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第24巻「パルバンの戦い」

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8.入り口

 「これが結界の入り口だよ。この先に闇大陸があるんだ」

 とレオンが空中に停止して言いました。ペルラとシィを仲間に加えて飛び始めてから、十数分後のことです。

 フルートたちは全員が目を丸くしてしまいました。レオンの視線の先に入り口らしいものが見当たらなかったからです。彼らの下には青い海原が広がっていて、頭上には白い雲を浮かべた空が広がっています。波は相変わらずちらちらと太陽を反射させていますが、それ以外にはまったく何も見えません。鳥の姿さえありません。広い海の上に存在しているのは、風の犬に乗った彼らだけです。

「入り口ってどこよ? 結界なんて全然見当たらないじゃないの」

 とペルラが言うと、レオンは馬鹿にしたような表情になりました。

「渦王が隠しているんだから、簡単に見えるはずがないだろう。ここだよ」

 と空中を指さしますが、それでもペルラには何も見えませんでした。空と海の間に空っぽの空間が広がっているだけです。なによ、いいかげんなことを言って! とまた文句を言おうとしたとき、ポポロが声をあげました。

「見えたわ! こんなに小さいの……!?」

 えっ!? と一同は驚いて目をこらし、やがてゼンも言いました。

「まさかこいつか? ほんの少しだけ、周りと色が違って見えるぞ――」

 それでようやく他の仲間たちにも「それ」が見えるようになりました。空中に小さな球体が浮いていたのです。大きさは鶏の卵ほど、ほとんど透明で、その向こう側の海や空が透けて見えています。すぐそばまで近寄っても、うっかりすると、空や海の青の中に見逃してしまいそうでした。

 ルルが、くんくんと付近の匂いをかいでから言いました。

「闇の匂いがまったくしないわ。魔法の匂いもしないわよ」

「魔法の気配がまったくないってわけ? じゃあ、ずっと見つからなくても当然だよね」

 とメールも驚いて言います。

 

 フルートは感心してレオンを見ました。

「気配も姿も見せていない、こんな小さな入り口を見つけるんだから、君は本当にすごい魔法使いだな」

 フルートに本気で賞賛されて、レオンはちょっと照れくさそうな顔になりました。

「いくら気配がないと言ったって、まったくないわけじゃないし、二千年前の最終戦争の後で現れた入り口だったから、見つけることができたんだよ……。それより、肝心なのはこの中に入ることだ。見ての通り、入り口は小さいし、内側に何重にも様々な魔法がかけてあるからな。充分気をつけないと」

「わかった。どんな順番になればいい?」

 とフルートは尋ねました。グループのリーダーは彼ですが、その場面を得意とする仲間がいるときには、その仲間の指示に従う、というのがフルートのやり方です。

 レオンはちょっと考えました。

「魔法の障壁をいくつも越えていかなくちゃいけないからな。行った先も、どんな場所かわからないし。まずぼくが先頭に立って魔法を解除していくから、ポポロとフルートは最後尾から全体を守ってくれ。ポポロは魔法で、フルートは聖守護石の力で。どのくらい時間がかかるかわからないから、ポポロは継続の魔法も使ったほうがいいだろう」

「ワン、ということは、ポポロは魔法を二つとも使い切っちゃうことになるんですね。この先、ポポロの魔法が必要になったりしないといいけど」

 とポチが心配すると、ゼンとペルラが同時に言いました。

「レオンがいるんだから大丈夫だろう」

「魔法ならあたしも使えるわ!」

 全員は思わずペルラを見てしまいました。そのくらい不満そうな声だったのです。

「守護魔法なら、あたしも使えるって言ってるのよ! ポポロに魔法を使わせたくないって言うなら、あたしがやってあげるわ!」

 とペルラは言い続けましたが、レオンはそっけなく答えました。

「君では無理だ。結界は渦王の魔法で守られているからな。同じ海の民の君の魔法は使えない」

 ペルラは顔を真っ赤にしました。シィをせきたててレオンのそばに行くと、猛烈な勢いで反論を始めます。

「どうして決めつけるのよ!? あたしは海王の娘よ! 叔父上の魔法を消すことは無理でも、みんなを守ることくらいはできるわ! 馬鹿にしないで!」

 レオンはうんざりした顔になりました。

「騒ぐなよ。聞きつけられたらどうするつもりだ……。君が同じ海の魔法の使い手だから問題なんだよ。同種の魔法は相手より力が上でなければ打ち勝てないし、魔法同士が共鳴して使い手に戻って行くから、たちまち渦王に気づかれてしまうんだ。まったく。海の王女だなんて言っていながら、こんな基本も知らないなんて」

「なぁんですって――!?」

 レオンに見下されて、ペルラはますますいきり立ちます。

 

 すると、フルートが割って入るように声をかけました。

「ペルラ、君には別にやってほしいことがあるんだよ。メールの腕輪に海の気を込めてやってほしいんだ」

「メールの腕輪?」

 大事な従姉妹の名前が出てきたので、ペルラは喧嘩を忘れて振り向きました。仲間たちも、はっとしてメールを振り向きます。

 そうか……とゼンが言いました。

「最近、俺たちはずっと陸にいたもんな。戦闘続きで俺が力を分けてやる暇もなかったから、メールの腕輪もずいぶん力が減ってたはずだ」

 メールは左腕をねじって、上腕にはめていた腕輪を見ました。青く輝く輪の真ん中に楕円形の石がはめ込まれていますが、石の色は褪(あ)せたような水色になっていました。この石に海の気が込められているのですが、石が真っ白になってしまうと、半分海の民のメールは海の気を受け取れなくなって、死んでしまうのです。

