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第23巻「猿神グルの戦い」

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第24章 予想外

70.魔法

 フルートがポポロの手をつかんでポチの背中へ引き上げる様子を、仲間たちは期待の目で見守りました。巨人化した疾風部隊をポポロの魔法で止める、とフルートは言ったのです。いったいどんな作戦を思いついたのだろう、と思いながら待ちます。

 すると、フルートはポポロを自分の前に座らせ、顔を寄せて耳元に何かをささやきました。彼女が目を見張って聞き返すと、うなずいて返事をしますが、ポチの体がごうごうと風の音をたてているので、仲間たちには話の内容は聞こえません。

 フルートは山頂めがけて疾走を始めた巨人部隊を指さして声をあげました。

「後を追え! 充分近づいたら魔法だ!」

「ワン!」

「はいっ!」

 ポチとポポロが同時に返事をしました。猛スピードで疾風部隊を追いかけ始めます。

 仲間たちもあわてて後を追いました。ゼンを乗せたルルと、メールとセシルを乗せた花鳥、銀鼠と灰鼠を乗せた絨毯が、うなりを上げながら飛んでいきます。

 

 その動きにセイロスが気づきました。空飛ぶ馬の手綱を引いてフルートたちに向き直りますが、ポチの上に赤毛の少女を見つけてすさまじい顔で笑います。

「いよいよポポロの魔法を使うな。そうはさせん」

 セイロスから大量の黒い魔法が飛び出しました。ポポロより先に魔法攻撃をしかけてきたのです。

 フルートが叫びました。

「守れ、金の石!」

 とたんにフルートの両脇に金の石の精霊と願い石の精霊が現れました。願い石の精霊がフルートの肩をつかみ、金のペンダントが強烈な光を広げます。

 セイロスの魔弾は光の盾にぶつかって、次々消滅していきました。ポポロには一発も当たりません。

 フルートはそのまま突進を続けました。聖なる光の輝きと共にセイロスへ迫りますが、セイロスは退きませんでした。光に照らされながら自分の剣を抜きます。

 少し離れた場所ではランジュールが腕組みしてうなずいていました。

「セイロスくんは鎧にボクの赤いフーちゃんの頭を取り込んじゃったからねぇ。聖なる光の爆発も平気になっちゃったんだよねぇ」

 まばゆい光の中で、ポチと空飛ぶ馬が急接近しました。セイロスが大剣を振り下ろしてきます。

 フルートは炎の剣を抜いて攻撃を受け止めました。

 がぎん、と音がして二つの刃がぶつかり合い、すぐに離れていきます。ポチが前進をやめなかったからです。セイロスが振り向いて追いかけようとします。

 すると、その背後にいきなりゼンが飛び移ってきました。ルルも光に紛れながらセイロスに接近していたのです。

 不意を突かれて応戦できないセイロスを、ゼンは何度も殴りつけ、とうとう空飛ぶ馬の背中から殴り落としてしまいました。セイロスが墜落していきます。

 ゼンは空飛ぶ馬からルルの背中に飛び戻ってどなりました。

「いいぞ、フルート、ポポロ! 思いっきりやってやれ!」

 そのときにはポチはもう疾風部隊の最後尾に迫っていました。

「いけ、ポポロ!」

 とフルートが言います。

 ポポロは伸ばしていた右手の先を疾風部隊に向けると、呪文を唱え始めました。

「メザーキオンセノコヨーニエウーノ……」

 あらっ? と呪文を聞きつけたルルが驚いた顔をしました。

「これって、セイロスたちをグルの印で囲い込んだときに使った魔法じゃない?」

「なんで今さらグルの印なんだよ?」

 とゼンが聞き返しますが、ルルにもその理由はわかりません。

 その間にポポロは呪文を唱え終えました。薄れていく金の光の中から、今度は緑の光がほとばしって疾風部隊へ飛んでいきます。

 

 一方、墜落していくセイロスにランジュールが飛んできました。セイロスは地上に向かって真っ逆さまなのに、のんびりと話しかけます。

「セイロスくんって、空に浮かぶことはできるけど、空を飛ぶことはできないんだねぇ。だから、ボクのヒンヒンちゃんを愛用してたんだぁ。キミってホントに、できることとできないことが、ごちゃ混ぜだよねぇ。そぉんなに強力な魔力があるのに、どぉしてかなぁ?」

「くだらんことを言わずに、早く連中を止めろ」

 とセイロスは言うと、さっと片手を振りました。とたんに真下に空飛ぶ馬が現れ、セイロスをすくい上げてまた空に舞い上がります。

 ランジュールは口を尖らせました。

「止めろって言われたって無理だよぉ! さっちゃんはさっき逃げて行っちゃったし、ボクのフーちゃんは残らずキミが吸収しちゃったしさぁ。戦闘に出せる魔獣がいないんだよぉ」

「役立たずが」

 とセイロスは言い捨てると、空飛ぶ馬でフルートたちの後を追いかけました。後方から魔法攻撃を繰りだそうとしますが、しんがりを飛んでいた空飛ぶ絨毯から銀鼠が炎をくり出してきました。闇の力では防げない魔法なので、セイロスがあわててかわします。

 ポポロの魔法が疾風部隊に届きました。まばゆい緑の光が広がり、たちまち疾風部隊の上に広がっていきます――。

 

