「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第23巻「猿神グルの戦い」

前のページ

69.無効

 フルートは空中での戦いに飛び込むと、ペンダントをかざして大司祭長を守りました。驚いているセイロスに向かってどなります。

「やめろ! おまえの好きなようにはさせない!」

 すると、セイロスはすぐにまた笑いました。

「やはり戻ってきたな、フルート。貴様を引き戻すには、貴様の味方を攻撃するのが一番だ」

 勇者の仲間たちや銀鼠、灰鼠も、戦場の上空に戻ってきていました。セイロスのことばを聞いて、ルルがうなります。

「なによ。私たちを連れ戻すためにこんなことをしたってわけ!?」

 彼らの下では巨人になった疾風部隊がまだ駆け回っていました。森はすっかり踏み潰され、折れた木々の下から悲鳴やうめき声が聞こえてきます。ミコンの騎士や武僧たちが下敷きになっているのです。巨大化しなかった疾風部隊の替え馬たちも、やはり同じように潰されていました。疾風部隊は人よりも馬を大切にする、と言われているのですが、大事な馬を踏み潰しても、巨人兵たちは平気な顔で暴れています。

 フルートも唇をかみました。セイロスに対して言ってやりたいことは山ほどありますが、言っても無駄だということもわかってしまっていたのです。セイロスの正体は悪と破壊のデビルドラゴンです。少なくとも今は、それ以外の何ものでもありません――。

 

 フルートは握りしめたペンダントの魔石へ呼びかけました。

「聖なる光を全開で行くぞ。グルの印はセイロスの力で闇に変えられている。聖なる光で消滅させられるはずだ」

 すると、黄金の髪と瞳の少年が空中に姿を現しました。腰に両手を当てて言います。

「範囲が広すぎる。願いのを呼ぶから少し待て」

 とたんにフルートの横に赤い髪とドレスの女性も現れました。金の石の精霊を見下ろして言います。

「最初から私の助けを呼んだか、守護の。学習してきたようだな」

「君が出たがっていたから呼んだだけだ。出番がなくて退屈なんだろう?」

 と精霊の少年は言い返しました。普段から冷静な顔が、ことさら冷ややかな表情を刻んでいます。

 すると、願い石のがわずかに表情を変えました。してやられて悔しがるような、微妙な陰影が美しい表情の上で揺れます。

 けれども、それはほんの一瞬でした。願い石の精霊はまた元の無表情に戻ると、おもむろにフルートの肩をつかみました。

 フルートもペンダントを思い切り突き出すと、大声で言いました。

「光れ、金の石! 闇に操られたグルの印を消し去るんだ!!」

 たちまちペンダントの中央で魔石が輝き出しました。強烈な金の光が周囲へ広がり、踏み潰された森と、その中を駆ける巨人兵たちに降り注いでいきます。

 光があまりに強烈だったので、ゼンたちは思わず声をあげました。目をやられてしまわないように、あわてて目を閉じ、光から顔をそむけます。

「グーリーたちが一緒でなくて良かった。こんなところに居合わせたら、一瞬で消滅していたぞ」

 とセシルがつぶやきます――。

 

 やがて、金の輝きは吸い込まれるように収まり、魔石はまたペンダントの真ん中で静かに光るだけになりました。

 二人の精霊は姿を消し、空中にはポチに乗ったフルートと大司祭長だけが残されています。

 すると、先に目を開けた大司祭長が声をあげました。

「奴がいません!」

 フルートとポチも驚いて目を開け、目の前の空間からセイロスが消えていることに気がつきました。

「逃げたんだ!」

 とフルートは言いました。さすがにセイロスが聖なる光で消滅した、などと楽観的な推理はしません。空間を飛び越えて移動してくるかもしれないので、油断なく周囲を見回します。

 すると、少し離れた場所からゼンたちが口々に叫び出しました。

「危ねえぞ!」

「後ろ、後ろ!」

「効かなかったんだわ――!」

 あわてて振り向いたフルートと大司祭長が見たのは、すぐ後ろに迫った巨人の兵士と、兵士を乗せた巨大な馬でした。緑の鎧でひとつながりになった格好で駆けてきて、槍を突き出してきます。

「うわっ!」

 フルートと大司祭長は左右に飛びのきました。後にたなびいたポチのしっぽが、槍の穂先に貫かれて飛び散り、すぐに元に戻ります。

「どうして聖なる光が効かなかったのよ!?」

「シュイーゴの隠れ里でグルの印が暴れたときには、あの光でみんな消滅したのに!」

 と銀鼠と灰鼠も驚くと、ポポロが食い入るように巨人を見つめて言いました。

「グルの印が疾風部隊に取り憑いているからよ! 兵士や馬と一体化してるから、聖なる光の力が弱められるんだわ……!」

 その声はフルートにも聞こえていました。肩で息をしながら歯ぎしりします。

 フルートの体の内側にはまだ激しい痛みが残っていました。願い石の力が金の石に流れ込んだ後遺症です。それでももう一度聖なる光を使おうとすると、ペンダントから金の石の精霊の声が聞こえてきました。

