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第23巻「猿神グルの戦い」

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エピローグ 結末

 戦闘が終結した翌日、勇者の一行が森の中で目を覚ましたとき、あたりはすっかり明るくなっていました。

 まだ眠い目をこすりながら起き上がると、すぐそばの木の根元に青の魔法使いが座って、彼らを見守っていました。フルートたちと目が合うと、笑って言います。

「よくお休みでしたな。もう昼過ぎになっていますぞ」

 なに!? と声をあげたのはゼンでした。

「飯は!? 俺たち、食いそびれたのかよ!? めちゃくちゃ腹ぺこだってのによ!」

「やだなぁ、ゼンったら。あたいたち、寝る前にしっかり食事したじゃないか。まだそんなにお腹すいてないだろ」

 とメールが顔をしかめると、ゼンはむきになって言い返しました。

「んなもん、とっくの昔に消化しちまっただろうが! 飯! 飯にするぞ!」

 すぐにも立ち上がって料理を始めようとしたので、青の魔法使いが笑って止めました。

「もう少しお待ちください。ミコンから食料が届きますからな」

 そう言っているところへ、セシルと銀鼠と灰鼠が連れだってやってきました。手に手に食べ物や飲み物が入った籠を持っていたので、フルートとゼンは歓声をあげました。フルートもゼンに負けないほど空腹になっていたのです。

「起きたか。ミコンから食事が届いたぞ。ちょうどいいタイミングだったな」

 とセシルが言いました。

「並べるわね」

 と銀鼠は杖の一振りで地面の上に敷物を広げ、次の一振りで持ってきた食料を上に置きました。燻製肉や野菜をはさんだパン、厚切りのあぶり肉、湯気を立てている豆のスープ、何種類ものパイ、チーズ、果物、焼き菓子やケーキ、ワインやリンゴのジュースや山羊の乳までが並びます。

 灰鼠があきれたように言いました。

「すごい分量だなぁ。本当にこんなに食べられるのかい?」

「俺たちのことか? そんなら全然心配いらねえ。これでもちょっと足りねえくらいだからな!」

 とゼンは言うと、さっそくあぶり肉に手を伸ばしました。フルートたちも、それぞれ好みのものから食べ始めます。そんなに空腹ではない、と言っていたメールまで、スープや果物や焼き菓子をせっせと口に運んでいました。

 すると、匂いをかぎつけて、森の奥から小猿のゾとヨと鷹のグーリーが出てきました。すぐに目を輝かせて駆け寄ってきます。

「いいな、いいな、おいしそうだゾ!」

「オレたち、さっき朝ご飯を食べたけど、こっちのほうが豪華でおいしそうだヨ! 一緒に食べていいかヨ!?」

 ピィピィ! グーリーもしきりに鳴いています。

「もちろんさ。どうぞ」

 とフルートが言ったので、二匹と一羽も喜んで食事に加わります。

 

 そこへ大司祭長がやってきました。勇者の一行がさかんに飲み食いしている様子に目を細めると、穏やかな声で話しかけてきます。

「皆様のおかげでミコンの都はサータマンの襲撃を免れました。心から感謝します――。敵の攻撃で森はかなり被害を受けましたが、魔法司祭と武僧たちが修復に取りかかっているので、間もなく元に戻るでしょう。サータマンとの国境も守りを増強することにしました。今すぐサータマンがまた攻めてくるとは思いませんが、セイロスには用心しなくてはなりませんから」

 それを聞いて、一行は食事の手を止めました。フルートが真剣な声で尋ねます。

「セイロスがどこへ逃げたかわかりましたか? 彼が世界征服を諦めるなんてことは、今はまだ考えられません。きっとまた攻撃してくるに決まっています」

「空飛ぶ馬が南へ飛んでいくのを見た、と言う者があります。ですが、東へ飛んでいった、と言う者もいます。奴の正確な行方はまだわかりません」

 と大司祭長が言ったところへ、今度は紫の服と帽子のシュイーゴの僧侶がやってきました。その後ろにはシュイーゴの町で出会った若い父親もいて、フルートたちに両手を合わせて一礼してから、話しかけてきました。

