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第23巻「猿神グルの戦い」

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第22章 遠い戦場

64.猿

 一行は戦場を離れて森に飛び込むと、西へ向かい始めました。

 フルートとゼンはポチとルルに、セシルとメールとポポロは管狐に乗り、その後を空飛ぶ絨毯に乗った銀鼠、灰鼠と、自力で空を飛ぶ青の魔法使いが行き、さらにその後ろをランジュールとグルが追いかけていきます。

 すると、急に周囲でざぁっと音がして、大量の花が木々の間からメールの元に集まってきました。

「花が来てくれた!」

 メールは歓声を上げると、両手を伸ばして呼びかけました。

「鳥におなり! そして、あたいたちを乗せておくれ!」

 花は音を立てながら寄り集まって、巨大な鳥になりました。潜り込むように管狐の下に入り込むと、そのまま彼らを持ち上げてしまいます。

「戻れ、管狐!」

 セシルの声に大狐が消えていきました。花鳥が彼女たちを乗せて舞い上がり、ポチたちに追いついていきます。

 よし、とフルートはうなずきました。

「セイロスから充分離れたから、花がまたメールの言うことを聞くようになったんだ。このままソルフ・トゥートへ向かうぞ」

 

 そこへ銀鼠、灰鼠と青の魔法使いも追いついてきました。

「ランジュールとグルが追いかけてきてるわ。かなりの速さよ」

「追いつかれたらまずいぞ。どうする?」

 と姉弟が真剣な顔で尋ねます。

 フルートは答えました。

「魔法攻撃を頼む。グルがちょっとひるむ程度でいいけれど、絶対に手を抜いてるとは気づかれないように」

「難しい注文するわね」

 と銀鼠は苦笑しましたが、文句を言う口調ではありませんでした。姉弟がフルートたちを子ども扱いして馬鹿にしたのは、もう過去の話です。

 すると、姉弟より早く青の魔法使いが杖を掲げました。

「そういうことであれば、私が攻撃せずにいても怪しまれますな。どれ、盛大にはずれ弾を撃ってやりますか――」

 杖から青い光の弾が飛び出し、グルやランジュールめがけて飛んでいきました。彼らの横をかすめていくように計算して撃ち出したのですが、弾はグルたちの前で砕けてしまいました。

 うぉぉぉ!!! とグルがほえ、ランジュールはにんまりします。

「ざぁんねんでした。さっちゃんは異体系の魔法の攻撃でも防いじゃうんだよぉ。なにしろ神様だからねぇ。うふふふ……」

 青の魔法使いは思わず頭を振りました。

「厄介な敵だな。銀鼠、灰鼠、後は頼むぞ」

「はいっ」

 姉弟が武僧と入れ替わり、ナナカマドの杖を突き出しました。

「アーラーン、おいでを!」

「力をお貸しください!」

 ごぅっと音を立てて炎がほとばしり、森の木々の間を縫って影の大猿に絡みつきました。炎はやはり犬のような形をしています――。

「結局、グルに対抗できるのはあの二人だけなんだね」

 とメールが花鳥の上から振り向いて言いました。

 ポポロがうなずいて答えます。

「同体系の魔法同士ならば相手に効くし、防ぐこともできるのよ……。あたしや青さんは光の魔法使いだから、グルの魔法は防げないし、こっちの魔法もかなりの確率で跳ね返されてしまうみたいね」

「確かに厄介だな。あの二人が疲れてしまわないと良いのだが」

 とセシルは銀鼠と灰鼠の心配をしました。グルから大量に飛んでくる攻撃魔法を姉弟が防いでいます。

 

 すると、そこへ森の奥から三匹の生き物がやってきました。双子の小猿を背中に乗せた黒い鷹です。

「グーリー!」

「ゾとヨも! どうしたんだよ!?」

 フルートやゼンが驚くと、小猿たちが口々に話し出しました。

「オレたち、セイロスからずっと逃げたんだゾ!」

「そしたら、オレたちまた猿や鷹に戻ったんだヨ!」

「だから、ここで隠れてたんだゾ!」

「向こうで戦争が始まったのは音でわかったヨ! 心配だから、ずっとここにいたんだヨ!」

 ピィピィィ。

 鷹のグーリーも鳴いたので、ポチが通訳しました。

「ワン、風や魔法がぶつかる音が近づいてきたから、ぼくたちが来たとわかったんだそうです。セイロスがいないから自分たちも戦える、ってグーリーは言ってます」

「ありがとう!」

 とフルートは言うと、後ろのグルを示して続けました。

「攪乱(かくらん)するだけでいい。あいつの邪魔をするんだ。捕まらないように気をつけるんだぞ」

「わかったゾ!」

「邪魔なら大得意なんだヨ!」

 ピィィィ。

 ゾとヨとグーリーは張り切って彼らから離れていきました。後方で戦う銀鼠たちの横を通り抜けて、グルに向かっていきます。

 それを見て姉弟は焦りました。

「あんたたち、危ないわよ!」

「相手はグルだぞ! 近寄るな!」

 けれどもグーリーたちは引き返しませんでした。まっすぐ影の大猿に近づいていきます。

 

