オリバン、セシル、キース、アリアンの四人が、呼び出しを受けて王の執務室に行くと、真夜中に近い時間だというのに、大勢の人が集まっていました。
金の冠に銀の髪とひげのロムド王、いつもその横に控えているリーンズ宰相、濃紺の鎧のワルラ老将軍、黒ずくめの剣士のようなゴーリスことゴーラントス卿、白い長衣の女神官、青い長衣の大柄な武僧、深緑の長衣の老人、赤い長衣に黒い肌と猫の目の小男――ロムド城の四大魔法使いも全員揃っています。
そして、彼らに囲まれるようにして、小さな丸テーブルに向かって座っている人物がいました。流れるような輝く銀髪に浅黒い肌をした、非常に美しい青年です。オリバンたちが部屋に入ったとたん、青と金の色違いの瞳をじっと彼らに向け、やがて静かに頭を振ります。
「殿下たちにも兆候は拝見できません。勇者殿たちはこの後もご自分たちだけで行動されるようです」
オリバンたちは目を丸くしました。どうもフルートたちと関係のあることで呼ばれたようだ、と察しますが、それにしても、深夜にこの騒ぎは何事だろうと考えます。宰相をはじめとする家臣たちは、この時間にもきちんと身なりを整えていますが、ロムド王は寝ていたところを起こされたようで、夜着の上にガウンをはおった格好でいたのです。
「何事ですか、父上?」
とオリバンが尋ねると、ロムド王は真剣な表情で答えました。
「ユギルの占いだ。急ぎ確認したいことがあったのだ」
「フルートたちのことでしょうか? 申しわけありません、陛下。私がずっと彼らと共にいれば、彼らの行方もわかったはずなのですが……」
とセシルは王の前にひざまずいて詫びました。生まれたときから男のように育ってきた彼女は、外見だけでなく、身のこなしにも男性のような潔さがあります。
ロムド王は頭を振りました。
「それはあなたのせいではない。勇者の一行は、たとえて言うならば風のような存在だ。自分たちの行きたい場所へ自由に飛んでいってしまうのだから、我々にそれを止めることはできない。だが、ユギルが少々気になることを占ったのだ」
「一刻も早く勇者殿たちの居場所を確認したいと思い、失礼ながら、このような時間に皆様をお呼びたていたしました」
とユギルが深々と頭を下げました。その長い髪は彼の肩からテーブルへ銀糸の滝のようにこぼれかかっています。ロムド城に美しい人物は多いのですが、ユギルの美貌はその中でも群を抜いていました。それでいて、彼は自分の容姿にはまったく頓着(とんちゃく)していないのです。
キースが首をかしげました。
「フルートたちが城に到着した後、まず台所に行ってから自分たちの部屋に向かったことはわかっています。部屋の窓が開いていたので、空を飛んで出て行ったようなんですが、危険なところに向かったのですか?」
「私にはフルートたちの居場所が見えません。聖なる力で姿を隠しているんだと思うんですが……」
とアリアンも言います。
ユギルはテーブルの上の丸い石盤へ目を向けました。
「わたくしの占盤にも、勇者殿たちの象徴は映っておりません。アリアン様のおっしゃる通り、姿を隠して行動されているのだと思われます。ですから、勇者様に近い皆様にお集まりいただいて、先の動きを拝見させていただきました。この場所にお集まりの皆様に、この先も勇者殿たちと行動を共にされる方はいらっしゃいません。トウガリ殿だけは諜報活動のために城外においでですが、状況から見て、勇者殿がトウガリ殿と行動を共にするとは考えにくいことです。少なくとも、これからしばらくの間、勇者殿たちは我々の元にお戻りにならない、ということになります」
すると、濃紺の鎧のワルラ将軍が顎ひげをなでながら言いました。
「不思議ですな。そもそも、勇者殿たちはどうやって城を抜け出したのか。窓から出ていったということは、空を飛んで行ったということだが、見張りの兵は誰ひとりとしてその姿を見ていないのですぞ」
「それは見張りに立っていた我々の部下たちも同じことです」
と白の魔法使いも言いました。セシルと同じように、男装をして男言葉を話す女神官です。
「勇者殿たちが城を飛んで出れば、必ず見張りの魔法使いが気づくはずなのですが」
「誰ひとり勇者殿たちにも風の犬にも気づかんかった、と部下たちは言いますのじゃ」
「ギ、ダ」
と青、深緑、赤の魔法使いたちも口を揃えます。
「ポポロ様が魔法をお使いになったのでしょう。それしか考えられません」
