グーリーに乗ったヨが、実体化したグルの周りを飛びながら、しきりにゾの名前を呼び続けているので、勇者の一行は驚きました。
「ヨは何を言ってやがんだ!? あれはグルじゃねえか!」
「ゾはどこにいるのよ!?」
とゼンやルルが言いますが、フルートはグルの赤い毛並みに気づいて目を見張りました。
「まさか……」
と疑ったところへ、セシルが言います。
「そのグルの体はゾだ! ゾがグルに取り憑かれたんだ!」
ええっ!? と一同がまた驚くと、ピィピィとグーリーがけたたましく鳴きました。すぐにポチが通訳します。
「ワン、森の中で戦場の様子を伺っていたら、突然森の奥から影の猿が現れて、ゾの中に入ってしまったそうです! そしたら、ゾが急に巨大になって、大猿になってしまったって……!」
グルを呼んだランジュールも、びっくりしていましたが、この話を聞くと、へぇぇ、と笑い顔になりました。
「さっちゃんは影だったから、勇者くんの金の光に弱かったんだよねぇ。だから、猿の体に入って実体を手に入れたんだ。さっちゃんったら、考えたねぇ。偉い偉い、お利口だよぉ」
巨大な猿は、ずしん、ずしんと足音を響かせながら近づいてきました。身の丈数十メートルもある大猿なので、先ほどの巨人兵たちと同じように、通った後の森がへし折られて踏み潰されます。
「ゾ、ゾ! オレだヨ、ヨだヨ! オレがわからないのかヨ――!?」
ヨが必死に呼び続けますが、大猿はまったく無反応でした。それでもグーリーと一緒に周りを飛んでいると、猿はうるさそうに頭を振り、いきなり巨大な手を動かしました。ハエでも打ち落とすように、鷹を空中から払い落としてしまいます。
「グーリー!」
「ヨ!」
フルートたちが叫ぶと、その目の前でグーリーの姿が変わっていきました。黒い鷹の体がふくれあがり、黒い毛と羽根におおわれたグリフィンになったのです。
グリフィンになったグーリーは大きな翼を羽ばたかせて、また空中に舞い上がりました。
あれれぇ、とランジュールが言います。
「勇者くんのお友だちのグリフィンじゃないかぁ。逃げたとばかり思ってたら、鷹なんかに化けてたんだねぇ」
一方、背中にしがみついたヨは、まだ赤毛の小猿の姿をしていました。目をぱちくりさせてつぶやきます。
「変だヨ、変だヨ。セイロスのそばに来たから、グーリーはグリフィンに戻ったのに、オレはゴブリンに戻ってないんだヨ? オレは猿のままだヨ。どうしてなんだヨ?」
けれども、ゴブリンはあまり頭が良くないので、いくら考えても理由はわかりません。
グーリーのほうはグリフィンの姿でグルの前に回ると、翼をいっぱいに広げて、ギェェェン、と威嚇(いかく)しました。どうにかゾを止めようとしたのですが、とたんにグルが牙をむいて鳴きました。
キィィィ……!!!