 ランジュールもそれに気がつきました。

「なぁにぃ? 鷹と猿ぅ? どぉしてそんなモノがさっちゃんに向かってくるのさぁ?」

 先ほどセイロスから逃げたグリフィンとゴブリンが化けているとは知らないので、首をひねって不思議がります。

 その間にグーリーはグルのすぐ目の前まで行きました。影の鼻先をかすめるようにして頭上へ飛び、背後に回ります。

 ぐぉぉ。

 グルはうるさそうに頭を振りましたが、狙いはあくまでも人間のほうなので、グーリーたちにはほとんど関心を示しませんでした。全長十数メートルの大猿にとっては、ハエが鼻先を飛んでいったくらいのことでしかなかったのです。

 グーリーは空中で羽ばたくと、両脚をグルへ伸ばしました。グルにつかみかかろうとしたのですが、鋭い爪は影の体をすり抜けてしまいました。くちばしでつついてみますが、それも空振りしてしまいます。

「グーリーの攻撃が当たらないゾ!」

「グルは体がないのかヨ?」

 ゾとヨは驚きながら、それでもグーリーの上から腕を伸ばしました。目の前に壁のようにそびえるグルの背中へ、爪を立ててみます。

 すると、二匹の指に手応えが返ってきました。大猿の背中の毛をつかむことができたのです。その下にはしっかりした体の存在も感じます。

 ゾとヨは飛び上がりました。

「オレたちにはグルがつかめるゾ!」

「グルは影じゃないヨ! やっぱり猿なんだヨ!」

 そう言うと、グーリーの背中からグルへ飛び移り、影の体にしがみついてしまいます。

 ピィピィ!

 グーリーは驚いて近くを飛び回りましたが、ゾとヨはかまわずグルの毛の中に腕を突っ込み、わしゃわしゃと手を動かし始めました。

 すると、すぐにグルが反応しました。銀鼠たちへ魔法をくり出す手を止めて、むずがゆそうに肩や背中を動かしたのです。

「効いてるゾ」

「うん。かゆそうにしてるヨ」

 ゾとヨは顔を見合わせてこっくりうなずき合うと、グルの毛をつかみながら右と左へ移動を始めました。あっという間にグルの腕の付け根まで這っていくと、脇の下に潜り込んでしまいます。

 すると、グルがまた反応しました。今度は先ほどよりもっとはっきりと肩や背中を動かし両腕を体にこすりつけたのです。

 けれども、ゾとヨは完全に毛の中に入り込んでいたので、潰されるようなことはありませんでした。その場所でグルの皮膚をひっかき、毛をつかんで引っぱって、大暴れを始めます――。

 

「ど、どぉしたのさぁ、さっちゃん!?」

 グルが急に攻撃をやめて身をよじり始めたので、ランジュールは驚きました。

 銀鼠と灰鼠も、影の大猿が突然戦うのをやめて腕を振り回し始めたので、目を丸くしました。

「あいつ、何をやってるんだろう?」

「苦しんでるの? でも、それにしてはちょっと変よね」

 そこへ青の魔法使いが飛んできました。いやはや、とグルを眺めます。

「奴はくすぐったがっているのだ。ゾとヨのしわざだ」

「えぇ!?」

 と姉弟は驚きました。影の猿に対してどうしてそんな真似ができるんだろう、と考えます。

 フルートたちのグループでは、ルルとポチがこんな話をしていました。

「あれって私たち風の犬と仕組みが似てる気がするわ」

「ワン、ぼくたちは風だからたいていの攻撃は素通りしちゃうんだけど、同族の犬の攻撃だけは食らってしまうんです。犬が仲間と群れで暮らすからなんだけど、猿だって仲間と群れを作って生きる動物だから、きっと同じ理屈になってるんですよ」

「要するに、猿の格好のゾとヨなら、グルを攻撃できるってことか?」

 とゼンが聞き返すと、メールがあきれました。

「あれが攻撃かい? どうしたって悪戯してるようにしか見えないじゃん」

「上出来だ。思い切りグルに悪戯してもらおう」

 とフルートは期待を込めて言いました。グルはゾとヨを振り払おうと、身もだえを続けています。銀鼠たちやフルートたちへ攻撃することは忘れてしまっています。

「どぉしたのさぁ、さっちゃん!? ちょっと腕を上げてみせてぇ!」

 とランジュールが言ったので、グルは長い両腕を上に伸ばしました。とたんに、右脇の下に潜んだゾが丸見えになります。ちょうど毛の中から頭を出したところだったのです。

「いたぁ! キミのしわざだったんだねぇ!?」

 ランジュールは金切り声を上げて、ゾへ突進しました――。

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