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第23巻「猿神グルの戦い」

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76.真実

 「二千年前の真実だと!?」

 ミコンの魔法使いたちから集中攻撃を受けていたセイロスが声をあげました。次の瞬間バリバリッと音が響いて、光の炸裂の中から姿を現します。

 グルとアーラーンは輪郭をなくしながらみるみる大きくなっていました。それを見て、セイロスがまた言います。

「神に戻ろうとしているな!? だが、無駄だ! 神になったところで、私の契約の魔法からは逃れられないぞ!」

 すると、赤毛の狐が答えました。

「そう。獣であっても神であっても、我々は契約の下にある。だが、ノワラは我々に言ったのだ。二千年の後、世界を救うために新たな勇者が現れる。彼に出会ったときに真実を伝えるチャンスは訪れる、とな――」

「わしらは神に戻りつつある」

 と白猿が話を引き継ぎました。

「だが、わしらはまだ神ではない。しかも、獣でもない。おまえが世界に刻んだ契約は、すべての神、すべての獣に真実を語ることを禁じたが、神でも獣でもない今のわしらには、契約も力を及ぼすことはできないのだ」

 え……と勇者の一行はその話を聞いて言いました。とっさには理解できない仲間もいましたが、フルートとポチはすぐに言いました。

「じゃあ、グルとアーラーンは真実を語れるんですね!?」

「ワン、二千年前の戦いのことを話せるんだ!」

「なんだと!?」

 とセイロスがまたどなり、巨大な雷と魔弾がいっせいに飛んできましたが、それはことごとく打ち砕かれました。ミコンの魔法使いだけでなく、大司祭長や青の魔法使いまでが守りに加わったからです。

「グルよ、我々もその真実を共に聞きましょう。語ってください」

 と大司祭長が白猿へ呼びかけます。

 

 グルは巨大化しながら言いました。

「許された時間はわずかだ。手短に話すぞ――。勇者の言う通り、宝というのはセイロスのことではない。闇の竜とひとつになったセイロスが宝と呼び、手元に囲っていたものだ。二千年前、わしらにはセイロスを倒せるだけの力がなかった。だから、わしらは策を打った。セイロスが宝と呼んでいたものと連絡を取り合い、協力を求めたのだ。宝は承知して光の陣営に加わり、自ら囮(おとり)となってくれた。大変な危険を承知の上でのことだ。宝の協力がなければ、この罠は実現できなかった」

「え、それじゃ竜の宝って言うのは……」

 とルルが言いかけますが、グルの話が続いていたので、ポチに、しっとたしなめられました。

 彼らの外側ではひっきりなしに稲妻が降り、魔弾が飛んでいましたが、攻撃はすべて光の魔法に防がれていました。さらに金の石も光を広げたので、その中は驚くほど静かでした。グルのことばのひとつひとつがはっきり聞こえます。

「宝はセイロスの力の大事な一部を持っていた。セイロスが宝を手元に置くために与えていたからだ。おそらく奴も罠には気づいていただろうが、なんとしても宝を取り戻さなくてはならなかった。奴は宝がいるパルバンへやって来て、竜の王によって世界の果てへ飛ばされ、そこにつなぎ止められたのだ」

 すると、アーラーンもまた話し出しました。

「奴の宝は今もまだパルバンにある。だから、奴は闇の竜本来の力を発揮できずにいるのだ。パルバンへ行って奴の宝を消滅させろ、新たな金の石の勇者。そうすれば、セイロスは永久に闇の竜の力を使えなくなって、世界は救われるだろう」

 グルとアーラーンは大きくなるのをやめていました。狐や猿の姿がどんどん輪郭を失い、形を変えていくので、勇者の一行はあせりました。

「パルバンって、いったいどこにあるの!? そんな場所、聞いたことがないわ!」

「肝心のことがまだわからねえぞ! 宝ってのは、いったい何なんだよ!?」

 ルルやゼンが尋ねると、グルがまた言いました。

「パルバンは闇大陸にある。闇大陸は西の海の真ん中だ。奴の宝というのは――」

 けれども、その瞬間、鋭い音が響きました。セイロスが光の魔法と金の光を切り裂いて、彼らの真ん中に飛び込んできたからです。その姿を見て、一同はぎょっとしました。黒髪は半ばから四枚の翼に完全に変わり、瞳は血のように赤く、爪は黒く長く、口の端からは鋭い牙がのぞいていたのです。闇の民のような姿ですが、もっと禍々しく恐ろしげに見えて、誰もが息を呑んでしまいます。

