セイロスの髪が伸びて広がっていくのを見て、フルートは、はっとしました。
長い黒髪が四枚翼のような形になったときに、セイロスはすさまじい魔力を発揮するのです。
皆を守るためにとっさに飛び出し、胸のペンダントに叫びます。
「光れ、金の石!」
たちまちまばゆい光が広がり、セイロスを照らしましたが、セイロスは平気な顔でした。鎧と一体化した赤いフノラスドの頭が、聖なる光を防いでいるのです。願い石の精霊も現れなかったので、金の石もじきに光を収めてしまいます――。
すると、急に銀鼠と灰鼠が悲鳴を上げました。ミコンの魔法使いたちに助けられて宙に浮いたはずの絨毯が、また急に墜落を始めたのです。
「ど、どうしたのよ、急に!?」
「今度はグルの鳴き声なんかくらってないぞ――!?」
姉弟はあわてふためき、墜落を止めようとして、ぎょっと顔を見合わせました。どちらも真っ青な顔色になっています。
「あんたもなの……?」
「姉さんからもアーラーンが離れたのか!?」
彼らに魔力を与えてくれる火の神アーラーンが、彼らの中から突然消えてしまったのです。
絨毯は森へまっすぐ墜落していきました。彼らにはもう浮き上がらせることができません。
一方、ルルの背中でもいきなりセシルが声を上げていました。
「うわっ!?」
腰に下がった銀の筒がいきなり大きく揺れ、中から五匹の小狐が飛びだしてきたからです。空中で合体して大狐になると、ケーン、と鳴いて地上に降り立ちます。
ところが、銀鼠たちが落ちていくのとはまったく違う場所だったので、ゼンやメールはあせりました。
「馬鹿野郎! そこじゃねえぞ!」
「あっちあっち! 管狐、もっとあっちだよ――!」
けれども、大狐は動きません。何かを見据えるように空中を見上げてまた鳴きます。
「なんだって!?」
とセシルは身を乗り出して叫びました。管狐のことばを聞き取ったのです。
「承知した、だって!? いったいなんのことだ!?」
管狐は返事をしません。
その間に銀鼠と灰鼠は絨毯もろとも墜落してしまいました。
あわや地面に激突というところへ、青の魔法使いが現れて、二人をふわりと軟着陸させます。
「いったいどうした!?」
二人の表情がただごとではないので、青の魔法使いが尋ねると、銀鼠は泣きそうな声で言いました。
「私たちからアーラーンが離れてしまったんです!」
「なんの前触れもなく! こんなことは初めてです……!」
灰鼠のほうは本当に涙ぐんでしまっています。
「アーラーンが? 何故だ?」
と青の魔法使いは聞き返しましたが、二人にも理由はわかりませんでした。おろおろしながら絨毯に座り込んでいます。
すると、管狐がいきなり、ケケーンと鋭く鳴きました。
もともと大きな化け狐ですが、その体がさらにふくれあがって大きくなり、あっという間に森の木よりも巨大になってしまいます。
「管狐まで大きくなったよ!?」
「グルたちと同じくらいでかいじゃねえか!」
メールやゼンが驚いていると、管狐がまた鋭く鳴きました。
とたんに、ぼぅっと音を立てて、大狐の体から赤い炎が吹き出します。
炎はたちまち管狐の全身を包み込み、燃えながら狐の形になっていきました。まるで巨大な炎の犬のようにも見えます。
「これって……!」
とルルが言いました。銀鼠や灰鼠がアーラーンを呼びながら魔法を使うとき、炎は何度もこの形になったのです。
フルートも管狐の変化を見ながらつぶやいていました。
「グルは猿神――アーラーンは狐の神だったのか――」
「ワン、じゃあ、アーラーンが管狐に取り憑いたってことですか!?」
とポチが聞き返します。
巨大になった管狐は全身めらめらと燃える炎に包まれていましたが、不思議なことに、その火は森に燃え移ることはありませんでした。
ただ、猛烈な熱気は空中にまで伝わっていました。さすがのセイロスも驚いて大狐を見下ろしています。
すると、炎の狐がセイロスを見返しました。口を開いて人のことばで話し出します。
「久しぶりだな、セイロス! こんな形でおまえと再会するとは思わなかったぞ!」
なに? とセイロスはいぶかしい顔になりました。彼のほうでは炎の狐に見覚えがなかったのです。
アーラーンはセイロスを無視してグルへ目を移しました。二匹の大猿がまだ戦い続けているのを見ると、また人のことばで話します。
