち続けていきます。眼下に緑の森が近づいてきます。
「なにやってるのよ! あなた、未来の天空王でしょう!?」
ペルラはレオンをののしり、空中で両手を振って呪文を唱えました。海の魔法で墜落を止めようとしたのですが、やっぱり彼らは止まりませんでした。レオンのときのように速度が緩むことさえありません。ペルラは金切り声を上げました。
「どうして!? なんで魔法が効かないのよ!?」
ポポロは空中で真っ青になっていました。今日の魔法を二つとも使い切ったので、彼女にもどうすることもできなかったのです。
地上が迫ってきました。このままでは森を突き抜けて地上か太い枝に激突です。とても無事ではすみません──。
フルートが叫びました。
「レオン、ペルラ、魔法を同時に使え! メール、木の葉を集めろ!」
誰にも有無(うむ)を言わせない強い声です。レオンとペルラは反射的にまた呪文を唱えましたが、タイミングがずれました。まずレオンの魔法が発動して消えてから、ペルラの魔法がようやく広がります。
「遅い!」
とレオンがどなると、ペルラは目に涙をにじませてにらみ返しました。
「呪文のかけ方が違うんだから、しょうがないじゃない!」
その顔や体の周囲で青い髪やドレスが激しくはためいていました。墜落の速度はほとんど変わらなかったのです。
メールは迫る森へ両手を向けて呼びかけていました。
「お願いだよ! あんたたちの葉っぱを貸しとくれよ!」
けれども、やはり何も起きませんでした。闇大陸の森だから反応しないんだろうか、と一同は青くなりました。地面はもう目の前です。
そのときメールが急に歓声を上げました。
「ありがとう、森の木たち!」
ざざざ、と泡立つ海のような音を立てて森の梢が動き出し、枝を離れた木の葉が彼らの下に集まり始めたのです。みるみる寄り集まって、緑の雲のようになります。
それを見てフルートがまた叫びました。
「金の石、みんなを守れ!」
とたんに金の光が広がって彼らを包みました。ふわりと宙に浮く感覚がしますが、速度が緩やかになっただけで、落下は止まっていませんでした。集まってきた木の葉の真ん中に墜落していきます。
木の葉に取り巻かれて、周囲は緑一色になりました。がざざざざ、と音を立てながら潜り込んでいきます。
ところが、それでも彼らの墜落は止まりませんでした。空の高い場所から落ちたので、勢いがありすぎたのです。このままじゃ止まりきれないのでは、と誰もが心配していると、周囲がまた明るくなってきました。本当に木の葉の中を突き抜けてしまったのです。地上まではまだ三メートル余りの高さがありました。落ちて怪我をするには充分な高さです……。
ところが、地面にぶつかる直前に、緑に光る膜が広がりました。全員をふわりと受け止めると静かに地上へ降りて、そのまま消えていきます。
一同は苔むした緑の地面に無事に着陸していました――。