「我が秘密を明かすことは許さん!」

 とセイロスは叫ぶと、手にしていた大剣でグルに切りつけました。とたんに、ごぉぉっと激しい風が湧き起こって砂埃が巻き上がります――。

 

「グル!!」

 フルートは風に顔をそむけながら駆け出し、すぐに立ち止まりました。

 同様に走り出していたゼンやメール、ポポロやポチやルル、銀鼠や灰鼠も驚いて止まります。

 彼らの目の前から白い猿は消えていました。代わりに立っていたのは、巨大な石の柱でした。片側には笑うような猿の顔が、反対側には怒ったような猿の顔が刻まれていて、怒った顔の下には胸の前で交差させた二本の腕があります。

 セイロスの剣は石になったグルを切りつけていました。刃が跳ね返され、反動に空飛ぶ馬がヒヒンといななきます。

「ワン、グルが石像に戻った……」

 とポチがつぶやくと、像の陰から炎が音を立てて吹き出しました。ごぅっと空を渡ると、立ちすくんでいる銀鼠と灰鼠の上へ落ちていきます。

「危ない!!」

 フルートたちが思わず叫ぶと、炎は姉弟の上で二つに分かれました。燃える狐の形になって二人に飛びつき、そのまま見えなくなっていきます――。

 とたんに姉弟は歓声をあげました。

「戻ったわ!」

「アーラーンの力だ!」

 空の上ではセイロスが態勢を立て直しているところでした。そこへミコンの魔法使いたちが攻撃したので、また周囲で火花が散り始めます。

 銀鼠と灰鼠はナナカマドの杖を振り上げました。

「アーラーン、おでましを!」

「あのいまいましい男を、この場所から追い払ってくれ!」

 ごごごごぅ……

 二人の杖の先から赤い炎が飛び出し、光の魔法も闇の障壁も突き抜けて、セイロスへ襲いかかっていきました。セイロスが手綱を引いたので、空飛ぶ馬が後足立ちになり、その腹の下を炎が飛び抜けていきます。

「外れたわ! もう一度よ!」

「わかった、姉さん!」

 姉弟がまた杖を振り上げたので、馬が怯えていななきました。セイロスが落ち着かせようとしても言うことを聞かず、くるりと向きを変えると、後ろも見ずにその場から逃げ出します。

「あ、待ちやがれ、この野郎!」

 ゼンはルルに飛び乗って後を追いかけようとしましたが、フルートが引き留めました。首を振って言います。

「今はいい。今はこれで充分にしよう……」

 フルートが見上げた場所には、グルの石像がありました。怒ったような外向きの顔、笑うような内向きの顔、二つの顔が揃った神像は、今はもう何も言わずに森の中に立っています。

「セイロスの宝の正体、また聞きそびれちゃったね」

 とメールが残念そうに言います――。

 

 すると、グルの石像の足元から、ひょっこり顔を出したものがありました。赤い毛並みをした二匹の小猿です。

「ななな、何があったんだゾ?」

「おおお、オレたち今までどうしていたんだヨ?」

 一同が自分たちを見つめているので、二匹はおどおどしています。

「ゾ! ヨ!」

 勇者の一行と銀鼠、灰鼠は歓声をあげて駆け寄りました。真っ先に駆けつけたフルートが両腕を広げて小猿たちを抱きしめると、他の仲間たちもその周りに群がります。

「管狐! 管狐はどこだ――!?」

 とセシルは青くなってあたりを見回していましたが、石像の陰から五匹の小狐が現れて飛びついてきたので、やはり笑顔になりました。小狐たちを肩や腕に載せて、優しく毛並みを撫でてやります。