すると、ばっと黒い羽根が一面に飛び散り、グーリーが大きく吹き飛ばされました。グルの鳴き声が強烈な震動になって襲いかかってきたのです。グーリーはきりもみしながら落ちていき、ヨはその背中から勢いよく放り出されてしまいます。
「ヨ!!」
フルートがポチと共に助けに飛んで行こうとすると、目の前にグルが割り込んできました。フルートたちを捕まえようと手を振り回します。
「勇者殿を援護だ!」
と地上の魔法使いたちがグルへ魔法をくり出すと、障壁が広がって魔法を跳ね返してしまいました。障壁を作ったのがセイロスではなく青の魔法使いだったので、ミコンの魔法使いたちは驚きました。
「どうしたのですか、フーガン!?」
と大司祭長も驚いて尋ねてきます。
青の魔法使いは渋い顔で一礼を返しました。
「申しわけない。ですが、グルを魔法で攻撃するのは控えてほしいのです。消えてしまっては大変ですから――」
青の魔法使いが心配していたのは、グルではなく、取り憑かれたゾの体のほうでした。なにしろ正体は闇のゴブリンなのですから、光の魔法の攻撃を食らったら消滅してしまうかもしれません。
フルートたちがグルに追い回されているので、ゼンやメール、銀鼠灰鼠がヨを助けに飛んでいきました。真っ先に追いついた銀鼠たちが、空飛ぶ絨毯で小猿を受け止めます。
「大丈夫、猿くん?」
「君の兄弟は正気を失ってる。今はいくら呼びかけても無駄だよ」
と銀鼠たちは言いましたが、ヨは気を失ってしまったのか、返事をしませんでした。
「しかたないわ。このまま乗せておきましょう」
「そう重くはないから大丈夫だろう」
と姉弟が話し合います。
墜落したグーリーのほうは、森の中に見えなくなってしまっています。
ランジュールはグルへ飛んでいくと、喜んで言いました。
「どぉやら、さっちゃんの体は勇者くんたちの大事なお友だちらしいねぇ。攻撃したくてもできなくなってるよぉ。絶好のチャンスだから、勇者くんを捕まえちゃおう。で、頭をねじ切って殺してあげよぉねぇ。勇者くんの兜はすぐに脱げちゃうから、きっと簡単にできるはずだよぉ。うふふ」
ぐるる。
赤毛の巨猿は大きくうなずくと、改めてフルートを追い回し始めました。ポチが身をかわすと、後を追ってきて腕を振り回します。
「よせ、ゾ! 自分を取り戻して目を覚ませ!」
花鳥に乗ったセシルがグルに並んで呼びかけますが、さすがのセシルも今度はゾを正気に返すことができませんでした。グルがまたキィィと鳴くと、花鳥が一瞬でばらばらになり、セシルとメールが空中へ投げ出されます。
「危ねえ!」
ゼンがルルと飛んできて二人を抱き止めました。
「おい、しっかりしろ! 大丈夫か!?」
と声をかけますが、二人は衝撃で気を失っていました。グルがまた鳴こうとしたので、ルルは急いでその場から離れます。
「ワン、グルに近づくことができませんよ!」
とポチが言いました。
「ミコンの魔法使いも魔法攻撃はできない。もちろん金の石も使えない。どうすればいいんだ――」
とフルートも困惑します。
その間にグルはまた彼らに向き直りました。フルートを捕まえようと手を伸ばしてくるので、ポチはあわてて逃げます。
すると、セイロスの声が聞こえてきました。
「何をしている、ランジュール! グルにはミコンの魔法使いどもを攻撃させろ! フルートは後回しだ!」
ランジュールはたちまちぷぅっとふくれっ面になりました。
「やぁだよぉ! ボクはねぇ、勇者くんと皇太子くんを殺すためにキミに協力してるんだからさぁ。そぉれぇにぃ、さっちゃんがこぉして実体になったのは、さっちゃん自身のお手柄なんだよぉ! キミがボクたちに何かしてくれたわけじゃないもんねぇ! だから、キミの言う通りにする必要はないってわけぇ」
と、かなり勝手な解釈をすると、後はセイロスを無視してグルをけしかけます。
「そらそら、さっちゃん、勇者くんが困ってるよぉ。こぉいうときの勇者くんはすごく弱いからねぇ。さっさと捕まえて、首をねじ切っちゃおう。ふふふふ」
グルが本当に猛スピードで迫ってきたので、ポチも速度を上げました。それでも追いつかれそうになったので上空へ逃げようとすると、いきなり空中に巨大なヒョウが現れて襲いかかってきました。ポチがかわすと、今度は大ハリネズミが、それもかわすと巨大な鹿が現れて角でフルートを跳ね飛ばそうとします。
「うわっ!」
鹿の角の先が鎧に当たって、フルートはバランスを崩しました。ポチの背中から滑り落ちそうになります。
「フルート!」
ポポロはとっさにフルートの腕を捕まえました。とたんにポチの背中に引き倒されてしまいますが、それでもフルートの手は放しません。
フルートはポチから宙づりになりました。赤毛の猿になったグルが迫ってきて、またフルートへ手を伸ばします――。
すると、そこへ銀鼠と灰鼠が飛んできました。
「アーラーン!」
「力を!」
とグルへ炎の魔法をくり出します。
実体になったグルは炎を避けるように後ずさりました。明らかに効果があったので、姉弟は目と目を見交わしました。
「炎を怖がってるわよ」
「実体になったから、炎のダメージも大きくなったんだ」
それでは、と今度は二人の魔力を合わせて大きな炎をくりだそうとします。
ところが、それより早く、グルが鋭く鳴きました。
キィィィィィ……!!!
