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第23巻「猿神グルの戦い」

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66.遠い戦場

 グルの咆哮にフルートたちは思わず悲鳴を上げました。空気がびりびりと震え、痛いほどの振動になって伝わってきたのです。

「花たち、こらえな!」

 花鳥が空中で崩れかけたので、メールが叫びました。きわどいところで、花がまた鳥の形に戻っていきます。

 

 ところが、それきり何事も起きませんでした。咆哮に驚いた鳥や獣が森から逃げていきますが、怪物になったグルの印はどこからも現れません。

「なんだ、空振りかよ?」

 とゼンが拍子抜けすると、フルートが真剣な顔で首を振りました。

「ここは国境から離れていて、グルの印が近くにないだけだ。ポポロ、戦場を透視してくれ! どうなってる!?」

 ポポロは慌てて東を振り向き、先ほど離れてきた戦場へ遠い目を向けました。やがて彼女に見えてきたのは、大混乱に陥った軍勢の様子でした――。

「空中に石や木の怪物がたくさん浮かんで飛び回ってるわ! グルの印を刻んだ国境の目印よ。どんどん集まってきて、人や馬に襲いかかってるの。敵も味方も見境なしよ!」

 すると、ランジュールが笑いました。

「うふふ、とぉぜんさぁ。さっちゃんに、戦場に飛んでくよぉに命令させたんだもんねぇ。ただ、グルの印に敵味方を見分けさせるのは難しいから、とにかく手当たり次第に襲うよぉにさせたんだよぉ。ふふふふ……」

「てめぇ、味方の疾風部隊までグルに襲わせてるのか!? なに考えてやがるんだよ!?」

 とゼンがどなると、うふふ、とランジュールはまた笑いました。

「なにって、もちろんキミたちをさっちゃんで殺してあげることさぁ。そぉして、勇者くんと皇太子くんの魂をお土産に黄泉の国へ行くんだ。そのためにボクはこの世に戻ってきたんだからねぇ。うふ、ふふふ……」

 楽しそうに話すランジュールの目が、きらきらと危険な光を放ちながらフルートを見つめます。

 

 フルートはポチの背中で身構え、ポポロにまた言いました。

「ミコンの魔法使いたちはどうしてる!? グルの印は闇の力で怪物になってるから、光の魔法が有効なはずなんだ!」

 黒い衣の少女は両手を握り合わせ、懸命に東を透視していました。彼女だけに見えている光景を伝え続けます。

「ミコンの魔法司祭が聖騎士団を守っているわ……。武僧軍団は大司祭長を守りながら、空の上のセイロスと戦ってる。グルの印は光の魔法で撃ち落とされてるけど、ものすごい数が集まってきてるから、全然数が減らないわ。むしろ増えていく一方。空が木や石でできたグルの印で真っ暗になってるわよ……」

 フルートはその光景を想像して唇をかみました。ミコンの軍勢は光の魔法でかろうじて身を守っていますが、疾風部隊を守るものは存在していないようです。セイロスも大司祭長たちと戦闘中では、部下を守るどころではないでしょう。

 どうしよう……とフルートは考えて、胸のペンダントを握りしめました。金の石の光ならば、怪物になったグルの印を消滅させることができます。けれども、それをするには戦場へ引き返さなくてはならないのです――。

 すると、セシルが花鳥から身を乗り出して言いました。

「戻ろうなどと考えるな! 怪物に襲われているのはサータマンの疾風部隊だ! 味方のミコン勢は無事なのだから、我々は先を急ぐべきだ!」

 叱りつけるような声に、フルートはセシルを見つめ返しました。美しい女性であっても、彼女は軍人です。オリバンと同様、いつも戦いに勝利することを最優先に考えて行動します。

 けれども、フルートは金の石の勇者でした。国も種族も敵味方さえも分けへだてなく、助けたい、守りたい、と考えてしまう、優しすぎる勇者なのです……。

 あれぇ? とランジュールは言いました。

「もしかしてぇ、勇者くんったら、疾風部隊を助けに戻ろぉなんて考えてるのかなぁ? ホントにキミは優しすぎるなぁ――。でもさ、あそこに戻られるのは、ボクが嫌なんだよねぇ。セイロスくんのところへ行くと、あれしろ、これしろってうるさく言われるからさぁ。戦うんなら、今ここでやろぉよぉ。ここならうるさい邪魔も入らないからねぇ。うふふふ」

 それでもまだ迷っているフルートへ、銀鼠と灰鼠が近づいていきました。ランジュールには聞こえないようにささやきます。

「疾風部隊まで助けたいと思うなら、やっぱりソルフ・トゥートへ行かなくちゃだめよ」

「グルを正気に返さなければ、グルの印も元には戻らないんだからな」

 フルートは唇をかんだまま顔を歪めました。フルートのほうこそが、怪物に襲われて苦しんでいる人のように見えます――。

 

 けれども、ついにフルートは決心しました。先ほどと同じように大きな呼吸をしてから、振り切るように言います。

「西へ。急ぐぞ――!」

「了解!」

 仲間たちはいっせいに返事をしました。フルートを乗せたポチを先頭に、また西に向かって飛び始めます。その後を銀鼠、灰鼠、青の魔法使い、そしてグーリーに乗ったゾとヨが追いかけていきました。大猿のグルと幽霊のランジュールはまた置いてきぼりです。

 もぉっ! とランジュールは怒って飛び跳ねました。

「どぉして戦わないのさぁ!? なんでそんなに先を急いでるわけぇ!? あ、わかった! 西にいるロムドの魔法軍団や皇太子くんと合流してから、助けに戻ってくるつもりでいるねぇ!? そぉはさせないんだからぁ!」

 思い込みで判断すると、影の大猿を引き連れて、これまた西へ飛び始めます。

「ポチ、急げ! 全速力だ!」

 とフルートは言いました。グルの印はこの場所だけでなく、サータマンのいたるところで怪物に変わっているはずでした。ひょっとすると、テトなどのグルを信仰する国々でも、同じ騒ぎが起きているかもしれません。それを止めるには、グルを元に戻すしかありませんでした。一刻も早くソルフ・トゥートへたどり着かなくてはなりません。

 ところが、ずっと後ろを振り向いていたポポロが、急に息を呑みました。目を見張って、みるみる青ざめていきます。

 すぐ後ろを飛んでいたゾとヨがその様子に気がつきました。

「どうしたんだゾ、ポポロ?」

「顔色が良くないヨ? 具合でも悪いのかヨ?」

 それを聞きつけてフルートも振り向き、ポポロがまだ後ろを見ていたことに気づいて、はっとしました。

「戦場で何があった!?」

 飛び戻ってポポロに尋ねると、彼女は迷うようにフルートを見てから言いました。

「疾風部隊が変化しているわ……。怪物になったグルの印が取り憑いたみたい。兵士たちが姿を変えて、怪物になっているのよ……」

「なんだって!?」

 フルートも真っ青になると、戦場がある東を振り向きました――。

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