「いつまで操られているつもりだ!? 獣の誇りを思い出さないか!」
けれども、外向きの顔のグルはまだ戦うことをやめませんでした。内向きの顔のグルに飛びつき、抑え込んで牙をむきます。
「もうよせ、猿の王!」
とアーラーンがまた言いました。
とたんにセイロスが、はっと思い当たった顔になります。
「猿の王だと!? では、おまえたちは――!」
長い黒髪がざわりとまた揺れて翼の形に広がり、歪めた口元から牙がのぞきました。黒い大きな魔弾がセイロスの両手の間にこごっていきます。
アーラーンは鋭くそれを振り向きました。燃える口をいっぱいに開いて、キィィィィと鋭く鳴きます。それはグルも使っていた鳴き声の衝撃波でした。空中のセイロスを直撃して、空飛ぶ馬ごと遠くへ跳ね飛ばしてしまいます。
外向きのグルはもう一匹のグルへかみついていきました。鋭い牙が生えた口で、笑うようなグルの顔をかみちぎろうとします。
「よせと言っているんだ!」
アーラーンはごぅっと音を立てて宙に躍り上がると、二匹のグルへ飛びつきました。あっという間に二匹を炎の中に包み込んでしまいます。燃え上がった炎は何十メートルもの巨大な火柱になりました。その中からグルの声が聞こえてきます。
うわぉぉぉうおぉぉぉぉ……!!!!
「アーラーンにかみつかれてグルが燃えてるわ!」
とポポロが叫びました。
フルートたちも空中で呆然としてしまいました。
狐のアーラーンも二匹の猿のグルも、一つの炎になって燃え続けています……。
ところが、じきに炎は吸い込まれるように小さくなって、見えなくなってしまいました。
フルートたちは炎が消えた場所に急降下しました。あれほど大きな火が燃えたのに、地面には焼け焦げた痕がまったくありません。銀鼠と灰鼠も青の魔法使いと一緒に駆けつけてきますが、森の空き地に二匹の生き物が立っていたので、全員が立ち止まりました。
それは全身赤い毛並みの狐と、全身を白い毛でおおわれた猿でした。管狐やゾやヨではありません。どちらも普通の狐や猿より大きくて、人と同じくらいの大きさがありますが、それ以外はいたって普通の獣のように見えます。
「グルはどこだ!?」
「アーラーンはどこに行ったのさ!?」
とゼンやメールは口々に言いました。銀鼠と灰鼠は途方に暮れて立ちつくしています。アーラーンが彼らから離れていってしまったので、アーラーンの存在を感じ取ることができなかったのです。
一方、フルートは青ざめながらあたりを見回していました。ゾやヨたちを探していたのですが、彼らの姿もどこにも見つかりません。目の前には見慣れない赤い狐と白い猿がいるだけです。
困惑する人間たちをよそに、狐は悠々と背中の毛繕いをしていました。白猿は地面に尻をつけてぼんやり座り込んでいます。
すると、狐が顔を上げて猿を見ました。
「やっと正気に返ったか、猿の王?」
「ああ……やっとな。おまえのおかげだ、狐の王」
と猿が答えました。どちらも人のことばを話しています。
それを取り囲む一行には、何がどうなっているのかさっぱりわかりません。
すると、セシルが思いきったように進み出て、二匹の獣に話しかけました。
「私の大切な管狐がこのあたりに落ちたのだ。知らないだろうか――?」
その腰では笛のような銀色の筒が揺れていました。これがあるということは、管狐もまだどこかにいるということです。
赤狐は鋭い目を細めて、笑うような顔になりました。
「あなたの友人の体は私がまだ借りている」
すると、白猿もフルートたちに向かって言いました。
「おまえたちの友人のゴブリンの体は、わしが借りている。もう少しのあいだだけ貸しておいてもらえるだろうか。なにしろ、わしらの本来の体は、二千年前に消滅してしまったからな」
「二千年前!?」
それはしばしば聞かされることばでした。世界が二つに分かれて争った光と闇の戦いを示すキーワードです。
「それじゃ、あなたたちは……」
とフルートが言いかけると、二匹の獣は一行の前で居ずまいをただしました。
「左様。私は狐一族を率いていた狐の王」
「わしは猿の一族を率いていた猿の王。わしらは、二千年前の大戦争で光の陣営に加わって戦った、光の戦士なのだ」
狐と猿は重々しく言うと、フルートたちをまっすぐに見つめてきました――。