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第23巻「猿神グルの戦い」

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65.声

 ランジュールに見つかったゾは、ひゃぁ! と声をあげてグルの毛の中に潜り込みました。グルは実体のない影のように見えていますが、小猿のゾとヨには、長い毛並みもその下の体の存在も、はっきり感じられているのです。

 ゾの頭がグルの毛の中に消えたので、ランジュールは飛びつきました。毛をかき分けてゾをつまみだそうとします。

 ところが。

 ランジュールがどんなにやっきになっても、ゾを捕まえることはできませんでした。グルの毛をかき分けることができなかったのです。ランジュールの手は影の大猿を素通りしてしまいます。

 それを見て、ゼンが大声で言いました。

「ばぁか! てめぇは幽霊なんだから、他のもんはさわれねえはずだろう!」

 ああ! とランジュールも叫びました。影の猿をさわれないだけでなく、小猿のゾをつかむこともできないことを思い出したのです。怒って飛び跳ねながら言います。

「さっちゃん、そのチビさんを木にぶつけてぇ! チビさんをぺしゃんこにしちゃおぅ!」

 うぉぉぉ!

 グルはすぐに返事をすると、右腕を上げたまま立木に近づきました。ゾが隠れているあたりを木にこすりつけようとします。

 すると、ピィ! とグーリーが一声鳴いて飛んできました。グルと木の間を素早くすり抜け、背中にゾを拾い上げます。

「離れたぁ! さっちゃん、ピィピィちゃんごとチビさんを退治ぃ!」

 とランジュールは言いますが、反対側の脇の下にはまだヨが潜り込んでいました。思い切りまたくすぐったので、グルは空中で身をよじって、グーリーたちを追いかけることができなくなります。

「三匹とも、なかなかやるな」

 とセシルが感心していると、メールが、ぐんと花鳥の速度を上げました。先を行くフルートとゼンがスピードを上げたのです。グルに追いつかれないように、距離を取り始めます。

 一方グルは左腕を大きく上げていました。脇の下のヨを自分でつまみ出そうと右手を伸ばします。

 その隙にグーリーが飛んできて、ヨも背中に乗せてしまいました。そのままグルから離れて、フルートたちの後を追いかけます。

 ランジュールはきぃきぃ怒ってまた空中で飛び跳ねました。

「ちょっとぉ! さっちゃんに悪戯するのはやめてよぉ! 神様に悪戯すると、後で罰(ばち)が当たるんだからねぇ! さっちゃん、全速力! 追いついてすぐに勇者くんに――」

 そこへまた銀鼠と灰鼠がやってきました。

「アーラーン!」

 と火の神を呼ぶと、ごぉっと炎が飛び出してグルに激突します。

 グルは弾かれるように大きく後ずさると、ぶるぶると影の頭を何度も振りました。その間にフルートたちはどんどん前へ進み、グルとの間に充分な距離を確保します。

 

 ルルが空を飛びながらフルートに尋ねました。

「ねえ、こうやってグルをソルフ・トゥートまで誘導したら、どうやってもう一つのグルと合体させるつもり? グルはセイロスの魔法の力で分裂させられたんでしょう? ただ連れていくだけでひとつに戻ってくれるのかしら?」

「ソルフ・トゥートに残されていた内向きのグルは、外向きのグルを呼び続けていた。元はひとつの神だったんだから、結びつきはきっとものすごく強いはずさ」

 とフルートは答え、ちょっと考えてから続けました。

「でも、連れていくだけでは戻らなかったら、そのときには、もっと積極的な方法をとるしかないな」

「積極的な方法って?」

 とメールが聞き返すと、後ろからポポロが身を乗り出してきました。

「あたしの魔法ね……!? あたしの魔法はまだもう一つ残っているもの!」

「ワン、でも、グルには光の魔法が効かないんじゃありませんでしたっけ? さっきだって青さんの魔法が防がれましたよ」

 とポチが言うと、フルートはまた考えながら言いました。

「グルはセイロスの闇の魔法で二つに分けられたんだから、異体系の魔法をすべて防げるってわけじゃないだろう。おそらく、防げるのは攻撃魔法だけだ。分裂の魔法が効いたのなら、統合して元に戻す魔法だってきっと効くはずだと思うんだよ」

 勇者の仲間たちは思わず顔を見合わせました。次いで納得したようにうなずき合うと、誰からともなく行く手を眺めます。

 ジャングルのような森のかなたにはソルフ・トゥートがありました。笑い顔をしたグルが待つ遺跡です――。

 

 そのとき、彼らの頭上をばりばりと雷のような音が通り過ぎて行きました。森の木々が突風にあおられたように激しく揺れだし、ポチやルル、空飛ぶ絨毯やグーリーまでがいきなり前方へ飛ばされます。

 一同は悲鳴を上げてしがみつきました。銀鼠が叫びます。

「な――なんなの!? 風もないのに飛ばされるなんて――!?」

 ランジュールもグルと共に吹き飛ばされていました。こちらはぐるぐると空中を前転していきますが、慌てる様子もなく腕組みをして言います。

「これってセイロスくんの魔法だよねぇ? 置いてきぼりにされて怒ってるのかなぁ? だとしたら、かなりおかんむりだよねぇ」

 うぉぉぉ!

