場所は戻って、ここはロムド城。
もう夜更けですが、煌々と灯りがともった一室で、四人の若者が眠りも忘れて話し合っていました。
「フルートたちはまだ見つからんのか!? いったいどこへ行ったというのだ!」
いらだっているのは皇太子のオリバンでした。見上げるような体格の美丈夫ですが、大きな体を椅子に沈め、腕組みして膝を揺すり続けています。
婚約者のセシルが、困惑した顔で部屋の人々に話しました。
「私と別れたとき、彼らはどこへ行くとも言っていなかったのだ。空腹だからまず食事をすると言ってはいたが、その後はそろって国王陛下の元へご挨拶に行くと言っていた。その彼らが何も言わずに出かけてしまうというのは、解せないことなんだ」
男装をして男のような口調で話していますが、長い金髪にすみれ色の瞳の美女です。
彼らの前には同じ年頃の男女が立っていました。白い服に青いマントをはおり、長い黒髪を後ろでひとつに束ねた青年と、薄緑のドレスに長い黒髪を垂らした娘です。オリバンとセシルも見目麗しいのですが、こちらの二人も非常に綺麗な顔立ちをしていました。闇の国の王子のキースと闇の娘のアリアンです。ここは二人の部屋なのでした。
キースが肩をすくめて言いました。
「彼らは金の石の勇者の一行だ。世界に何かあれば、どんなときでもすぐに飛んで行ってしまう。戦いが終わったから、まずひと休み、なんて考えないのが彼らだからな。しかたがないだろう」
一方アリアンは壁にかかった鏡をのぞき込み、すぐに振り向いて言いました。
「私の鏡にフルートたちが映らないわ。きっと金の石で周囲に守りの壁を作っているのね」
とたんにオリバンは、どん、と足を踏みならしました。
「姿を隠しながら移動しているなら、それは隠密行動だ! フルートは連合軍の総司令官なのだぞ! 総司令官がなんの断りもなく隠密行動に走るとは、いったいどういうことだ!?」
「でも、フルートはサータマンに向かうときに君を総指揮官に任命して、不在の間の指揮を頼んでいったじゃないか。彼らとしたら、その続きのつもりなんだろう」
キースがフルートたちを弁護するようなことを言うので、オリバンはますます不機嫌になりました。腕組みしたまま黙り込んでしまいます。
代わりにセシルが言いました。
「すまない。オリバンはフルートたちに置いてきぼりにされたのが面白くないんだ。前回に続いて今回も留守番役にされたからな」
ああ、とキースとアリアンは納得し、セシル! とオリバンは婚約者をどなりました。図星だったのです。
キースは片手でオリバンを制すると、もう一方の手で隣の部屋を指さしてみせました。
「あまり大声は出さないでくれ。あっちでゾとヨとグーリーが寝ているんだ。猿神グルの戦いでは彼らも大活躍したようだからな。戻ってきたとたん疲れが出たみたいで、夕方からずっと寝ているんだよ」
オリバンがまたむっつりと黙り込んでしまったので、キースは指を振ってテーブルと人数分の椅子を出し、さらにテーブルの上に四つのグラスを出しました。
「とりあえず一杯やろう。フルートたちの動向も気になるだろうが、このロムドを取り巻く情勢も、決して楽観できる状況じゃないんだからな」
そこで一同はテーブルを囲んで席に着きました。最初から椅子に座っていたオリバンはそのままです。
オリバンが相変わらず黙っているので、セシルが話し出しました。
「オリバンから聞いたのだが、これからロムドが強大な敵と戦闘に入る、とユギル殿が占ったらしいな。国中の貴族や領主に出兵の要請を出したということは、国と国との戦いになるということだ。ユギル殿はいつ、どの国と戦闘になると見ておいでなのだろう?」
「それはユギル殿が今も占っている最中だよ」
とキースは答え、グラスのワインを一口飲んでから、話し続けました。