「無理だ、フルート。これ以上強く光ろうとすれば、君の体もぼくも願いのの力に引き裂かれて、ばらばらになる」

 同時に、本当に体を引き裂くような痛みがフルートを襲いました。思わず体を抱えて、ポチの背中へうずくまってしまいます。

「勇者殿!」

「フルート!!」

 大司祭長と仲間たちが駆けつけます。

 

 すると、彼らから離れた空にセイロスが姿を現しました。

 腕組みしてフルートの姿を眺め、ふん、といまいましそうにつぶやきます。

「フノラスドのマントを奪われていたのは失敗だったな。あれさえあれば、フルートを倒せる絶好のチャンスだったのに」

 セイロスから赤いマントを奪ったのはゼンでしたが、今、ゼンはマントを持ってはいませんでした。戦闘や騒ぎの間にどこかへ放り出してしまったのです。

 セイロスは地上を見渡すと、やがて一カ所に目を留めました。

「そこか。来い」

 とたんに、踏み潰され、へし折られた森の木々の下から、赤いものが飛びだしてきました。首の途中で断ち切られた赤い大蛇の頭です。シュウシュウと声を立てながら空を上ってきて、セイロスの元までやって来ます。

 セイロスが手を伸ばして蛇をつかむと、蛇の頭はたちまち赤いマントになりました。次いでその色が金茶色に変わります。

 けれども、セイロスはそのまま少し考え込みました。

「マントではまたゼンに奪われて厄介なことになるな。よし」

 すると、マントがセイロスの手の中で溶けるように消えていきました。次の瞬間、セイロスの鎧に赤い線が浮き上がります。黒ずんだ紫の上に現れた赤い線は、なんだか鎧の上に走る血管のようにも見えます――。

 そこへランジュールが現れました。セイロスの鎧を指さしてわめきます。

「ボクのフーちゃん! フーちゃんの赤い頭を取り込んじゃったねぇ!? なぁんてことするのさぁ! たったひとつ残ってた大事な頭だったのにぃ!」

「今までどこにいた、ランジュール? グルはどうした」

 とセイロスは聞き返しました。ランジュールの文句は無視です。

 幽霊は口を尖らせると、足元の森を指さしました。

「ついさっきまで、さっちゃんは下でミコンの騎士や魔法使いさんたちを襲ってたんだけどねぇ。セイロスくんから闇の力をもらったせいで、聖なる光に少し弱くなってるみたいでさぁ。勇者くんが金の光を爆発させたら、びっくりして戦場から逃げちゃったんだよねぇ」

「さすがのグルの力でも、あれだけの聖なる光は防ぎきれなかったというわけか――。実体のない神だから、いたしかたないか」

 とセイロスは言うと、巨人になった疾風部隊が駆け回る森を示して続けました。

「見ろ、ランジュール。この兵たちは聖なる光にも負けない無敵の巨人軍団になったのだ。ミコンの守備兵たちは踏み潰されて全滅した。この軍勢で一気にミコンに攻め上り、ミコンを制圧した後にロムドへ突撃するぞ」

「あれぇ、まるで自分のお手柄みたいなコト言っちゃってぇ。ボクのさっちゃんがグルの印を暴走させたおかげじゃなかったっけぇ?」

 とランジュールはまた文句を言いましたが、セイロスはやはり知らん顔でした。魔法で声を広げると、森で暴れ回る疾風部隊へ命令を下します。

「敵はすでに壊滅した! 次なる目標は異教徒どもの総本山であるミコンの都だ! 山頂の都めざして一気に駆け上れ!」

 そこにいるのは身の丈数十メートルの騎馬隊の集団でした。その数は五百騎にもなります。その大集団が、セイロスの命令を理解すると、いっせいに移動を始めました。踏み潰され、荒れ地になった戦場から、まだ森におおわれている山頂へ馬の頭を向け、鞭を入れて疾走を始めます。

 うひゃぁ! とランジュールは感心しました。

「すっごい迫力! あれだけ大きかったら、たちまち山頂にたどり着きそぉだねぇ!」

 セイロスはいつの間にかまた空飛ぶ馬にまたがっていました。漆黒のたてがみと尾の灰色馬が、コウモリのような翼を羽ばたかせて疾風部隊を追いかけ始めます。

 

 ポチの背中にうずくまって痛みに耐えていたフルートが、雷鳴のような蹄の音に顔を上げました。巨人になった疾風部隊が山頂へ突進を始めたのを見て、いけない! と叫びます。

「ど、どうすればいいのよ!?」

「こんな馬鹿でかい軍隊、アーラーンでも止められないぞ!」

 と銀鼠と灰鼠は悲鳴を上げています。

 勇者の一行も真っ青になって疾風部隊を見送っていました。なんとかしなくては、と思うのですが、こんな巨大な軍隊をどうしたら止められるのかわかりません。怪力自慢のゼンでさえ、こんなに大勢を止めることは不可能でした。

 すると、フルートが花鳥を鋭く振り向きました。

「ポポロ!」

「は、はいっ!」

 ポポロが弾かれたように返事をします。

「疾風部隊を止めるぞ! ぼくの言う通りに魔法を使ってくれ!」

 フルートはそう言うと、手を伸ばして彼女をポチの上へ引き上げました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク