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第24巻「パルバンの戦い」

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第1章 出発

1.出兵準備

 ランジュールがディーラの入り口で魔法使いに侵入を阻止されていた頃、メールとポポロとルルは、ディーラの中心にそびえるロムド城の中庭で、小道をぶらぶらと歩いていました。

 メールは夏の梢のような緑色の髪を後ろでひとつに束ねた、細身で背の高い少女です。色とりどりの袖なしのシャツにうろこ模様の半ズボンをはいて、男の子のような格好をしていますが、その顔はびっくりするほど美人です。

 ポポロのほうは、鮮やかな赤い髪を二本のお下げに結った、とても小柄な少女でした。刺繍(ししゅう)のある白いブラウスに赤いスカートという格好をしています。メールとはタイプが違う、かわいらしい感じの女の子です。

 ルルは茶色の長い毛並みをした雌犬でした。二人の少女の足元を歩いていますが、日の射す場所を通るたびに、茶色の毛に混じった銀毛がきらっきらっと光ります。

「見なよ、ポポロ。あたいたちが城を離れてる間にバラは散っちゃったけど、代わりにクレマチスが咲き出してるよ」

 とメールが頭上を指さしたので、ポポロはそちらを見ました。

「ほんと。バラの代わりにアーチを作ってくれてるのね。見事だわ」

「下ではオダマキとツリガネソウも満開よ」

 低いところを歩いているルルが足元の花を教えてくれます。

 

 メール、ポポロ、ルル、それに今ここにはいないフルート、ゼン、ポチの四人と二匹が、金の石の勇者の一行と呼ばれる仲間たちでした。

 彼らはセイロスが野心家のサータマン王と手を結んだことを察知して、サータマン国へ様子を探りに行き、激闘の末、セイロスとサータマン軍をミコン山脈の麓で阻止したところでした。戦闘には魔法軍団の魔法使いたちも加わっていたのですが、彼らは一足先に魔法で城に戻っていました。勇者の一行は空を飛んで帰ってきたので、魔法使いたちより一日遅れて城に到着したのです。未来のロムド皇太子妃のセシルや、小猿に化けたゴブリンの双子のゾとヨ、鷹に化けた闇のグリフィンのグーリーも一緒でした。

 セシルはすぐに国王のもとへ挨拶に向かったし、ゾやヨやグーリーも大好きなアリアンやキースのところへ飛んでいったのですが、フルートをはじめとする男の子たちは、「腹が減った!」と言って台所へ直行してしまいました。どんなときにも食べることを優先するゼンが、フルートたちを引っ張っていってしまったのです。

 王への挨拶は勇者の一行全員でするべきものだったので、少女たちはしかたなく、中庭の花を眺めながら待っていたのでした。

 

 すると、そこへ少年たちが戻ってきました。フルートは金色の鎧兜を身につけ、緑のマントをはおった上から二本の剣を背負い、左腕に盾を装備した戦姿(いくさすがた)。ゼンもがっしりした体に青い胸当てをつけ、腰のベルトに丸い青い盾を、背中には百発百中の弓矢を装備しています。小犬のポチは白い首に銀色の風の首輪を巻いていました。

 少女たちは目を丸くしました。

「あれ、もう戻ってきたのかい?」

「もう食べ終わったの? あなたたちにしてはずいぶん早いじゃない。もっと時間がかかると思ったのに」

「その箱は何……?」

 ゼンとフルートは蓋代わりに布をかぶせた箱をそれぞれ抱えていたのです。

 するとポチが答えました。

「ワン、お城の台所からもらってきた食料ですよ。みんなものすごく忙しそうにしていて、『適当に持っていってくれ!』って言われたんです」

「あら、どうして? まだ食事の支度の時間じゃないはずよね?」

 とルルが首をかしげると、フルートが真剣な表情で言いました。

「ロムドがちょっと大変なことになっているんだ。ほら、猿神グルの戦いが終わったときに、青さんも言ってたじゃないか。あれだけの戦いだったのに、ロムドから援軍が来なかったのは不思議だ、何かあったのかもしれない、って。やっぱり理由があったんだよ」

「とにかく部屋に行こうぜ。それに俺はもう腹ぺこだ」

 とゼンが言ったので、彼らは急いで中庭から建物に戻りました。王が貸し与えてくれた自分たちの部屋に向かいます──。

 

「で? あたいたちがいない間に、お城で何があったのさ?」

 部屋に入るなりメールに聞かれて、フルートは答えました。

「城で事件があったわけじゃない。今、城を挙げて――いや、国を挙げて出兵の準備をしているんだよ」

 フルートは兜を脱いでベッドの上に置いていたので、顔がよく見えるようになっていました。少し癖のある金髪に晴れた空を思わせる青い瞳、昔、女の子のようだった顔だちは、次第に男らしくなってきています。ただ、それでも優しい表情は相変わらずでした。今は真剣に状況を心配しています。