「正直、ユギル殿への信頼はものすごいと思うけれどね。敵が誰なのかもわからなければ、いつ、どこから攻めてくるのかもわからないのに、それでも陛下はユギル殿を信じて、国中に出兵の準備をお命じになったからね。しかも、どの家来もそれを忠実に実行しようとしている。『そんなあやふやな占いでは動くことはできない』と言って、命令に逆らう家来が出てくるのが普通だと思うぞ」
「ユギルの占いは絶対だ。ユギルがこうなると言ったことは、必ずその通りになるのだ」
とオリバンが口をはさんできました。まだいくぶん不機嫌ですが、話題がユギルのことなので黙っていられなくなったのです。
キースはまた肩をすくめました。
「それだけ信用されてるのがすごい、って言ってるのさ。闇の国にだって、未来を完璧に言い当てられる予言者はいないんだぞ」
すると、アリアンが言いました。
「闇の国の人間は、基本的に他人の言うことを信用しないわ。どんなに真実を見抜いても、それを信じてくれる人がいなければ、その力はないのと同じことなのよ。闇の国に優れた予言者がいないのは、そこが闇の国だからだわ」
彼女は予言者ではありませんが、鏡を使って遠い場所の出来事を透視できるので、そのあたりのことは実感でわかるのです。
そんな彼女へ、セシルは身を乗り出しました。
「あなたには戦争の兆候が見えないのか? ロムドの近隣で戦の支度をしている様子とか――」
アリアンは首を振りました。
「やろうとしたのだけれど、陛下に、まだ早い、と止められてしまったの。あてもなく広大な場所を探し回っては、肝心なときに透視できなくなるから、って」
「当然だな。透視を始めると、君はほとんど飲まず食わずになるし、眠ることさえしなくなる。まだ戦争の噂も聞こえてこない段階からそれを始めたら、本番で倒れるぞ」
とキースが言いました。叱るような口調ですが、それは彼女を心配してのことでした。キースとアリアンは恋人同士なのです。
すると、オリバンが腕組みしたまま、ぶっきらぼうに言いました。
「敵がどこから攻めてくるかはわからんが、父上やワルラ将軍は東が怪しいのではないかとお考えだ」
「東?」
「東にあるのはエスタ国だろう? 一番心配なさそうな方角じゃないか」
とセシルやキースは不思議がりました。ロムド国の東隣のエスタ国は歴史ある大国で、軍事力も強大です。数年前まではロムド国と厳しく対立していましたが、金の石の勇者たちの活躍で和平を結んでからは、世界で最も信頼できる国のひとつになっているのです。
オリバンは首を振りました。
「エスタが裏切るとは思わん。ただ、出兵準備の命令を出す際に、貴族や領主を呼びつける順番をユギルが指示してきたのだ。通常であれば親族や大貴族から始まって、小貴族、貴族の地位を持たない領主の順番で父上が命令を下すのだが、ユギルは地位に関係なく、東の方面に領地を持つ者から呼びつけるように言った。遠方で呼びつけられない者にも、東から先に命令書を送ったのだ。東の防衛を急ぐからには、そちらから敵が攻めてくる可能性が高い、と推測できる」
東……とキースたちはまた繰り返しました。頭の中に世界地図を思い描いて、そちらの方面のどの国が攻めてくるのだろう、と考えます。
オリバンは話し続けました。
「敵が東にいるとは限らん。敵がまずエスタ国を攻撃するかもしれんからだ。そうなれば、我が国の東で戦闘が起きることになるし、戦火が拡大すれば我が国へも飛び火してくる。国を挙げての大戦争になるだろう」
キースは目を丸くました。
「いやいや。それ以前に、いったいどこがそんな無謀な戦争をしかけてくると言うんだ? エスタとロムドと言ったら、世界屈指の大国だぞ。その連合軍に正面から戦いを挑む奴がいるのか? あのデビルドラゴンだって二の足を踏むぞ」
「いや、奴ならばやりかねん。なにしろ、奴の野望はこの世界を我がものにすることなのだからな」
とオリバンは怒りを含んだ口調で答えました。その脳裏には、紫水晶の防具を身につけたセイロスの姿が浮かんでいます。外見は自分たちと同じくらいの年齢に見えても、実際には二千歳を越している怪物です。