 すると、疾風部隊がいきなり姿を消しました。

 森の中を山頂めがけて突き進んでいたのですが、馬も人もあっという間に見えなくなってしまったのです。後には途中まで蹄に踏み潰された森だけが残ります。

 これには勇者の仲間たちも驚きました。

「疾風部隊が一瞬で消えたぞ! ポポロが魔法で消滅させたのか!?」

 とセシルが言いました。ポポロの強烈な魔法で兵士たちを跡形もなく蒸発させたのではないかと考えたのです。

「そんな、フルートがポポロにそんなことさせるはずないよ……たぶん……」

 メールが反論しましたが、疾風部隊が消えた理由がわからないので、自信なさそうな声になってしまいます。

 ゼンも地上へ目をこらしていましたが、じきに森を指さしてどなりました。

「いたぞ! 疾風部隊の兵士だ!」

 けれども、仲間たちにはやっぱり敵兵の姿が見つけられませんでした。森をきょろきょろと見回してしまいます。

 ゼンはじれったそうに言いました。

「どこ見てやがんだ! あそこにちゃんといるだろうが!」

 とルルを急降下させて森の間に入り込み、すぐにまた上昇してきます。その手にはひとりの男をぶら下げていました。緑の鎧兜を着た疾風部隊の兵士ですが、何故か普通の人間の大きさになっています。

「やめろ! 放せ! 命だけは助けてくれぇ――!」

 手足をばたばたさせてわめく男の周りに、仲間たちは集まりました。

「元の大きさに戻ったわけ!?」

「どうして!? ポポロは光の魔法使いだろう!? グルの魔法は打ち消せないはずなのに!」

 と銀鼠や灰鼠が驚いていると、メールが兵士の鎧の胸当てを見て言いました。

「傷があるよ。これって――」

 疾風部隊の兵士がつけている緑の胸当てに、横一文字の真新しい傷が走っていたのです。ルルもそれを見て言いました。

「セイロスや疾風部隊を囲い込むために、私が国境の木につけた印とよく似てるわよ。ポポロはこれを魔法で刻んだの?」

 

 そのとき、セシルが胸当ての上に別の線模様を見つけました。胸当ての中央付近に、緑色の宝石のように光る縦の一本線が描かれていたのです。横一文字の傷は、宝石のような縦の線と直角に交わって、十文字の模様を作っていました。それに気づいて、セシルがはっとします。

「ひょっとして……!」

 とゼンがぶら下げている兵士を反転させて、背中をこちらに向けさせます。

 そこには緑に輝く横一文字がありました。鎧の前と後ろに、それぞれ縦と横の線模様が描かれていたのです。

「グルの印だ!!」

 とメールや銀鼠、灰鼠は声をあげました。

「それじゃ、なぁに、疾風部隊の兵士は自分の鎧にもグルの印をつけていたわけ? だから、グルの印が怪物になったときに、たちまち襲われて巨人にされたの?」

 とルルが驚くと、セシルが言いました。

「どうやらそういうことのようだな。そこへポポロが魔法でグルの縦の線に横の線を加えた。だから、印はグルではなくなって、兵士たちも元に戻ったんだ」

 一行は思わず唖然としてしまいました。山の中腹に広がる森を見回しますが、今はもう、どこにも巨人兵や巨大な馬は見当たりませんでした。疾風部隊はひとり残らずグルの印から解放されて、元に戻ったのです。

 地上を改めてよく見ると、馬を走らせる兵士の姿が、森のあちこちに見えていました。誰もが小さくなってしまったことにうろたえ、仕返しを恐れて大あわてで麓のほうへ逃げていきます。

「本当に疾風部隊の突進を止めてしまったのね……」

「ポポロの魔法一発で。信じられないな」

 銀鼠と灰鼠はまだ呆然としています。

 ゼンはぶら下げた兵士を目の高さまで持ち上げて言いました。

「てめぇらもいいかげん目を覚ましやがれ。人間を守れって言うのが神様のはずなんだぞ。人間を皆殺しにしろ、なんて言う神様はおかしいと疑えよ。ったく、ご丁寧に鎧にまでグルの印をつけやがって。あげくに取っ憑かれて巨人にされたんじゃ、どうしようもねえだろうが」

 先ほどまで大騒ぎしていた兵士は、地上数十メートルの高さにずっと宙づりにされて、今はすっかりおとなしくなっていました。真っ青な顔で弱々しく言います。

「わ、我々の鎧にグルの印をつけてくれたのはセイロス殿だ……。グルは我々と共にある、と言ってくださったのだ……」

「そのセイロスがとんでもねえヤツなんだ、って言ってるんだよ」

 とゼンは言うと、それ以上話すのが面倒くさくなって地上に下りていきました。急降下の途中で兵士が目を回してしまったので、木の根元に放り出して、また空に戻ってきます。

 

 すると、空のもっと高い場所からポポロの声が聞こえてきました。

「フルート! フルート、しっかり……!」

 仲間たちは上を見て、ぎょっとしました。

 ポチの背中ではフルートがうずくまって体を抱え、ポポロが心配してすがりついていました。願い石の力を金の石へ流したので、また激しい痛みに襲われていたのです。

 そして、そんなフルートに向かって、空飛ぶ馬が駆け上がっていくところでした。背中にはセイロスが乗っています。

「フルート!!!」

 一同はあわてて駆けつけようとしました。銀鼠と灰鼠は魔法を繰りだそうとします。

 けれども、それより早くセイロスがたどり着いてしまいました。

「邪魔者め、死ね!」

 セイロスの剣がフルートに向かって振り下ろされました――。

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