「わしらシュイーゴの住人はサータマン国から逃げることにしました。サータマン王の意向にさからって疾風部隊を迎撃したことがばれれば、わしらはひとり残らず処刑されますからな。シュイーゴの町を取り戻せなかったことは残念ですが、元々わしらはサータマンに征服されて併合された国の子孫です。サータマンの支配から離れられるのは、むしろありがたいことですわい」

 と僧侶が言えば、若い父親もこんな話をしました。

「ミコンの魔法使いたちが、森を直すついでに空き地を整備して、新しい町を作ってくれることになったんだよ。グルたちが暴れた痕の一部も、牧場にすることになってね。これからみんなでシュイーゴの隠れ里や焼け跡に戻って、家族や家畜を連れてくることになったんだ」

 へぇっ、と勇者の一行は声をあげました。

「ミコン山脈は広いから、シュイーゴの人たちが移り住んだって、全然問題なさそうね」

 とルルが言うと、ミコンの大司祭長が少し心配そうな顔になりました。

「広さの点ではまったく問題ありませんが、このあたりは春先になると雪解け水でしょっちゅう水びたしになるのです。多くは斜面を流れ下りますが、窪地になったところには湖が出現してなかなか消えません。そういう難しい場所でもかまわなければ、ということなのですが」

 すると、シュイーゴの僧侶と若い父親は同時に笑い出しました。

「そういう場所こそ、わしらにはうってつけですわい!」

「なにしろ、シュイーゴは水の町だからね!」

 うんうん、とフルートたちもうなずきました。シュイーゴの住人は雪解けの洪水を上手に利用して暮らしてきたのですから、新しい場所でもきっとうまくやっていくに違いありません。

 

 すると、銀鼠が森の向こうを示しました。

「あの像はどうするんでしょう? 寺院の遺跡からこんな場所に移ってきてしまったわけだけど。元に戻すんですか?」

 彼女が指さす先にはグルの石像が立っていました。周囲の森はまだ修復が終わっていなかったので、折れた木々の間に大きな姿が見えています。

 シュイーゴの僧侶は首を振りました。

「わしらが守り続けますよ。周りに寺院を再建するんです。シュイーゴはノワラの神に守られている町ですが、グルはノワラと一緒にわしらを守ってくださるでしょう」

 それを聞いて、ポチがミコンの大司祭長に尋ねました。

「ワン、大丈夫なんですか? ミコン山脈は、山全体がユリスナイとユリスナイ十二神のための聖地のはずだけど。そこにグルの寺院を建てたりしたら、ミコンの人たちが文句を言いませんか?」

 大司祭長は穏やかに笑いました。

「グル教の信者を町や寺院ごとミコンに受け入れるなど、今までであれば、とてもあり得ないことだったでしょうね。ですが、我々は猿神グルや燃える狐神のアーラーンをこの目で見ました。彼らは古(いにしえ)の時代に光と共に戦った戦士であり、神と呼ばれるにふさわしいだけの力を持っていました。同じ光の神の一員と呼んでもよい存在です。グルの信者がグルを信じるのは当然のことでした――。そうであれば、彼らは我々の大切な隣人です。たとえ異国の民や異なる種族の者であっても、隣人は守り助けよ、というユリスナイの教えの通りにするだけです」

「なんか理屈は七面倒くせえが、ミコンの連中とシュイーゴの連中が仲良くなってくれるんなら、それが一番いいと思うぜ」

 とゼンは言うと、また食事を再開しました。肉料理を片端から口に詰め込んでいくので、なくなるのを心配したメールや犬たちに文句を言われます――。

 

 やがて、シュイーゴの僧侶と若い父親は、ミコンの大司祭長と連れだって離れていきました。シュイーゴの住人を移住させる打ち合わせをしなくてはならなかったのです。彼らの周りにミコンの魔法司祭や僧侶、シュイーゴの男たちが集まり、賑やかな話し合いが始まります。

