空飛ぶ絨毯が墜落した場所からもう一匹のグルが現れたので、一同は息を呑みました。
先の巨大なグルと大きさも体つきもそっくりですが、先のグルが歯をむき出して怒ったような顔をしているのに対して、こちらのグルはしわだらけの笑うような顔をしています。
「内向きのグルだわ!」
とルルが言いました。
「遺跡からここまで駆けつけてきたのかよ!?」
とゼンも言うと、ようやくポチの背中に戻ったフルートが首を振りました。
「違う! こっちのグルになったのはヨだ! 内向きのグルはソルフ・トゥートの遺跡でヨに取り憑いて、ぼくたちと一緒にここまで来ていたんだ……!」
その話をランジュールが聞きつけました。
「なぁにぃ? キミたちったらグルの神殿の遺跡に行って、もう半分のグルを連れてきたってわけぇ? 油断も隙もないなぁ――。どぉせ、さっちゃんを元に戻そうとか考えたんだろぉ? ざぁんねんでした。さっちゃんはボクの命令しか聞かなくなってるから、絶対に元に戻ったりしないんだよぉ。さあ、さっちゃん、目の前にいるキミのそっくりさんを倒しちゃおう! だぁいじょぉぶ。キミにはちゃんと顔があるんだから、そっちの顔をなくしたって消えたりしないからさぁ!」
ぐふるるる……
外向きの顔のグルがうなりながら内向きの顔のグルへ襲いかかりました。長い腕を振り上げ、体を捕まえて、肩口へがっぷりかみつきます。
内向きのグルはキャーッと悲鳴を上げました。それがまるでヨの悲鳴のように聞こえて、フルートたちは思わず飛び上がってしまいました。
内向きのグルは身をよじって外向きのグルをふりほどきました。左肩の傷から血が流れ出します。見上げるような猿の怪物ですが、流れる血は紅い色です。
外向きのグルがまた襲いかかってきたので、内向きのグルは大きく飛びのきました。森の中なので猿の足の下で大木が音を立ててへし折れます。外向きのグルは勢い余って前のめりにばったり倒れました。その体の下でも木が折れていきます。
内向きのグルは外向きのグルの背中に飛びつきました。のしかかり、頭に頭をぶつけて体当たりします。
それを見てポチが言いました。
「ワン、外向きのグルと一緒になろうとしてるんだ!」
ところが、ランジュールが声をあげました。
「さっちゃん、偽者を跳ね飛ばしちゃえ!」
うぉぉぉ!!!
外向きのグルは勢いよく立ち上がって、内向きのグルを跳ね飛ばしました。大猿の体が転がって森を潰していきます。
「全然だめだわ!」
「一緒になろうとしやがらねえぞ!」
とルルとゼンが言いました。なんとかしたいと思うのですが、グルたちが巨大すぎて、とても手が出せません。
フルートも空中を飛び回りながら、どうしたらいいのかわからなくなっていました。二匹のグルはゾとヨの体に乗り移っているので、金の石を使うわけにはいきません。ポポロも魔法を使い切ってしまっています。もっとも、それは光の魔法なので、例え残っていたとしても、やはり使うわけにはいきませんでした。
「どうすればいいんだ? どうすれば……?」
つい心の中の声が口から飛び出しますが、それでも名案はひらめきません。
そのとき、気絶していたメールとセシルがようやく目を覚ましました。空中でゼンに抱えられていたことに気づいて仰天します。
「うぉっと――馬鹿、二人して暴れるな! 危ねえだろうが!」
ゼンはメールを自分の前に、セシルを後ろに座らせました。それでようやく二人が落ち着いたので、ふぅ、と溜息をつきます。
メールがゼンを振り向いてきました。
「なんでグルが二匹になってるのさ!? なんで二匹で戦ってるわけ!?」
すると、ゼンの後ろからセシルも身を乗り出してきました。
「あれはヨだな!? ヨもグルに取り憑かれてしまったのか! 元に戻ろうとしているのだな!?」
「でも、外向きのグルが戻りたがらないのよ」
とルルがうなりながら答えたとき、ポポロが歓声をあげました。
「あれを見て!」
無残にへし折られた森の中から、空飛ぶ絨毯が飛びだしてきたのです。上には銀鼠と灰鼠の姉弟が乗っていました。
「もう……! 攻撃されて気絶しちゃうだなんて、魔法軍団としてあるまじき失態よ! とんだ恥さらしだわ!」
「しかたないよ、姉さん。敵に操られてるけど、あれはグル神なんだからさ!」
「あれはグルじゃないわよ! 外向きと内向きの二つの顔を持っていてこそ本物のグルなんだもの! 早く元に戻ってもらわなくちゃ!」
「わかった! 外向きのグルを止めよう! そうすれば、きっと内向きのグルが何とかしてくれるはずだ――!」
姉弟は絨毯の上で揃って杖を掲げました。二人の魔法を一つにして、外向きのグルへ投げつけます。
それは巨大な炎の塊でした。背中に激突して炸裂すると、外向きのグルがのけぞって悲鳴を上げます。
うわっ、とフルートたちは思わず顔をしかめました。グルの悲鳴が今度はゾの声に聞こえたのです。