とリーンズ宰相が言いました。フルートたちの部屋の鏡からレオンが現れ、彼らを連れていったとは知らないのですから、そんなふうに推理してしまうのは当然のことでした。
「誰にも知らせず、こんなに急に出発したからには、あのセイロスの行方でもつかんだのか。無茶をしていなければいいんだが……」
とゴーリスが言いました。フルートの剣の師匠の彼は、愛弟子たちの身を案じて心配そうな表情になっています。
ところが、ロムド王はまったく別の理由で、気がかりそうな顔をしていました。城の一番占者に向かって言います。
「勇者たちは我々の間から去って戻らない。戦(いくさ)はそなたの予言通りになるということか?」
「そのようでございます、陛下」
とユギルは答えて、また占盤へ目を向けました。その顔も物思わしそうな表情を浮かべています。
部屋の中の一同は驚きました。ユギルの占いの内容は、王の他にはまだ誰も聞いていなかったのです。いったい何が、と考えます。
すると、ユギルが話し出しました。
「占盤に大きな戦いの予兆が現れて以来、わたくしはその戦いがいかなるものであるか、ずっと占い続けておりました。敵の象徴を捉えようとするのですが、なかなか捕まえることができません。そうするうちに、占盤がまたひとつの未来を告げてまいりました。敵ではなく、戦いの勝敗についてでしたが、それが不可解な内容でございました。勇者たちがいないために戦は敗れる。けれども、勇者たちがいないために戦は救われる――。占盤はこう告げてきたのです」
一同はまた驚き、あっけにとられました。
「フルートたちがいないと戦いに負けるが、フルートたちがいないから助かるだって? いったいどういうことなんだ?」
とキースが聞き返します。
ユギルはまた頭を振りました。
「わかりません……。攻めてくるのがセイロスだというのであれば、勇者殿たちがいらっしゃらないから負ける、というのはわかるのです。ですが、占盤は勇者殿たちがいないために助かる、とも言うのです。わたくしにも占いの真意が判断できなかったので、夜分ではございましたが、陛下にご相談申し上げました。陛下が『本当に勇者殿たちがいないのかどうか、この先も戻ってこないのかどうか、確かめてみよう』とおっしゃったので、皆様においでいただいたのでございます」
一同は互いに顔を見合わせてしまいました。
敗戦の予言は不気味です。それが決して未来を外すことがないユギルの占いとなれば、なおさら無視できません。ですが、フルートたちがいないから助かる、というのは理解不能な予言でした。誰もが、どう考えていいのかわからなくなってしまいます。
けれども、オリバンはすぐに厳しい顔つきになると、一同に向かって言いました。
「ユギルはフルートたちが当分城に戻ってこない、と占った。しかも、フルートたちがいなければ、きたる戦いに敗れると。我々は負けるわけにはいかん。大至急、戦いに備えるのだ」
ユギルは口を開いて何かを言いかけ、すぐにやめてしまいました。
代わりにロムド王がオリバンに言います。
「わしは国中にいつでも戦えるよう準備を整えて待機せよ、と命じた。だが、ユギルにはまだ敵の正体や攻撃される場所が見えておらぬ。その状態で、どう備えるつもりだ?」
「それについてセシルが予想をしました。敵はやはりセイロス。彼女が予想するルートはかなり信憑性があります」
「ほう、それは?」
とワルラ将軍や四大魔法使いたちが身を乗り出してきました。オリバンに促されたセシルが、敵の進軍ルートについて話し始め、全員がそれに耳を傾けます――。
その様子をちょっと離れた場所から眺めながら、キースがアリアンにささやきました。
「オリバンはやっぱり本物の指揮官だな。どんなことを聞かされても、絶対に勝ちをあきらめないんだ」
アリアンはうなずき、少し考えてから、こんなことを言いました。
「ひょっとしたら、ユギル様の占いはこのことをおっしゃってるのかもしれないわね。フルートたちがいないと戦いに負けてしまうけれど、フルートの代わりにオリバンが指揮官としてがんばるから、結局は勝てるって……。違うかしら?」
「だといいんだけれど。まだわからないな」
とキースは答えて、オリバンの向こうに座るユギルを眺めました。中央大陸随一と名高い占者は、輝く髪を無造作に垂らした陰で、真剣な目を占盤に走らせ続けていました――。