 グルが空中で踏ん張って停止しました。

「おっと」

 ランジュールは急いで姿を消すと、グルの隣にまた現れました。一度消えたので、吹き飛ばされた回転はおさまっています。

 一方フルートたちはまだ西へ飛ばされ続けていました。どんどん遠ざかって行くので、ランジュールは後ろに向かってどなりました。

「ちょぉっと、セイロスくぅん! せっかく追いかけてるんだから、邪魔しないでくれるぅ!? 勇者くんたちにサータマン城を攻撃されたらまずいんでしょぉ!?」

 すると、また頭上を雷のような音が渡り、今度はセイロスの声も聞こえてきました。

「それは奴の罠だと何度言えばわかるのだ! 戻れ、ランジュール! 罠と知りながら罠にはまるのは、愚か者のすることだ!」

 幽霊はたちまち頬をふくらませました。

「愚か者ってボクのことぉ? 失礼しちゃうなぁ。ボクみたいに聡明で思慮深い幽霊をつかまえて、そんなコトを言うなんてさぁ」

 本当にランジュールが聡明で思慮深いのか、実に怪しいところですが、本人は胸を張って言い切ります。

 一方、フルートたちにもセイロスの声は聞こえていました。

「セイロスがこんなに遠くまで声や魔法を飛ばしてきたのは初めてだ」

 とフルートが驚きます。彼らはもうずいぶん西へやって来ていたのです。戦場はすっかり遠ざかって、戦闘の音も兵士たちの声もまったく聞こえません。

「ワン、ものすごい魔力ですよね?」

 ようやく停まることができたポチが、怪訝(けげん)そうに言います。

 

 そこへまた雷鳴と共にセイロスの声が追いかけてきました。

「ミコンから武僧軍団もやってきた! ランジュール、早く持ち場に戻れ!」

 それを聞いて顔色を変えたのはフルートでした。武僧軍団というのは、鍛え抜いた肉体と魔法で戦う、強力な魔法戦士たちなのです。

「武僧軍団も駆けつけてきましたか。では、さすがの疾風部隊も全滅はまぬがれんでしょうな」

 と、かつて武僧軍団の一員だった青の魔法使いもつぶやきます。

 やれやれ、とランジュールは細い肩をすくめました。

「ボクに持ち場に戻れだなんて、セイロスくんたらまったくぅ。ボクの目的は勇者くんたちを殺すコトなんだから、疾風部隊なんてどぉでもいいのにさぁ」

 ランジュールはそのまま考え込み、少しの間、体をゆらゆらさせていましたが、やがて、ぽんと手をたたきました。

「うん、この手でいこう。こぉすれば戦場に戻らなくたっていいはずだもんね。サータマンの王様が、やるなとかなんとか、ごちゃごちゃ言ってた気もするけど、そぉんなのボクたちには全然関係ないしねぇ。うふふふ……」

 悪意のある笑顔を浮かべながら、幽霊は大猿を振り向きました。手招きすると、かがみ込んできた猿に話しかけます。

「さっちゃん、もぉ一度、グルの印を全部怪物に変えよぉかぁ。そぉすると、国境の印も全部怪物になるから、それを戦場に送り込んであげよぉ」

 ぐるるる。

 大猿が問いかけるように鳴いたので、ランジュールは楽しそうにうなずきました。

「そぉそぉ。思いっきり派手にやっていいよぉ。たくさんのグルの印を怪物にして、いっせいに飛びかからせれば、いくらミコンの魔法使いや騎士たちだって、ひとたまりもないもんねぇ。ついでにグルの印が疾風部隊の兵隊さんにも襲いかかるかもしれないけど、勝利のためには犠牲はつきものだもん、しかたないよねぇ。うふ、うふふふふ……」

 ランジュールは上機嫌のまま、グルへ合図を送りました。

 ウォォ、ゴォォォォォ!!!!!

 大猿の咆哮(ほうこう)があたりの空気をびりびりと震わせます。

 それは狂った神が自分の印を怪物に変える、闇の呼び声でした――。

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