「あっちはもう心配なさそうね」

 と銀鼠が言うと、灰鼠が残念そうな顔をしました。

「ぼくたちのファルナーズの里が今もあったら、シュイーゴと一緒に町を作れたかもしれないのにね」

 銀鼠は何も言わずに溜息をつきました。彼らの故郷はサータマン王の軍勢に襲撃されて、彼ら以外にはもう誰も生き残っていなかったのです……。

 すると、話題を変えるように青の魔法使いが言いました。

「勇者殿たちも目を覚ましたから、私はこのあとすぐにロムド城へ戻ることにする。おまえたちも、セシル様や勇者殿たちをお守りしながら、できるだけ早く城に戻ってきなさい」

「勇者たちはぼくらが守らなくても大丈夫そうだけどな」

 と灰鼠はぼやきましたが、銀鼠は青の魔法使いの真剣な表情に気がつきました。

「お城が気がかりなんですか、青様?」

 と尋ねると、武僧はうなずきました。

「結局、白はこちらに援軍をよこさなかった。これだけの戦いであれば、絶対に援軍が来ると思ったのだが。城で何か起きているのかもしれん」

 すると、フルートがそれを聞きつけて加わってきました。

「ぼくも気になっていました。サータマン国内ならともかく、ミコンで戦いが起きれば、ユギルさんには察知できたはずです。それなのに、ロムド城から援軍は来なかったから……。それと、もうひとつ。セイロスの横にランジュールはずっといたんだけど、あのギーっていう副官が最後まで見当たらなかったんです。サータマン城に残っているのかもしれないけど、いつもセイロスの横にいた人だから、なんだか気になります」

「セイロスがあのままおとなしくなるとは思えませんし、また何か企んでくるのかもしれませんな。城に戻ったら、そのあたりのこともユギル殿に伺うことにしましょう」

「先に城へ戻るのなら、オリバンに伝えておいてほしいことがある――」

 とセシルが立ち上がり、青の魔法使いと一緒にその場を離れていきました。銀鼠と灰鼠も従っていったので、後には勇者の一行とゾとヨとグーリーだけが残ります。

 

 一行はその後も食事を続け、やがて食料をあらかた食べ尽くして、ようやく食べるのをやめました。

 ゼンがふくれた腹を撫でながらひっくり返ります。

「ああ、食った食った! やっと腹一杯になったぞ!」

「よく食べたよねぇ。なんか三日分くらい食べた気がするよ」

 とメールも満足そうな顔をしています。

 ルルはポチを散歩に誘おうとして、あらっ? と目を丸くしました。満腹になったゾとヨがポチの体に寄りかかって昼寝を始めていたからです。しーっ、とポチが笑ってささやき返します。

 グーリーも近くの枝に留まって、うとうとし始めていました。

 フルートも地面に仰向けになりましたが、両手を頭の下で組むと、真剣な顔で何かを考え始めたので、ポポロが尋ねました。

「どうしたの? ロムド城のことを考えてるの……?」

 いや、とフルートは返事をしました。

「グルとアーラーンが話してくれた真相のことさ」

「竜の宝のこと? 今回もやっぱり正体はわからなかったよね」

 とメールが溜息をつくと、ゼンが言いました。

「少しはわかったじゃねえか。竜の宝はやっぱりセイロスのことじゃなかったとか、宝は今もまだパルバンとかいう場所にあって、それはの闇大陸にあるんだ、とかよ」

「パルバンっていう場所は前にも聞いたことがあるよ――」

 とフルートは思い出すように話し出しました。

「天空の国の、光と闇の戦いの概論に書いてあったんだ。闇大陸に広がる荒れ地のことで、光と闇の戦いの最終決戦はそこで繰り広げられたんだよ。竜の宝は今もまだそこにあるから、それを消滅させろ、とグルやアーラーンは言ったけど……」

