大きな赤毛の狐と白い猿が光の戦士を名乗ったので、一同はびっくりしました。
「獣が光の戦士として戦ったというのですか!? そんなまさか!」
と青の魔法使いがつい大声を出すと、狐と猿が、じろりとにらみつけてきました。
「この世界は人間だけのものではない」
「そう。わしら獣たちが生きる世界でもある。数から言えば、人間よりわしら獣のほうがはるかに多いのだぞ」
二匹が不愉快そうな声になっていたので、フルートはあわてて言いました。
「ぼくたちはユラサイで、二千年前の光と闇の戦いの絵を見たことがあります。デビルドラゴンが率いる闇の軍勢に対抗していたのは、人間だけじゃありませんでした。鳥や獣といった動物たちも、たくさん光の軍勢に加わっていたんです――」
「ワン、ぼくたちだって犬だけど光の戦士ですからね」
「今だって獣が一緒に戦っているんだから、差別はしないでほしいわ」
とポチとルルも言ったので、青の魔法使いは頭をかきました。
「や、これは失敬。差別しているつもりはなかったのですが……」
「海では、魚や海鳥たちも立派な戦士なんだよ。父上たちと一緒に、海の軍勢を作ってるんだからさ!」
とメールも自分のことのように胸を張って言います。
そんなやりとりに、狐と猿は機嫌を直したようでした。また落ち着いた声になって話し出します。
「闇の竜が勝利すれば、この世界は崩壊して、私たち獣も全滅してしまう。だから、私たち獣も戦士となり、人間たちと協力して戦ったのだ」
「闇の竜が世界の最果てに幽閉された後も、わしら獣の王は人間が暮らす場所に留まり続けた。世界には闇が残した怪物が数多く棲み着いて、隙あらば人間を襲おうと狙っていたからな。そうするうちに、いつの間にかわしらは神と呼ばれるようになり、本当に神になっていたのだ」
「神になっていた?」
と青の魔法使いはまた目を丸くしました。とっさには理解できなかったのです。銀鼠や灰鼠も狐と猿を呆然と見比べています。
けれども、フルートたちには猿の言うことが理解できました。
「ワン、ユラサイの神竜と同じなんですね。神竜は、元は竜一族の王様だったけど、ユラサイを守るために神様の竜になったんです」
とポチが言うと、ルルもうなずきました。
「ヒムカシの国で会った天狗たちも、似たようなものだわ。あの人たちはもともとはエルフだったんだけど、人間から神様扱いされるうちに、本当に山の神様になってしまったんだもの」
「人の想いにはすごい力があるから、その影響で変わっていくんだ、ってオシラも言ってたわよね……。グルやアーラーンも、そうやって生まれた神様たちだったんだわ」
とポポロも言います。
そこへ大司祭長が空から下りてきました。勇者の一行の話に、驚いたように言います。
「いやはや、神に対する大変な新説ですね。ミコンの神学者たちが聞いたら、あまりに突拍子もないので、きっと目を回してしまうでしょう。私たちのユリスナイがその新説に含まれていなくて良かった、と思いますよ」
「あん? ユリスナイも最初は神様じゃなかったって話だぜ」
とゼンがあっさりと言いました。
「ユリスナイも元はエルフで、初代の天空王だったって、今の天空王が言ってたもんねぇ」
とメールも同意したので、大司祭長はますます驚きました。
青の魔法使いが苦笑いの顔になって言います。
「その話は外ではしないようにお願いしたではありませんか。神を神の座から引きずり下ろしてしまうと、弊害のほうが大きくなりますからな――」
「ちぇ、相変わらず人間は面倒くせえな」
「ほんとほんと」
ゼンとメールは肩をすくめ合います。
フルートは改めて狐と猿に話しかけました。
「つまり、あなたたちは二千年前にデビルドラゴンたちと戦った獣の王なんですね? 光と闇の戦いを見てきた生き証人なんだ」
「そういうことになるかな」
と狐は言うと、傍らの猿を見て続けました。
「猿の王は獣の王の中でも特に力があったので、獣たちのまとめ役になった。だから獣の王の王とも呼ばれていたのだが、あの頃から、たまに混乱してわけがわからなくなることがあったのだ」
「そのたびに、わしにかみついて正気に返してくれたのが、狐の王だ。今回もまた世話になってしまったな、狐の王」
と猿が言ったので、狐は笑うようにまた目を細めました。
「おまえの体にかみついたのは二千年ぶりだから、懐かしかったぞ」
二匹の何気ないことばやしぐさに、古い戦友への信頼や愛情がのぞいています。
そんな二匹へフルートは身を乗り出しました。どうしても聞いてみたいことがあったのです。
「あなたたちが二千年前の生き証人なら、ぜひ教えてください――! 光と闇の戦いで、光の陣営を率いてきたセイロスは誘惑に負けて、デビルドラゴンと一つになってしまいましたよね? そして、光の陣営を追い詰めていった。そこで、あなたたちはデビルドラゴンが自分の力を分け与えた宝を奪って、暗き大地の奥に封印した。そして、それを取り戻しに来たデビルドラゴンを、つまりセイロスを捕まえて、世界の果てに幽閉したんだ――。教えてください! あなたたちが奪ったデビルドラゴンの宝というのは何だったんでしょう!? ぼくたちは最初セイロス自身がその宝だったと考えたんですが、今では宝は別にあったような気もしているんです――!」
