空の高い場所でポチはあせっていました。
金の石を爆発的に光らせた後遺症で、フルートはひどい痛みに襲われています。その隙を狙ってセイロスが迫ってきたのです。
とっさに逃げだそうとしますが、まるで空の一カ所に縫い止められたように、その場から動くことができません。セイロスの魔法で足留めされてしまったのです。
ポポロもセイロスが迫ってくるのに気がつきましたが、魔法を使い切ってしまったので、攻撃を防ぐ手だてがありませんでした。セイロスが剣を構えるのを見て、とっさにフルートにおおいかぶさって守ろうとします。
すると、急にその体が押し返されました。フルートがいきなり跳ね起きたのです。かばっていたポポロを逆にかばって盾をかざします。
がぃん。
セイロスの剣が盾にぶつかって跳ね返されました。空飛ぶ馬がのけぞるように離れます。
フルートも反動で跳ね飛ばされ、ポポロと一緒にポチの背中に倒れ込みました。とたんにまた激しい痛みに襲われます。
「フルート!」
ポポロは叫びました。セイロスが空中で向きを変えて引き返してきたのです。フルートをかばおうとしますが、フルートの体が自分にのしかかっているので動くことができません。セイロスがフルートの背後で剣を振り上げたので、悲鳴を上げてしまいます。
すると、淡い光が湧き上がって、金の石の精霊が現れました。セイロスとフルートの間に割って入って、両腕を広げます。
「やめろ、セイロス!」
その姿が見る間に変わっていきました。黄金の糸のような髪が長くなり、身長が伸び、顔つきや体つきが変化していきます。テトの国の衣装を思わせる服も、裾の長いドレスになって風にはためきます。金の石の精霊は若い女性の姿に変わったのです。
それは二千年前、セイロスと共に戦っていた頃の精霊の姿でした。剣を振り上げたセイロスをにらみつけて、また叫びます。
「彼を殺してはいけない! 彼は金の石の勇者だ!」
その声もうら若い女性に変わっています。
セイロスは、ぞっとするほど冷たい笑いを浮かべました。
「金の石の勇者は二千年前に死んだ。貴様たちは単なる残像だ」
剣が振り下ろされて、女性になった金の石の精霊を真っ二つにしました。次の瞬間、精霊の姿がちぎれて消えてしまいます。
「こんにゃろう!」
ゼンたちはフルートの元へ突進しました。セイロスがまたフルートに切りつけようとしていたからです。
銀鼠と灰鼠も炎攻撃をくり出しましたが、セイロスは振り向きざま剣で炎を切り捨ててしまいました。
「嘘、アーラーンの火を切ったわ!」
「剣が起こした風で炎を断ち切ったんだ!」
と銀鼠と灰鼠の姉弟は驚きます。
返す刀でセイロスはフルートに切りつけてきました。フルートの唯一の弱点の顔を狙っています。フルートはまだ動けません――。
ところが、がつっと鈍い音がして、セイロスの剣が止まりました。
受け止めたのは、曲がりくねってこぶだらけの太い杖です。
「遅くなりました。ようやく追いつきましたぞ」
そう言いながらセイロスの剣を押し返したのは、青の魔法使いでした。だん、と空中に踏み出すと、杖で空飛ぶ馬を突き飛ばします。
イヒヒヒン!!!
空飛ぶ馬はいななきながら離れていきました。
セイロスは暴れる馬を落ち着かせると、武僧をにらみつけました。
「貴様も戻ってきたか、ロムドの魔法使い。だが、貴様ごときの力で私を止められると思うな」
とたんに晴れた空から巨大な稲妻が降ってきました。ポチに乗ったフルートとポポロと、それを守って立つ青の魔法使いを呑み込んでしまいます。
仲間たちは悲鳴を上げ、稲妻のまばゆさに思わず目をつぶりました。ドドドドーン、と稲妻が森を直撃して地響きを立てます。
あわててまた目を開けた仲間たちは、空にフルートたちの無事な姿を見つけて、ほっとしました。
青い長衣の大男の横には、純白の長衣に銀の肩掛けの男性も浮いていました。ミコンの大司祭長です。いまいましそうに顔をしかめたセイロスへ、厳かに言います。
「彼らに手出しはさせません。彼らは神々がこの世界を闇から守るためにつかわした勇者です」
そのとき、ようやくフルートの体から痛みが引いていきました。フルートは起き上がって大司祭長を振り向き、声を震わせて言いました。
「ぼくはミコンの聖騎士団や魔法使いの皆さんを守れませんでした……すみません」
自分自身も殺されかかっていたのに、真っ先にそんなことを言うフルートに、ポポロは思わず涙ぐんでしまいました。ようやく駆けつけてきた仲間たちも絶句します。
すると、大司祭長が穏やかに答えました。
「まったく被害がなかった、とは言えません。命を落としてしまった者もおりますが、大半の者は先ほど勇者殿が放った聖なる光を浴びることができました。魔法司祭や武僧だけでなく、聖騎士団の多くが、光のおかげで回復したのです。ほら――」
大司祭長が示したのは、巨大化した疾風部隊が踏みにじった痕にできた、森の空き地でした。そこに数百騎のの騎馬隊と数十人の男女が集まって、空を見上げていました。白い制服に青いマントの聖騎士団と、白い服に神の象徴を下げた魔法司祭や魔法僧侶たちです。空の一行がこちらを見たのに気がつくと、いっせいに声をあげて、手を突き上げたり剣を掲げたりします。
「ワン、無事だったんだ!」
とポチが驚くと、青の魔法使いが言いました。