 フルートは話し続けました。

「だいぶ白くなってきていたから、気になってはいたんだよ。ロムド城に戻ったらゼンに力を補充してもらおうと思っていたんだけど、すぐにまた出発してしまったし、ゼンがやるとけっこう時間がかかる。でも、ペルラなら海の王族だから、楽に腕輪に力を分けてあげられるんじゃないかと思うんだ。どうだい、ペルラ?」

 真剣な目でフルートに見つめられて、ペルラは柄にもなくどぎまぎしました。

「で、できると思うわ……う、ううん、できるわ。ここは海の上だから、海の力はいくらでも手に入るし……」

「ほんとか、ペルラ!?」

「うわぁ、助かる!」

 ゼンとメールは歓声を上げ、フルートもほっとして笑顔になりました。

「ありがとう、本当に助かるよ」

 海の王女は顔を赤らめました。

「こ、こんなの大したことないわよ。大袈裟ね」

 と照れ隠しに憎まれ口を言いながら、メールの腕輪の石に手を当てます――。

 ほどなく腕輪の石は色が濃くなりました。海を思わせる深い青です。それを見て、ポポロも安堵した顔になりました。この腕輪を魔法で作り上げたのはポポロなのですが、その彼女にも石に力を込めることはできなかったのです。

 うん! とメールは腕輪をはめた腕を回して、にっこりしました。

「いい感じだよ。新しい元気が流れ込んでくるみたいだ」

「よかった。これで闇大陸に行っても大丈夫ね」

「ワン、ありがとう、ペルラ」

 とルルやポチも言います。

 勇者の一行に喜ばれて、ペルラはすっかり機嫌を直しました。海の民は気持ちの変化が早いのです。一行の先頭にレオンが立ちましたが、もう文句は言いません。

 フルートは金のペンダントを鎧の外に出して、何かささやきかけました。とたんに金色の光が広がって、彼らを包み込みます。

 ポポロも片手を空にさし上げて守護の呪文を唱え、続けて継続の魔法もかけました。すると、緑の星が降り注いで、皆の周囲できらめきました。まるで光のシャワーが降ってきたようです。

 

 ところが、彼らの目の前でいきなり闇大陸への入り口がうごめきました。

 透き通った球体が急に震え出し、その向こうに見える海が揺らめき始めたのです。どこかから声が聞こえてきます。

「誰だ、許されざる場所に近づく者は――!?」

 メールやペルラは顔色を変えました。

「まずい、父上だ!」

「叔父上に気づかれたわ!」

「急ぐぞ!」

 とレオンは言うと、ビーラーの上から透き通った球体へ手を突きつけました。

「ケラーヒオチグリィーニラレワーヨイカツケノツミーヒ!」

 たちまち銀の星が散り、それが激しい火花に変わりました。バチバチという音が海上に響き渡ります。

「光の魔法! 天空の魔法使いのしわざか!? 契約を忘れて結界を開こうとするのは何者だ!?」

 と渦王の声がまた聞こえてきました。見えない場所から急速に近づいてくるのが、声の大きさでわかります。

「渦王が来るぞ! まだか、レオン!?」

 とゼンが言いました。結界の入り口だという場所は、まだ透き通った球体のままで、くぐることができません。

 レオンは手を突きつけたまま叫びました。

「開け、入り口! ぼくらは真実を知って闇大陸に行くことを許された者たちだ! 古(いにしえ)の契約も、ぼくらを拒絶することはできないぞ!」

 叱りつけるような声に、ついに球体が変化を始めました。みるみるふくれあがり、人より大きくなると、内側へ落ち込んで透き通ったトンネルを作ります。不思議なことに、その先端は途中で見えなくなっていました。どこか、この世界ではない場所へ続いているのです。

「行くぞ! ぼくから離れるな!」

 とレオンが言ってトンネルに飛び込んでいきました。ゼンとメールを乗せたルル、ペルラを乗せたシィが続き、最後にフルートとポポロを乗せたポチが飛び込みます。トンネルを下り始めると、一行の姿は海から消えました。吸い込まれるようにトンネルも縮んでいき、また卵ほどの大きさの透き通った球体に戻ってしまいます。

 

 そこへ渦王が現れました。短い青い髪に青い顎ひげの中年の男性で、頭には冠をかぶり、緑がかった青いマントを身につけています。

 彼は地面に立つように海の上に立つと、厳しい目で周囲を見回し、透明な球体を見上げました。

「確かに今、わしの結界が何者かにこじ開けられたぞ!」

 怒りを含んだ声に呼応するように波が立ち、空に黒雲が押し寄せてきます。けれども、渦王は侵入者を見つけることができませんでした。球体は何事もなかったように空中に存在しています。

 渦王は険しい顔つきになりました。とたんに雲間に稲妻がひらめき、風が吹き出して波が白いしぶきを散らします。

「何者だ!? 姿を現せ!!」

 渦王の誰何(すいか)する声が、雷鳴の音と重なって響き渡りましたが、返事はありませんでした。フルートたちはもう、この世界とは違う場所へ行ってしまったのです。

 渦王の怒りに巻き込まれた海が、ごうごうと激しく荒れていました――。

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