真剣な顔で尋ねるフルートに、仲間たちは驚いていました。それは彼らもぜひ知りたかったことだし、その謎を知りたくてずっと世界中を旅してきたのですが、今ここでグル神やアーラーンだった二匹へ尋ねることは、誰も思いつかなかったのです。どんなときにも本来の目的を忘れない彼らのリーダーを、感嘆して眺めてしまいます。
「なるほど、闇の竜の宝のことか」
と狐が太い尻尾を振りながら言いました。
「わしらとしても、それはぜひおまえたちに伝えたいことだ」
と猿も白い毛におおわれた顎を撫でます。
フルートと仲間たちはいっせいに身を乗り出しました。これまで探しに探し続けてきた竜の宝。その正体がなんだったのか、一言も洩らさず聞き取ろうとします――。
ところが、そこへ大きな稲妻が降ってきました。
フルートのペンダントが金の光を広げて一同を包んだので、稲妻はその表面を滑って周囲へ飛び、ドドドーンと地響きを立てて森の木々を吹き飛ばします。
思わず目を閉じた一同に、上空から声が聞こえてきました。
「貴様たちはそれを話すことはできない! それがこの世界に刻まれた契約だ!」
「セイロス!!」
とフルートたちは目を開けました。アーラーンに吹き飛ばされたセイロスが、空飛ぶ馬に乗って舞い戻ってきたのです。
その横にはランジュールも浮いていて、あきれたように言いました。
「やれやれぇ、その白いお猿さんがさっちゃんの正体だったってわけぇ? 小さいし、あんまり強そうでもないよねぇ。がっかりだなぁ」
グルだった猿は、じろっとランジュールをにらみつけました。
「よくもわしを操ってくれたな、幽霊。しかも、わしの良心や自制心から、わしを引き離すとは。危なく世界の破壊に荷担してしまうところだったぞ。わしはもう貴様の思い通りにはならん」
一方セイロスは宣言するように言い続けました。
「二千年前、私はこの世界と魔法を結んだ。この世界の山も川も海も空も、あらゆる生き物も、あらゆる死んだものも、無論、獣も神も、あのときの戦いのことを語ることはできない、とな。その禁を破って戦いを語ろうとすれば、そのものは消滅する。記録に書き残そうとすれば、その書物は燃え尽きる。これは世界が消滅するまで消えることがない契約なのだ」
「なんて魔法をかけたのよ、ほんとに!」
「てめぇがそんな魔法をかけたから、俺たちは苦労してるんだぞ!」
とルルとゼンが怒ってどなると、セイロスの横でランジュールが肩をすくめました。
「そんなの、当たり前じゃないかぁ。自分の弱点や攻撃方法を敵に隠さないヒトなんていないよぉ」
「竜の宝のことを話そうとすると、グルやアーラーンも消えちゃうのかい!?」
とメールは猿と狐を振り向きました。火の山で出会った幽霊のロズキのことを思い出したのです。ロズキも二千年前の戦いに直接参加した人物でしたが、そのときのことを語ろうとすると、たちまち体が薄くなって消えそうになったのです。
すると、白猿が答えました。
「確かに、あのときのことを語ろうとすれば、わしらは消滅するだろう」
「我々が神であったときでさえ、それは不可能なことだったのだ」
と赤狐も言ったので、そんな! と勇者の一行は言いました。また真相を知ることができないんだ、と誰もがひどくがっかりします。
フルートもグルたちの話に唇をかんでいました。セイロスを止めるためには、竜の宝の正体を知らなくてはならない。その確信はますます強くなっているのに、やっぱり契約に邪魔されるのです。なんとか契約を越える方法はないんだろうか、と考えます。
上空でセイロスが勝ち誇った声をあげました。
「貴様たちは今は昔同様の猿と狐だ! 私の魔法で焼き払って、二度と神にも戻れないようにしてやろう!」
声と同時に今度は大量の魔弾が飛んできました。グルやアーラーンだけでなく、フルートたちまで直撃しようとします。
ところが、それは途中で光の壁にさえぎられました。青の魔法使いや大司祭長が、周囲の森を見て笑顔になります。
「魔法司祭たちですな」
「よくやりました。力を合わせて守り続けなさい」
空き地の際(きわ)まで駆けつけていたミコンの魔法使いたちは、いっせいにうなずいてまた手を掲げました。セイロスやランジュールめがけて魔法をくり出します。
「きゃぁ。ボクは身を守る方法なんてないんだから、も一度退散するからねぇ!」
ランジュールは黄色い悲鳴を上げながら消えていきました。空には馬に乗ったセイロスだけが残りますが、攻撃魔法はその周囲で砕けてしまいました。空で白い火花が飛び散ります。
それを見上げていた狐がおもむろに言いました。
「時間が来たな、猿の王」
「ああ。梟(ふくろう)の王が告げていた通りだ」
と猿も言いましたが、フルートたちと銀鼠と灰鼠は、思わず自分の耳を疑ってしまいました。梟の王、ということばが、何故かノワラと言っているようにも聞こえたからです。
「ノワラって梟だったの……?」
と銀鼠がつぶやいたとき、狐と猿の体が急に変わり始めました。輪郭が薄れて、みるみる大きくなり出したのです。
「予言の時がやって来た! おまえたちに二千年前の真実を教えてやろう!」
見上げるような大猿になりながら、グルはフルートたちにそう言いました――。