「ゾもヨも大丈夫なんだろうね……?」
とメールが心配してつぶやきます。
巨大な炎を背中にくらって、外向きのグルが攻撃を止めました。両腕を後ろに回して背中を振り向こうとします。
その隙に内向きのグルが跳ね起きて飛びつきました。相手の頭を捕まえ、飛び上がって相手の肩に飛び乗ると、勢いよく頭突きをします。
「さっちゃん、後ろにかわしてぇ!」
ランジュールの声が響き、外向きのグルは後ろにのけぞりました。そのまま二匹のグルは倒れていって、ずずん、と地面に落ちたところで、外向きのグルが蹴りをくらわします。
内向きのグルはまた跳ね飛ばされてしまいました。グルが倒れるたびに、森は大揺れに揺れています。
姉弟は舌打ちしながら、外向きのグルの周りを飛び回りました。
「足を狙ったほうが動きを止められるんじゃないかな」
と灰鼠が言うと、銀鼠が叱りました。
「馬鹿ね! そんな低い場所に魔法を使ったら森が火事になるじゃない!」
「じゃあ、どうするっていうのさ!? このままじゃ、内向きのグルにも捕まえられないぞ!」
「内向きのほうへ誘導しましょう! それなら逃げられないはずよ!」
そこで灰鼠は空飛ぶ絨毯を外向きのグルへ飛ばしました。鼻先をかすめるようにして向きを変えると、森から起き上がってくる内向きのグルのほうへ飛び始めます。外向きのグルは絨毯の後を追い始めました。ずしん、ずしん、と森に足音が響きます。
もぉっ! とランジュールは舌打ちしました。
「さっちゃんは猿だから、あんまり頭がよくないなぁ! まんまと作戦にのっちゃダメじゃないかぁ! さっちゃん、破壊の声! そのお二人さんをも一度撃ち落としちゃぇ!」
外向きのグルは口を開けると、キィィィと鋭い声で鳴き出しました。声の衝撃波です。
「危ない!」
灰鼠は絨毯を急上昇させて声をかわしました。
ところが、そのすぐ後ろに内向きのグルが立ち上がっていました。声をまともにくらって後ろへ飛ばされ、踏みとどまって、外向きのグルをにらみつけます。
と、笑う年寄りのような顔が、かっと口を開けました。キィィィィィとこちらも鋭く鳴き出します。
二つの声は空中でぶつかり合い、猛烈な破裂音を立てました。ドン、ガン、バン、ドガン、ダン、ドドドン、ビァン……!!!!! 様々な衝撃音が同時に周囲に広がって、その場にいた全員を襲います。
「ワン!」
「きゃぁっ!」
ポチとルルが悲鳴を上げました。衝撃波に風の体がちぎれて、元の犬の姿に戻ってしまったのです。背中に乗っていたフルートたちやセシルも空に放り出されます。
一方、空飛ぶ絨毯もきりもみしながら墜落していました。やはり衝撃波の激突に巻き込まれてしまったのです。銀鼠と灰鼠も悲鳴を上げながら落ちていきます。
幽霊のランジュールだけが影響を受けずに宙に浮いていました。
「すごい、すごぉい! やるねぇ、さっちゃんたち! さっすが神様!」
と大喜びで手をたたいています。
ところが、彼らの落ちる速度がすぐに緩やかになり、やがて全員が空中に留まりました。
あれれっ? とランジュールが目を丸くすると、地上から声が聞こえてきます。見れば、ミコンの魔法使いたちがフルートたちへ手を振っていました。墜落する彼らを魔法で受け止めてくれたのです。
たちまちポチとルルがまた風の犬に戻って、フルートたちを背中に拾い上げました。銀鼠と灰鼠も空飛ぶ絨毯の上に這い上がります。
ランジュールはふくれっ面になりました。
「やだなぁ。さっちゃんがせっかく大活躍してるんだから、邪魔しないでよねぇ」
そこへ青の魔法使いが姿を現しました。問答無用で杖を向けてきたので、ランジュールは飛び上がります。
「おっとぉ、まずぅい!」
と攻撃をくらう前に姿を消してしまいます。
その間も二匹のグルは戦い続けていました。内向きのグルが外向きのグルにしがみついて一つに戻ろうとしますが、外向きのグルが暴れて、また跳ね飛ばしてしまいます。
「ゾ! ヨ! もうやめるんだ!!」
とフルートは呼びかけましたが、二匹は反応しませんでした。
「青さん。魔法でなんとかできねえのかよ?」
とゼンが言うと、青の魔法使いは難しい顔をしました。
「相手はグル神です。光の魔法使いたちにはどうにもできんのです」
そこへ、いきなり大司祭長の声が聞こえてきました。
「気をつけて! セイロスがそちらへ行きます!」
全員は、はっと身構えました。大司祭長や魔法使いたちの集中砲火を浴びていたセイロスが、攻撃を跳ね返し、隙を突いて外へ飛び出したのです。次の瞬間には、空飛ぶ馬にまたがったセイロスがフルートたちのすぐそばに現れます。
セイロスは戦う二匹のグルを見ると、ふん、と冷笑しました。
「残されたグルが片割れを取り戻しに来たな。そうはさせん」
紫水晶の兜の下で長い黒髪が揺れて伸び、四枚の翼のように広がっていきました――。