 少女たちはとまどいました。

「出兵の準備なら、あたしたちがサータマンに出発するときからしていたわよね……?」

「そうよ。それがどうして今さら騒ぎになるの?」

 とポポロとルルが尋ねると、ポチが答えました。

「ワン、あのときに命令を受けて準備していたのは正規軍――つまり、ロムド王の軍隊ですよ。正規軍ならしょっちゅういろんなところに出動命令が下るけど、今回の出兵の準備命令は正規軍だけでなく、国中の領主と貴族全員に下ったんです。まだ国の隅々まで命令が伝わってはいないと思うけど、ディーラの貴族たちには伝わったから、みんな戦支度(いくさじたく)に大わらわなんです」

 

 そこへゼンが部屋の片隅から大きなテーブルを運んできました。見るからに重たそうなテーブルなのに、片手で軽々と担いできて、ぽんとベッドの間におろします。その上には台所からもらってきた食料がずらりと並べられていました。パン、ハム、チーズ、腸詰め、焼き肉、干し肉、魚の燻製、焼き菓子や揚げ菓子、果物、壜に入ったブドウやリンゴのジュース……まるで、ちょっとした晩餐会(ばんさんかい)のような品数です。

「そら、食いながら話そうぜ。まずは食え、だからな」

 とゼンは言って、さっそく肉や魚をほおばり始めました。フルートやポチはパイや干し肉を食べ始め、少女たちも、せっかくだから、と菓子や果物に手を伸ばしました。どんなときにも食べることは忘れない一行です。

 そうしながら、フルートが話し出しました。

「今回の出兵準備の命令は、ユギルさんの占いが元なんだよ。占盤に強大な敵との激戦の予兆が出たらしい。従来の戦力だけではまったく足りないから、すべての領主や貴族に戦いの準備をさせるように、って陛下に進言したんだ」

 メールは肩をすくめました。

「やたら唐突だと思ったら、ユギルさんの占いだったのかぁ。だけど、強大な敵って誰のことなのさ? やっぱりあいつ?」

 敵と言われれば、彼らはどうしてもセイロスを想像してしまいます。

「他にいるかよ。奴はミコン襲撃に失敗して逃げていったが、それで諦めるような玉じゃねえからな。きっとまた攻めてくるに決まってらぁ」

 とゼンが言うと、ポチも言いました。

「ワン、ロムド中の領主や貴族全員に出兵させようと思ったら、かなりの時間がかかりますからね。奴が攻めてきてからじゃとても間に合わないから、今から準備を始めるように言ったんだと思うな」

「それでロムド城もディーラも大騒ぎになってたわけね。でも、はっきり言って、貴族より地方の住人のほうが、よっぽど戦力になるんじゃないの? 貴族はパーティや噂話ばかりばかりで、全然戦えそうにないけど、西部で戦ったときにガタンやシルの人たちはとても頼りになったわよ」

 ルルがフルートの故郷を引き合いに出したので、フルートはちょっと笑顔になりました。

「西部の住人は、自分たちの町は自分で守るっていう意識が高いからね――。でも、貴族にだって、ロムドの国や自分の領地を守ろうとする人は大勢いるよ。それに、ぼくは戦いの準備をできるだけ急いだ方がいい気がしているんだ」

「どうして?」

 とポポロが聞き返すと、フルートはまたひどく真剣な表情になりました。

「前にも話したけれど、ミコン山脈の麓でセイロスやサータマンの疾風部隊と戦ったとき、ギーって人が見当たらなかったんだ。ギーはセイロスの副官だ。セイロスの命令を受けて、別の場所で画策している可能性がある。セイロスは確かにぼくたちに負けたけれど、またすぐに態勢を整えて攻めてくるかもしれない。ユギルさんはそれを占いで感じて、国を挙げて戦闘準備をするように指示したのかもしれないんだよ」

 

 ふぅむ、と仲間たちは考え込みました。とても十五、六歳の少年少女が話すような内容ではないのですが、彼ら自身はそう思ってはいません。真剣に思い巡らして、口々に話し続けます。

「セイロスは今度はどうやって攻めてくるのかしら。いくらあいつが強くても、ひとりで攻めてくることはできないもの。また誰かと手を組んでくるわよ」

「またサータマン王とつるんでくるんじゃねえのか? サータマン王もセイロスも、一度負けたぐらいでめげたりしねえだろう」

「セイロスの正体はデビルドラゴンだわ。二千年前の戦いみたいに、闇の怪物を従えて襲ってくる可能性もあるんじゃない……?」

 すると、フルートが考えながら言いました。

「セイロスが闇の怪物軍団を率いて襲ってくることはないような気がするな──。確かに、影の竜だったときには、魔王を使って闇の怪物を次々に送り込んできたけれど、セイロスの姿になってからは、闇の怪物をほとんど使っていないんだ。ランジュールを仲間にして、ランジュールに魔獣を呼ばせているくらいだ。きっとセイロスは何かの理由で闇の怪物を使うことができないんだよ」