セシルは話を聞きながらじっと考え込み、やがてまた話し出しました。
「セイロスは今回の戦いでサータマン王から預かった兵をすべて失った。サータマン王の信頼も大きく失ったはずだが、欲の皮が張ったサータマン王が一度や二度の失敗でセイロスを見限るとは思えない。おそらく、またセイロスに兵力を与えて挽回戦を挑んでくるだろう。ロムド国を正当な後継者のセイロスへ返せ、と言ってな――」
セシルはメイ国で女騎士団を率いてきた軍人です。仇敵サータマン国とも幾度も戦っているので、分析には厳しさと鋭さがありました。オリバンでさえ、うむ、と思わず納得してしまいます。
すると、彼女は自分のグラスからテーブルへワインを垂らし、指先につけて絵を描き始めました。ロムド国を中心とした簡単な地図です。
「ここがロムドだとして、サータマン国はその南、間にはミコン山脈がある。神の都ミコンは、今回の戦いでサータマンに勝って、さらに守備を固めた。セイロスが再びここを破ろうとしても、また同じ失敗をするだけだ。となれば、きっと別の方向から攻めてこようとするだろう――」
そう言って、セシルは椅子から立ち上がろうとしたアリアンを目で止めました。サータマンがまた攻めてくると聞かされて、アリアンはさっそく鏡で透視を始めようとしたのです。まだ早いんだよ、とキースが彼女をたしなめます。
「ユギルの占いは東を指しているようだ。となると、どういう進軍ルートが想定できる?」
とオリバンがセシルに尋ねました。こちらもすっかり軍人の顔になっています。
「サータマンの東隣はアキリー女王が治めているテト国、西隣は私の故郷のメイ国だ。メイ国の北にはザカラス国がある。どの国もデビルドラゴンやセイロスのために戦渦に巻き込まれ、大きな損害を受けた。しかも、メイ女王は今もまだメイ国に向けて移動している最中で、まだ到着していない。ロムドを攻めるというのであれば、メイとザカラスをもう一度襲撃して、ロムドの西の国境から攻め込むのが一番効果的に見えるが――」
「でも、その進軍ルートはつい先日阻止したばかりじゃないか。フルートたちと西部の住人たちで」
とキースが言いました。その戦闘は今では「二人の軍師の戦い」と呼ばれていました。セイロスに荷担したメイ国の軍師チャストが、軍師並みの頭脳を持つフルートと知略を競った戦いだったからです。
「そう。だから、やはり残る進軍ルートは東しかないことになる。サータマン国から船で海に出るルートもあるが、ロムド国やエスタ国は海に面していないので、海から攻めることはできないからな――」
とセシルは話しながら、指を動かし続けました。サータマン国の東へ矢印を描くと、その先には「テト国」の文字があります。
ふぅむ……とオリバンはうなりました。
「まず狙われるのはテト国ということか。テト国の北東にはホルド国とイシアード国、それにクアロー国がある。クアローは先日サータマン王にそそのかされてエスタ国に反旗をひるがえし、敗れてクアロー王も死んだのだが、ホルドとイシアードは、これまでまったく戦闘に巻き込まれていないだけに、戦力が温存されている。この戦力をセイロスに奪われれば、かなり厄介なことになるだろう」
「テトの女王様に知らせたほうがいいな。セイロスの攻撃に用心しろって」
とキースが言ったので、オリバンは真剣な顔でうなずきました。
「父上に進言しよう。場合によっては、援軍として魔法軍団をテトへ送ったほうが良いかもしれん。セイロスと戦うには魔法使いの存在が欠かせないが、テトには強力な魔法使いが多くないと聞いているからな――」
そう言って席を立とうとしたときです。
入り口の扉が外からたたかれて、家臣の声が聞こえてきました。
「殿下、セシル様、こちらにおいででいらっしゃいますか。陛下がお呼びでございます。キース様やアリアン様とご一緒においでくださいますように」
「父上が?」
「陛下が?」
部屋の中の四人の男女はいっせいに言って、顔を見合わせました――。