「ミコンの魔法使いたちは巨人兵に対抗できなかったので、大司祭長の命令で、仲間を守るほうに専念していたのですよ。それでもかなりの者が疾風部隊に踏み潰されて重傷を負っていたのですが、勇者殿の金の石が癒やしてくれたので、ああして皆がまた元気になったのです」
「良かった……」
とフルートはつぶやきました。先ほど大司祭長が言った通り、金の石の光が間に合わずに亡くなってしまった人もいたのですが、それでも思わずこのことばが出ました。
歓声をあげ続ける軍勢に、上空から大司祭長が命じました。
「聖騎士団は遁走する敵を追撃! 魔法司祭と魔法僧侶は二手に分かれてセイロスの攻撃と味方の援護です! ここはミコン! 異教徒や闇の侵略は決して許しません!」
力強いことばにミコンの軍勢はまた、おぉぉ!!! と声をあげました。
聖騎士団は逃げる疾風部隊を追っていっせいに駆け出し、魔法使いたちの中で飛べる者は空に舞い上がってきます。飛べない魔法使いは地上から援護魔法をくり出します。
「こしゃくな!」
セイロスはまた青空から雷を落としましたが、魔法使いたちがいっせいに手を向けると、稲妻は四散して消えてしまいました。次の瞬間には、無数の魔法攻撃がセイロスに集中していきます。
セイロスはすぐに闇の障壁を周囲に張りました。攻撃魔法が砕け散りますが、セイロス自身もその場所から動けなくなります。炸裂する光の魔法が視界をさえぎってしまったのです。魔法使いたちが次々にくり出す魔法はやむことがありません。
あぁらら、とランジュールはつぶやきました。巻き込まれてとばっちりをくらわないように、充分離れた場所に浮かびながら、ひとりごとを言います。
「多勢に無勢ってヤツぅ? セイロスくんは強いけど、疾風部隊に逃げられてひとりきりになっちゃったからねぇ。こぉなると、ひとりずつはそんなに強くなくても、大勢のほうが強力なんだよねぇ――おっと」
魔法の流れ弾が飛んできたので、ランジュールは急いで身をかわしました。相変わらずセイロスは集中砲火を受けていますが、助けに行こうとはしません。
「だぁって、ボクはただの魔獣使いの幽霊だよぉ。魔獣がいなかったらただの幽霊なんだから、セイロスくんを助けるなぁんてコト、できるわけないんだよねぇ」
のんびりそんなことを言って、肩をすくめています。
すると、セイロスの声が飛んできました。
「グルを呼び戻せ、ランジュール! ミコンの魔法使いどもを攻撃させるんだ!」
「えぇ? さっちゃんはさっきの聖なる光をかなり怖がってたから、今呼び戻しても、来ないかもしれないよぉ?」
ランジュールが渋ると、またセイロスがどなります。
「なんのためにおまえにあれを与えたと思うのだ!? 口答えは許さん! 早く奴を呼び戻せ!」
その高圧的な言い方に、ランジュールはむっとしました。不満たっぷりの顔で、しぶしぶ西の方角へ呼びかけます。
「さっちゃぁん、セイロスくんがまた呼んでるよぉ。嫌かもしれないけど、戻っておいでぇ。後でたっぷりご褒美をあげるからさぁ――」
けれども、グルはなかなか戻ってきません。
「ランジュール!!」
とセイロスがまたいらだった声をあげます。
その髪がざわりと動いて広がり、闇の障壁がぐっと広がりました。同時にセイロスから無数の魔弾が飛びだします。
「おっと、いかん」
青の魔法使いが杖を振ると、フルートやポポロたちに降り注いだ魔弾が砕けました。ゼンやメールたちに降り注ぐ魔弾は、ミコンの魔法使いたちが跳ね返します。
銀鼠と灰鼠に飛んでいった魔弾を防いだのは、大司祭長でした。姉弟が驚いていると、穏やかな笑顔を向けて言います。
「あなた方は確かに異教の神を信じる異教徒ですが、勇者殿たちを助けて闇と戦っているのですから、我々の同志であり、大切な隣人です。たとえ異国の民や異なる種族の者であっても、隣人は守り助けよ、というのがユリスナイの教えなのです」
そのことばに姉弟はますます驚いた顔になります。
そのとき、森の向こうから、うぉぉぉぉ、と地響きのような声が聞こえてきました。
グルの咆哮です。
「来たぁ!」
とランジュールは歓声をあげて飛び上がり、すぐに目を丸くしました。森の中から巨大な生き物が立ち上がったからです。さきほどの巨人兵と同じくらいの大きさですが、人間ではありません。
それが全身赤い毛並みの大猿だとわかって、ランジュールはまた声をあげました。
「あれれぇ? さっちゃんったら、いつの間に体を手に入れたのさぁ?」
「グルが実体化しやがったぞ!?」
「前よりも大きいじゃない!」
とゼンやルルも驚いています。
すると、花鳥の上に突然セシルが立ち上がりました。
「馬鹿な! どうしてこんなことになったんだ――!?」
えっ? と仲間たちは彼女を振り向き、大猿のほうからピィピィと鷹の声が声が聞こえてきたので、また向き直りました。グーリーが大猿の周囲を飛び回っていたのです。その背中には小猿が一匹だけ乗っていました。
「ゾとヨのどっちさ!?」
とメールが言ったとき、小猿の声が聞こえてきました。
「ゾ! ゾ! どうしたんだヨ!? どうして急に大きくなっちゃったんだヨ!? 返事をするんだヨ、ゾ!」
グーリーの背に乗ったヨは、戦場に迫る大猿のグルに向かって、必死にそう呼びかけていました――。