グルの印が疾風部隊の兵士たちに取り憑いて怪物に変えている、とポポロが言ったので、フルートたちは顔色を変えました。
ゼンが思い出して言います。
「そういや、前にも疾風部隊が怪物になったことがあったよな? 赤いドワーフの戦いの時によ」
「ワン、あのときに怪物になったのは、サータマン軍の疾風部隊とメイ軍の連合部隊ですよ。疾風部隊だけじゃなくて」
「デビルドラゴンにそそのかされて、闇の石に取り憑かれたのよね。今回もあんなふうなの、ポポロ?」
とポチとルルが言うと、ポポロは青ざめながら答えました。
「森の上に出て……そうすれば、きっと見えるわ」
見える? と仲間たちはまた驚きました。疾風部隊が戦っている戦場は、はるか東に遠ざかって、ここからはもう見えないはずだったのです。
けれども、フルートはすぐに言いました。
「上昇! 森の上に出るぞ!」
そこで一同は木々の梢に飛び込みました。大小の枝をよけながら上へ向かいます。
「あれぇ? みんなドコに行くのさぁ!?」
置いてきぼりをくらったランジュールも、慌てて後を追いかけます。
木々の間から緑の海のような森の上に飛び出した一行は、東へ目を向けて、ぎょっとしました。そこにありえないものが見えたからです。
「なにあれ、軍隊……?」
「馬に乗ってるんだから、疾風部隊だよ」
「だが、どうして部隊が見えるのだ? あそこは森の中だぞ――」
銀鼠、灰鼠や青の魔法使いがとまどうのも当然でした。はるか彼方に馬にまたがった大勢の兵士が見えていたのですが、彼らは森の上に上半身を現していたのです。離れた場所から眺めると、まるで騎馬隊が背の高い草むらに立っているようにも見えます。
フルートが叫びました。
「グルの印に取り憑かれた生き物は巨大化する! 疾風部隊もグルの印に大きくされたんだ!」
「じゃ、あれって巨人の疾風部隊なのかい!?」
とメールも声をあげます。
そこへまたセイロスの声が空を渡ってきました。
「諸君はグルから大いなる体を与えられて無敵になった! 敵を片端から踏みつぶせ!」
おぉぉぉおぉぉおぉお……!!!!!
巨人になった兵士たちはいっせいに鬨(とき)の声を上げると、森の中をてんでに駆け出しました。戦場にいる敵を襲い始めたのです。
あれまぁ、と森の上に出たランジュールが、あきれた声を出しました。
「グルの印に襲われた生き物は、大きくなって怪物になっちゃうけどさぁ、そぉやって巨人になった疾風部隊を戦いに使うなんて、セイロスくんも抜け目ないなぁ。これじゃ、ミコンの魔法使いたちだってひとたまりもないよねぇ」
その背後ではグルがうなり続けていました。影でできた大猿ですが、さすがに森の彼方から迫ってくる疾風部隊ほど巨大ではありません。興奮したように肩を上下させ、唇の端をめくって荒い息をしていましたが、突然大きくほえると、戦場に向かって空を飛び始めます。
あれ、とランジュールはまた言いました。
「さっちゃんまでセイロスくんの命令に従っちゃったぁ。疾風部隊がセイロスくんの命令に従ってるせいだねぇ。引き戻してもいいんだけど、そぉすると、せっかくのグルの印も力をなくしちゃうしねぇ。しょうがないから、セイロスくんのお手並み拝見といこうかなぁ」
空中で腕組みして、ついでにあぐらもかくと、その格好でグルの後を追いかけていきます――。
疾風部隊が巨大化したうえに、グルまで戻っていってしまったので、フルートたちはますます青くなりました。
「戻るぞ! 疾風部隊を止めるんだ!」
「だが、どうやって!?」
とセシルが聞き返しましたが、そのときにはもうフルートはポチと東へ引き返していました。ゼンを乗せたルルが後を追い、メールも花鳥を急がせます。
空中に浮いた青の魔法使いが、銀鼠と灰鼠に言いました。
「セイロスが戦場を闇の力で支配しているらしい。異空間を通って戦場に戻ることができん。私の速度に合わせていては遅くなる。おまえたちは勇者殿たちと共に先へ行け」
「はい!」
「わかりました!」
姉弟は同時に返事をすると、絨毯を猛スピードで飛ばし始めました。風の速度で引き返す勇者の一行を追いかけていきます。
すると、黒い鷹に乗った小猿たちが近づいてきて、青の魔法使いに話しかけました。
「オレたちは、あっちに戻ることができないんだゾ」
「セイロスのそばに行くと、オレたちはまたゴブリンやグリフィンに戻っちゃうんだヨ」
「またセイロスに操られるかもしれないゾ」
「そんなのは怖いし、嫌なんだヨ」
ピィピィ!