「やれやれ、ゾもヨも管狐も無事だったようですな」

 と青の魔法使いもほっとします。

 そんなところへ、空の向こうから黒い鷹のグーリーが飛んできました。狂ったグルに森へ墜落させられた後、セイロスとミコンの魔法使いたちが戦い始めたので、光の魔法の流れ弾を避けて離脱していたのです。ゾとヨが元気でいるのを見ると、ピィピィ嬉しそうに鳴いて頭上を飛び回ります。

 するとそこへランジュールまでが舞い戻ってきました。その場の様子に、あれれれぇ、と目を丸くします。

「戦闘は終わっちゃったのぉ? さっちゃんは元の石像に戻ってるし、セイロスくんはいなくなっちゃってるしぃ……ってことは、またセイロスくんが負けちゃったのかぁ。やれやれ、闇の竜のデビルドラゴンなのに、しょぉがないなぁ。こんな状況、ボクにはどぉしよぉもないしぃ。退散、退散、出直してこよぉっと――ふふふ」

 何故か最後に楽しそうな笑い声もたてながら、ランジュールは消えて行きました。それきりもう戻ってはきません。

 

 空にいた大司祭長がフルートたちのところへ下りてきて言いました。

「どうやら最大の危機は去ったようです。サータマン軍の疾風部隊は半数ほどが聖騎士団に捕まり、残りはミコン山脈から敗走して国境の向こうへ去った、と報告がありました。この状況で敵が再びミコンへ攻めてくることは不可能でしょう」

「あら、疾風部隊は無事に国境を越えてサータマンに戻れたのね」

 とルルが言うと、ポチが答えました。

「ワン、グルが正気に返って元に戻ったから、国境のグルも普通の目印に戻ったんだよ」

「ミコンの森も魔法で修復しなくてはなりませんな。巨大なグルや兵士たちのせいで、ずいぶん荒らされてしまった」

 と青の魔法使いは周囲を見回しました。木々がなぎ倒され踏み潰された森は、見るも無惨なありさまになっています。

 すると、そんな森の中から新たな人々が現れました。手に手に斧や大鎌を持ったシュイーゴの男たちと、紫の服と丸い帽子を身につけた僧侶です。勇者の一行はまた歓声をあげて駆け寄りました。

「良かった……!」

「みんな無事だったんだね!」

 ところが、僧侶の老人は申し訳なさそうに頭を下げました。

「ノワラが、戦闘が激しくなるからシュイーゴの住人を守れ、と告げてきたので、結界を張ってその中に隠れておりました。肝心なときになんのお役にも立てなくて、申しわけありません」

 フルートは笑顔で首を振りました。

「いいえ、安全な場所に隠れていてもらえて本当に良かったです」

「そうそう、巨人兵や馬鹿でかい猿が暴れ回ってたからな。森ン中にいたら踏み潰されてたかもしれねえぞ」

 とゼンも言ったので、僧侶はようやく、ほっとした顔になりました。シュイーゴの住人たちも笑みを浮かべます。

 

 そのとき、赤い光がさっと射して、一同の顔を照らしました。

 見れば太陽は西の森のすぐ上まで下りてきて、空を茜色(あかねいろ)に染めていました。長かった一日がようやく終わろうとしているのです。

 フルートは夕日に照らされたグルの石像を見上げると、そっとその表面に手を触れました。フルートから見えているのは内向きのグルの顔でした。石に刻まれた口は、もう何も語ろうとはしません。

 フルートの両肩に乗ったゾとヨが、石像を見上げて言いました。

「オレ、なんだかグルが懐かしい気がするゾ。前は怖いような気がしたけど、今はもうあんまり怖くないんだゾ」

「ゾもかヨ? オレもそうなんだヨ。グルがオレたちに、ありがとうって言ってるような気もするんだヨ」

 彼らの後ろでは小狐になった管狐がセシルから銀鼠や灰鼠に飛び移り、きゅぃきゅぃ鳴きながら、しきりに二人を舐めていました。

「わ、く、くすぐったい……!」

「あたしたちを舐めたって、アーラーンには届かないわよ!」

 姉弟が笑いながら言っています。

 うん、とフルートはゾとヨに言いました。

「グルの神様たちは、きっと君たちに感謝しているよ。絶対にね」

 夕日に染まったグルの石像は、目を細めて笑いながら、フルートたちを見下ろしていました――。

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