「あの言い方からすると、竜の宝って言うのは人間みたいだったわよね」

 とルルが言うと、ゼンやメールはたちまち疑わしそうな顔になりました。

「人間がそんなに長生きするかぁ?」

「二千年前の話だよ。セイロスみたいに、デビルドラゴンの力でも手に入れなくちゃ、とても生きてらんないじゃないのさ」

「人間そのものだとは言ってないわ! 人間みたいなものって言ってるのよ! 精霊とか魔物とか――とにかく、そんな感じのものが竜の宝だったんだわ!」

 むきになって言うルルに、フルートはうなずき返しました。

「そう……竜の宝っていうのは、きっと人のように命や意思を持つ存在なんだ。セイロスを止めるために、ぼくたちはそれを消滅させなくちゃならない……」

 フルートはまた黙り込んでしまいました。頭の下で手を組んだまま、空を見上げて考え込みます。

 

 仲間たちはしばらくそれを見守っていましたが、いつまでたってもフルートが何も言い出さないので、メールがまた話を始めました。

「あたいさ、父上のところに行ってみようかと思うんだ」

「渦王のところにか?」

「ワン、どうして急に?」

 ゼンやポチが驚いて聞き返すと、メールは肩をすくめました。

「グルたちが、闇大陸は西の海の真ん中にある、って言ってたじゃないか。西の海っていうのは父上の西の大海のことだし、その場所を父上が知らないっていうのは、やっぱり変だと思うんだよね。もしかしたら、父上は知ってて隠してるのかもしれない。だから、問い詰めて聞き出してみたいと思ってさ」

「お、いいな、それ」

「ワン、ロムド城やセイロスに差し迫った動きがなかったら、そっちから調べてみたいですよね」

「私たちに乗っていけば、渦王の島まで三日で往復できるわよ」

 とゼンと犬たちは身を乗り出しました。そのまま、渦王から聞き出す方法の相談を始めます。

「父上も頑固だからさ、一筋縄では教えてくんないと思うんだよね」

「そういうとこはおまえとそっくりだよな、メール」

「なんだってぇ、ゼン――!?」

 ついでにいつもの口喧嘩も始まります。

 

 ポポロはいつものようにほほえみながらそんなやりとりを聞いていましたが、またフルートへ目を戻しました。真剣に何かを考えている顔を眺めます。

 すると、遺跡に向かう途中でフルートにキスをしたことが、突然頭の中に浮かんできました。ここまでいろんなことがありすぎて、思い出している暇がなかったのです。大胆すぎる自分の行動が鮮やかによみがえってきて、真っ赤になってうろたえてしまいます。

 あ、あんまりフルートが落ち込んでいたから、つい動いてしまったのよ……! とポポロは心の中で弁明しました。フルートを励ましたくて、それにはああするのが一番いい気がしたから、だから……!

 けれども、考えれば考えるほど、とんでもないことをしてしまった気がして、ポポロは恥ずかしさに息が詰まりそうになりました。フルートがいるこの場所から走って逃げ出したいくらいでしたが、今さらそんなことをしても不審に思われるだけなので、動くことができません。真っ赤な顔でうつむき、涙ぐんでしまいます――。

 すると、急にフルートが彼女を見ました。もの思いから覚めたのです。ポポロが赤い顔で泣きそうにしているのに気がつくと、ちょっと驚いた顔をしてから、また少し考え込み、やがてゆっくりと唇を動かしました。

 それは、ほとんど声にならない声でしたが、ポポロの魔法使いの耳には届きました。目を見張ってフルートを振り向くと、優しいほほえみに出会って、いっそう赤くなってしまいます。

 フルートはポポロへこうささやいたのでした。

「二人だけの時に、今度はぼくのほうからね」

 

 真夏の昼下がり。

 梢の間を抜けた日差しは、大地に光と影のレースを編んでいました――。

The End

(2015年7月25日初稿/2020年4月23日最終修正)

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