グーリーも訴えるように鳴きます。
青の魔法使いはうなずきました。
「おまえたちはここに残りなさい。戦場は危険すぎる」
「でも、本当はオレたちも手伝いたいんだゾ」
「一緒に戦って、フルートたちの役に立ちたいんだヨ……」
小猿たちがしょんぼりしたので、青の魔法使いは大きな手で頭をなでてやりました。
「それなら、セイロスの影響を受けない、先ほどの場所で待っているといい。疾風部隊を止めることができたら、勇者殿はまたグルを誘い出して西へ向かうはずだ。そうなれば、またゾやヨにも活躍してもらうことになるからな」
小猿たちは大きな目をくりっと動かすと、すぐにうなずきました。
「わかったゾ。オレたち、さっきの森の中で待ってるゾ」
「巨人になった兵隊たちはすごく危なそうだヨ。青さんも気をつけるんだヨ」
「ありがとう。では、また後ほど」
青の魔法使いは杖を握り直すと、先へ行った一行の後を追って飛び始めました。
グーリーも、ゾとヨを乗せたまま、ゆっくり東へ引き返し始めます――。
先頭を行くフルートは、彼方の疾風部隊の様子を青ざめて見つめていました。
鎧兜を身につけ軍馬にまたがった兵士たちは、森の中をしきりに駆け回っています。そのたびに森の木が踏みつぶされ、たくさんの鳥たちが虫のように森から飛びだしてきます。
「手当たり次第だ。下はどうなっているだろう」
とフルートは言って唇をかみました。
「ワン、あそこにはミコンの聖騎士団の他に魔法司祭と武僧たちもいます。きっと魔法で守ってくれてますよ」
とポチが期待を込めて答えます。
けれども、戦場を透視するポポロは、ますます青ざめていました。疾風部隊が巨大化したので、乗っている馬も信じられないほど大きくなってしまっています。それが何百頭も駆け回っているのですから、いくらミコンの魔法使いたちでも、とても防ぎきれなかったのです。
森の木々が草か小枝のように踏みつぶされて倒れてくるので、聖騎士団は必死で逃げ回っていました。巨人の疾風部隊に見つからないよう枝の広がった木の下を行くのですが、疾風部隊がそういう場所を選んで走るので、倒木の下敷きになったり、巨大な蹄に踏まれたりしています。
魔法司祭や武僧たちは疾風部隊へ魔法攻撃をくり出していましたが、思うような効果を上げられずにいました。馬の脚や体に命中すれば、馬は悲鳴を上げて飛び上がりますが、その後、狂ったように駆け回るので、かえって被害が増大してしまうのです。巨人のほうへ放った魔法も、分厚い鎧兜でさえぎられて、あまり効果はありませんでした。逆に魔法を目印に反撃されて、あわてて逃げ出す羽目になります。
「ものすごい悲鳴が聞こえてくるわ。血の臭いも」
とルルが飛びながら顔をしかめました。
セシルも行く手をにらみながら怒りに身震いしていました。
「これは戦闘ではない。ただの虐殺だぞ」
それを聞いてメールも眉をひそめます。
ゼンがうなるように言いました。
「当然だ。あそこにいるのは悪と破壊のデビルドラゴンだからな」
戦場は森がどんどん踏みつぶされて、広大な荒れ地に変わり始めていました。それでも疾風部隊は駆け回ることをやめません。
そこへ空飛ぶ絨毯が追いついてきました。
銀鼠が行く手を指さして言います。
「空でセイロスと大司祭長が戦っているわよ!」
えっ、とフルートたちも森から空へ目を移しました。
すると、駆け回る巨人たちよりさらに上の空に、にらみ合うように向き合う二つの人影が見えました。片方は淡い白い光に包まれ、もう一方は紫に輝く防具を身につけています。日の光を返しているのに、何故か黒に近く見える紫です。
と、双方から強烈な光が飛び出していきました。白い光と黒い光。二つの色が中間でぶつかり合い、激しい火花を散らしました――。