激しい衝撃波がまともに空飛ぶ絨毯に襲いかかりました。鳴き声が空気を通じて伝わってきて、ばらばらになりそうなほど絨毯と人を揺すぶります。しかも、音の高さが変わってくるので、振動はますます激しくなります。
ついに姉弟は気を失ってしまいました。絨毯の上に昏倒します。
すると、絨毯も失速して空から落ち始めました。みるみる速度を上げて地上へ墜落していきます。
「銀鼠、灰鼠!」
青の魔法使いはとっさに魔法を使おうとして、すんでの所で止めました。絨毯の上に気絶したヨも乗っていたからです。光の魔法を使えばヨを巻き込んでしまいます。
「危ねえぞ!」
「二人とも目を覚まして!」
ゼンとルルが追いかけますが、ゼンが気を失ったメールとセシルを抱えているので、速度が出せません。絨毯がたちまち地上へ遠ざかっていきます――。
そのとき、絨毯が光に包まれました。
いろいろな色が入り交じったような、たったひとつの色のような、不思議な色合いが湧き上がり、空飛ぶ絨毯を呑み込んだのです。銀鼠と灰鼠とヨも、光の中に見えなくなってしまいます。
「魔法を使ったのは誰だ!?」
と青の魔法使いは顔色を変えてどなりました。
「ヨ!」
とフルートも真っ青になります。
ところが、ポポロが言いました。
「あれは光の魔法じゃないわ! あの光は――」
その間にも絨毯は墜落を続け、森の中に落ちました。光も見えなくなり、そのまま、しんと静かになります。
グルの後ろでそれを見ていたランジュールが、首をひねりました。
「なぁんか、今、絨毯が変な光り方をしたよねぇ? 魔法かなぁ。でも、グル教の魔法使いのお姉さんとお兄さんは気絶してたように見えたんだけどなぁ? っと、勇者くんを逃がしちゃダメだよぉ、さっちゃん!」
フルートがポチの背に戻ろうとしていたので、すかさずランジュールが言いました。うぉぉ、とグルがまた手を伸ばしてきます。
ポチは身をかわして上昇するしかありませんでした。フルートがまた宙づりになり、手をつかんで支えるポポロが悲鳴を上げます。
すると、絨毯が落ちたあたりの森から、強い光がふくれあがってきました。みるみる空に立ち上り、形を変えると、急激に輝きを収めていきます。
その後に現れたのは、もう一匹の巨大な猿でした。実体化したグルとまったく同じ大きさ、同じ姿をしています。
えぇ!? とランジュールは仰天しました。
「さっちゃんがもうひとり? そんなまさかぁ!?」
宙づりになったフルートも驚いてもう一匹のグルを見ましたが、新たなグルが笑った年寄りのような顔をしているのに気づいて、はっとしました。
「あれは……」
と言いかけたところに、低い太い声が重なります。
「か――え――せ――かえ、せ――かえせ――!!」
それは、以前ソルフ・トゥートの遺跡で聞いたことのある声でした。フルートだけでなく、ポポロもポチも、ゼンもルルも、思わず息を呑んでしまいます。
「かえせ――返せ――!! 我が半身を返せ!!」
新たに現れたグルは、空中にほえるようにそう言って、もう一匹のグルを見据えました――。