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第23巻「猿神グルの戦い」

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68.凶暴

 一方、フルートたちより先に東へ戻り始めたグルとランジュールは、途中から森の中へ下りていました。木々の間を猛スピードですり抜けて戦場に近づいていきます。

 すると、鹿や熊、狼といった獣たちが集団で逃げてくるのに出くわしました。影の大猿が前方から来るのを見ると、悲鳴を上げて左右に分かれ、さらに逃げていきます。

 行く手で大木が次々と倒れるのを見て、ランジュールはひとりごとを言いました。

「暴れてるねぇ、疾風部隊の兵隊さんは。大きな象が森を踏みつぶしてるみたいじゃなぁぃ?」

 ベキベキベキ……!

 樹齢何百年にもなるような巨大なクスノキが音を立てて倒れ、その後に生まれた隙間から、見上げるような馬と兵士が姿を現しました。兵士はサータマン軍を象徴する緑の防具を身につけています。本来は、馬に乗って高速で移動するために、兜と胸当て以外の防具はほとんどつけないのですが、巨人になった兵士は、何故かもっと仰々しい格好をしていました。全身ほとんどを鎧でおおわれ、さらにその鎧が馬の上半身にも広がっていたのです。人馬一体とよく言われますが、文字通り、人と馬が鎧でひとつながりになっています。

 ランジュールは首をひねりました。

「あの鎧、セイロスくんが魔法で変えてあげたのかなぁ。でも、なんでぇ? あんなに大きくなった兵士くんたちを、頑丈な鎧で守ってあげる必要なんてないよねぇ?」

 その間にも巨人になった兵士は迫ってきました。兜も以前より大きくなって頭部のほとんどを包み込んでいるので、兵士の顔は二つの目玉しか見えません。

 その目がぎょろりと動いて、森の中を飛ぶグルとランジュールを見つけました。手綱を引いて立ち止まります。

「はぁぃ。お役目ご苦労さまぁ」

 とランジュールは兵士に手を振ると、先へ進もうとしました。グルが戦場へ急いでいたからです。

 すると、兵士が大木のような脚で馬の横腹を蹴りました。馬が雷鳴のようにいなないて、また駆け出します。そこにはグルがいました。馬の巨大な蹄が影の大猿を踏みつぶしてしまいます。

 えぇ!? とランジュールは仰天しました。

「ちょっと、キミぃ! いったい何をするのさぁ!? 今、キミが踏みつぶしたのを誰だと思ってるのぉ!? キミたちの大事な大事なグル――!」

 ところが、ランジュールが話し終わらないうちに、今度は巨大な穂先が飛んできました。兵士が手にしていた槍でランジュールを突き刺したのです。ばっと白い体が四散して消えてしまいます。

 

 けれども、次の瞬間、ランジュールはまた姿を現しました。

 半ば透き通った体は、槍に刺されても傷ひとつ負っていません。驚いたように見つめる巨人の兵士へ、地団駄(じだんだ)を踏んで怒ります。

「ちょぉっとぉ! 何するのさぁ、ほんとぉにぃ! ボクは味方だろぉ!? 味方もグルもわからなくなっちゃったわけぇ――おぉっと!」

 兵士がまた巨大な槍を突き出してきたので、ランジュールはあわててよけました。

「そりゃぁ、幽霊だから刺されたって平気なんだけどさぁ。そのたびにまた消えて出てくるのって面倒くさいんだよぉ」

 と、ぶつぶつ言いながら、何度も突き出されてくる槍をかわしていきます。

 すると、兵士の乗った馬が急に、ぶひひん、と鳴きました。兵士が驚いて槍を引き、馬の足元を見ます。

 とたんに馬の前脚の片方が大きく曲がって、馬の体が傾きました。曲がった脚がみるみる黒ずみ、肉が腐り落ちて骨に変わっていきます。

 ぶひひひひん。

 馬がまたいなないたとたん、ぼきりと脚の骨が音を立てて折れました。馬の巨体が崩れ、乗っていた巨人兵も地面に倒れます。

 馬の前脚から始まった腐敗は馬の全身に広がり、たちまち馬は黒く腐っていきました。さらに乗っていた兵士にまで広がっていきますが、人と馬が鎧でひとつながりになっているので、兵士は立って逃げることができません。絶叫をあげながらもがくうちに、鎧からのぞく目が溶け落ち、がしゃんと兜が落ちて悲鳴が止まります。