 その推察に仲間たちは思わずうなずきました。何かの理由で、とフルートは言いますが、その理由について、彼らはもう心当たりがあったのです。

「二千年前に奪われた竜の宝が、まだ闇大陸に隠されたままだからなのね。奴は竜の宝に自分の力の一部を与えたから、そのせいで闇の怪物も使えなくなってるんだわ」

 とルルが言うと、ポチも言いました。

「ワン、だから、ぼくたちは闇大陸に行って、竜の宝を消滅させなくちゃいけないんですよね。そうすれば、セイロスは永久に闇の竜デビルドラゴンの力を使えなくなるから」

 このあたりの真実を、彼らは先の戦いの最後に、猿の王グルと狐の王アーラーンから聞いたのです。

 フルートはさらに考え込む顔になって話し続けました。

「グルたちの話から察するに、竜の宝というのは人のように意思を持つ存在みたいだ。ただ、人間が二千年も生きられるはずはないから、もっと別の存在……精霊か何かなのかもしれない。それは今も闇大陸のパルバンという荒れ地にいるんだ」

 フルートの声は次第に低くなっていました。意思のある存在を消滅させなくてはならないと考えるたびに、どうしても気が重くなってしまうのです。

 けれども、メールは勢い込んで身を乗り出しました。

「そうさ! そして、闇大陸は父上の西の大海にあるらしいからね! 父上の島に行って、父上をとっちめて――じゃなくて問いただしてみよう、って話になってたんだよ!」

「だが、渦王に話をさせるのは一筋縄じゃいかねえぞ。前にトムラムストへ行ったときにも、闇の大陸の場所はわからねえって言ってたからな」

 とゼンが難しい顔をしたので、メールは反論しました。

「そんなの、やってみなくちゃわかんないだろ! 父上が内緒にしてるかもしれないんだからさ!」

 先への期待と不安が入り交じります――。

 

 そのとき、部屋の片隅にかけられた鏡の中で、きらりと何かが動きました。

「うん?」

 目ざとくそれに気づいたのはゼンでした。食べかけの大きな揚げ菓子をテーブルに置くと、そっと鏡へ近づいていきます。

「ワン、どうしたんですか?」

 とポチも気づいて尋ねると、しっ、とゼンが言いました。

「何かが映ってやがる。普通のものじゃねえぞ」

「映ってる? あたいたちの姿じゃなくて?」

「角度が全然違う。いるはずがねえものが映ってるんだ。みんな気をつけろよ」

 ゼンはすでに腰のショートソードを握っていました。フルートがその横に駆けつけて背中の剣を握り、他の仲間たちもそれぞれ自分の場所で身構えます。

 鏡の中で、またきらりと何かが動きました。丸いものが銀色に光っています。

「何の頭のようだな。なんだろう?」

 とフルートは言いました。

「わかんねえ。だが、こうしていても俺たちが映らねえんだから、尋常じゃねえよな」

 ゼンは相変わらず警戒の目で鏡を見ていました。鏡を壁から蹴落とすのと、ショートソードを鏡に突き立てるのと、どちらが有効だろうと考えているのです。

 すると、鏡の中の頭がゆっくりこちらを振り向きました。

 予想に反して、それは怪物などではなく、普通の少年でした。短い銀髪に水色の瞳をしていて、ちょっぴり取りすましたような表情をしています。

 フルートとゼンは驚きました。

「レオン!」

 と思わず言うと、少年のが口を開きました。

「ぼくを呼んだな? ぼくの名前を呼んだな!?」

 ワンワンワン、と鏡の中から犬がほえる声も聞こえました。ポチとルルがぴんと耳を立てます。

「ビーラー!?」

 

 そのとたん、鏡の中からごぅっと激しい風が吹き出してきて、部屋の中をめちゃくちゃにしました。食べかけの食料や布団や枕が吹き飛ばされ、テーブルが倒れ、窓辺のカーテンがちぎれそうなほどはためきます。

 けれども、風はすぐにやんで、カーテンは揺れながら落ち着いていきました。思わず顔をそむけていた一行も、また前を向きます。

 鏡の前にはひとりの少年と一匹の雄犬が立っていました。少年は星の光を宿した黒い服を着ているし、犬は全身真っ白な毛並みをしています。犬の首には銀糸を編んで紫の石をはめ込んだ首輪が光っていました。ポチとルルもつけている風の首輪です。

 あっけにとられた勇者の一行の前で、少年は銀色の前髪をかきあげました。

「まったく。少しはぼくのことも思い出したらどうなんだ。地上に戻っていってから、全然ぼくを呼ぼうとしないんだからな。おかげで強硬手段をとる羽目になったじゃないか」

 やはり少し取りすました感じの話し方です。

「レオン! ビーラー!」

 フルートたちは、天空の国の少年と犬の名前をいっせいに呼びました――。

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