 すると、馬と兵士が縮み始めました。鎧も縮んで馬から離れ、兵士の頭と胸をおおうだけになります。

 馬と兵士はすっかり体が溶けて、白い骸骨になっていました。もちろん、もう動くことはできません。

 骨だけになった馬の下から影の大猿が現れたので、ランジュールは歓声をあげました。

「やぁっぱり、さっちゃんのしわざだったぁ! そぉそぉ、神様を踏みつぶしたりしたら、罰が当たるに決まってるもんねぇ!」

 けれども、グルは何も返事をしませんでした。顔を上げ、激しい物音が聞こえてくる方角を見据えると、すぐにまた森の中を飛び始めます。

 うふふふ……とランジュールは笑いました。

「さっちゃんったら、セイロスくんの闇の力の影響で、ずいぶん残酷になってるねぇ。ますますボク好みだよぉ。さぁて、次はどんなステキなコトをしてくれるかなぁ。ふふふ、楽しみぃ」

 と上機嫌で大猿の後を追いかけていきます――。

 

 

 戦場は巨大な馬の群れに踏みにじられて、倒木におおわれた荒れ地に変わっていました。もう、どこにミコンの聖騎士団や魔法使いがいるのかわかりません。ひょっとしたら、全員木の下敷きになって潰されてしまったのかもしれませんが、それでも巨人になった疾風部隊は駆け回ることをやめません。倒木の空き地が周囲へ広がっていきます。

 上空に浮いた大司祭長が、同じく空中にいるセイロスへどなりました。

「今すぐこの蛮行をやめなさい! 兵たちが無理な巨大化に狂ってしまっているのが見えないのか!?」

 巨大になった馬は口から泡を飛ばしながら走り、それを操る兵士も目的もなく闇雲に疾走させていました。連係も統一性もまるでありません。ただただ破壊のために駆け回っています。

 セイロスは答えました。

「彼らは戦士の血潮の命じるままに勇猛に戦っているのだ! それになんの問題がある!? 貴様こそ、もう観念したらどうだ! 貴様を守る兵はひとりもいなくなったのだぞ!」

 セイロスが言う通り、大司祭長の周囲に彼を守る魔法使いはひとりもいなくなっていました。巨大になった疾風部隊から仲間を救うために森へ下りていったのです。

 大司祭長は落ち着き払って答えました。

「今のあなたの相手は私ひとりで充分です。嘘だと思うのならば、試してみなさい」

「よかろう」

 セイロスが返事をしたとたん、その体から黒い魔法がほとばしりました。大司祭長へ向かいます。

 大司祭長が右腕をあげると、その手からは白い魔法が飛び出しました。二人の間で激突して爆発を起こし、周囲へ火花を散らします。セイロスの攻撃は大司祭長には届きません。

 爆発が収まると、大司祭長はセイロスに言いました。

「あなたの闇魔法は先の大司祭長より弱い、と言ったはずだ。あなたは不完全な闇の竜。ユリスナイの聖なる力にかなうはずはない」

 再び魔法が撃ち出されました。今度は大司祭長がセイロスを攻撃したのです。セイロスからも黒い魔法が飛び出しましたが、双方が激突した後の余波は、セイロスのほうへより強く流れていきました。猛烈な風がセイロスを襲い、兜の下から流れる黒髪を吹き乱します。

 

 風が吹きすぎると、セイロスは、ふん、と笑いました。

「ぬるいな。二千年前の戦いのときには、名もない兵士であってもこの程度の光の魔法は使えたぞ。そして、私は不完全なわけではない。私の中には巨大な闇の力がある。ただ、それを加減しているだけだ」

「何故、加減などするのです? そんな必要はないはずだ」

 と大司祭長が聞き返しましたが、セイロスは返事をしませんでした。冷笑したままゆっくりと両手を大司祭長へ向けます。

 それと同時に兜の下の黒髪がざわざわと生き物のように動き出しました。長く伸びて広がり、やがて四枚翼の形になっていきます。

 大司祭長は、はっと身構えました。強力な闇がセイロスに集まっていくのを感じたのです。先手必勝とまた光の魔法をくり出しますが、それと同時にセイロスも闇魔法を発してきました。今までとは桁違いに大きな黒い光が白い光にぶつかり、あっというまに打ち砕いてしまいます。

 闇魔法はうなりを上げながら大司祭長に襲いかかりました。白い長衣を着た大司祭長の体に激突して、猛烈な爆発を起こします。それは人間を一瞬で蒸発させるほどの魔弾でした。黒く輝いて空と大地を染めあげ、たまたま近くにいた巨人兵と馬も巻き込んで消滅させてしまいます……。

 ふん、とセイロスはまた冷笑しました。翼の形に広がった黒髪が元に戻っていきますが、その紫の防具は爆発の光を吸い込んだように黒ずんで、元の色には戻りませんでした。黒い瞳がちらちらと赤く輝いています。

 と、その目が一瞬で黒くなり、驚いたように大きく見張られました。

 収まっていく爆発の後に、また人影が現れたからです。しかも、その人影はひとつではありませんでした。空中に浮いた大司祭長を守るように、ポチに乗ったフルートが前に立ちはだかっています。

 その右手には金色に輝くペンダントが握られていました――。

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