空を飛ぶセイロスに呼ばれて、ランジュールが森から上がってきました。
「ボクたち今、忙しいんだけどなぁ。魔法使いのお姉さんとお兄さんがうるさくってさぁ」
森の中で戦っているのでしょう。大猿は上がってきません。
セイロスはまた言いました。
「グルをここに呼べ。フルートの相手をさせるんだ」
「勇者くんのぉ? そぉすると、魔法使いのお姉さんたちも疾風部隊に攻撃すると思うけど、それでいいわけぇ?」
ランジュールは意外そうに聞き返しました。
「かまわん。連中は疾風部隊には手出しできん」
とセイロスが言ったので、ランジュールは、へぇ、と笑いました。
「面白くなりそぉだねぇ? そういうことなら――ここにおいでぇ、さっちゃん! キミのお相手は勇者くんに変更だよぉ!」
とたんに森の中から巨大な影が飛びだしてきました。長い前脚を伸ばしてフルートたちにつかみかかってきます。
「来た!!」
フルートとポチは空中で身をかわして、大猿の手の間をすり抜けました。
大猿を後方に見ながらフルートが言います。
「奴を惹きつけるんだ。ソルフ・トゥートに誘導するぞ」
「ワン、わかりました。でも、うまく乗ってくれるかな」
セイロスたちの会話を聞いていたポチが心配します。
すると、上空に待機していたゼンが、急に声をあげました。
「てめぇ、何をする気だ!?」
フルートとの戦闘をランジュールたちに任せたセイロスが、森へ降りていったからです。ゼンはセイロスのマントを抱えています。セイロスがそれを取り戻そうとせずに森へ向かうのは不自然でした。
すると、セイロスは冷笑して言いました。
「貴様たちの企みは一目瞭然だ。私を窮地に追い込んでランジュールたちをおびき出し、また引き離すつもりでいるのだろう。だが、これでもこの場所を離れることができるか?」
それと同時に、森の中で激しい爆発が起きました。森の木が次々に吹き飛び、土煙が湧き上がって、森の中に一本道のように伸びていきます。
土煙が風にちぎれると、その後には石畳の道が現れました。ミコンへ至る軍路です。セイロスは道の上におおいかぶさっていた木を、魔法で残らず吹き飛ばしたのでした。道の様子が上空からもはっきり見えるようになります。
「あぁ? なんのために、んなことするんだよ――?」
とゼンがいぶかると、その下でルルが叫びました。
「見て、ゼン! さっき倒した木がないわよ!」
先ほどゼンが引き抜いて道をふさいだ三本の木が、跡形もなく消えていたのです。セイロスが他の木々と一緒に吹き飛ばしたのでした。立ち往生していた疾風部隊の前に、障害物のなくなった道がまっすぐ延びています。
そこへメールの焦った声も聞こえてきました。
「花たち! どうしたんだい、花たち!?」
疾風部隊の兵士や馬を襲っていた花が、急に勢いをなくして舞い落ちていったのです。地面が枯れた花におおわれていきます。
蜂のように体を刺していた花が離れたので、兵士たちは跳ね起きました。馬たちの手綱をつかんで落ち着かせると、すぐに鞍にまたがります。
「出発!!」
隊長たちの声と共に、疾風部隊は進軍を再開しました。石畳にまた蹄と車輪の音が響き始めます。
「管狐、追いかけろ!」
とセシルが叫び、大狐は部隊の後を追い始めました。その背中にはメールとポポロも乗っています。
メールは新たな花を呼び寄せようとしましたが、今度は一輪も飛んできませんでした。
「セイロスよ! あたりを闇の力で支配して、花が飛べないようにしてるんだわ……!」
とポポロは青ざめています。
そこに空飛ぶ絨毯に乗った姉弟が追いついてきました。
管狐と並んで飛びながら、銀鼠が話しかけます。
「グルは勇者殿と戦い始めたわ。でも、疾風部隊を止めないと、勇者殿はグルをソルフ・トゥートへ連れて行けないわよ」
「ぼくたちは部隊の前に回る。挟み撃ちにしよう」
と灰鼠も言うと、絨毯の速度を上げました。疾風部隊の上を飛び越して先回りをします。
セシルはいつの間にかまたレイピアを抜いていました。後ろのポポロに言います。
「魔法を準備しろ! なんとしても連中を止めるんだ!」
ポポロはいっそう青くなりました。疾走する部隊を止めるには、大勢の命を一瞬で奪うような強力な魔法をくり出すしかありません。泣き出しそうな顔で自分の手を見つめてしまいます
すると、上空からゼンの声がしました。
「危ねえぞ、銀鼠、灰鼠――!」
セシルとメールとポポロが、はっと顔を上げると、上空から下りてきたセイロスから姉弟へ魔弾が飛ぶのが見えました。
姉弟は絨毯を垂直になるほど傾けてやり過ごそうとしましたが、かわしきれずに攻撃を食らいました。絨毯が二人を放り出して森に突っ込み、姉弟は道の上に倒れたまま動かなくなってしまいます。
そこへ疾風部隊が全力疾走で迫ってきました。行く手に人が倒れていても速度をまったく落としません。
「間に合わない!」
とセシルは叫びました。管狐の速度でも疾風部隊の先回りはできなかったのです。メールはまだ花が呼べないし、ポポロも姉弟を巻き込むので魔法が使えません――。
そこへルルが急降下してきました。ゼンが身を乗り出して銀鼠と灰鼠を捕まえ、また急上昇します。
その後を疾風部隊が地響きと共に駆け抜けていきました。
「ひゅぅ、間一髪だぜ」
気を失った姉弟を両脇に抱えて、ゼンが言います。
フルートは空の上で焦っていました。セイロスがゼンや姉弟に向かっていくのを見て、いっそう焦りますが、目の前にはランジュールとグルがいました。仲間たちへ駆けつけようとすると、グルが追いかけてきて攻撃してきます。
うふふん、とランジュールはおかしそうに笑いました。
「よそ見しちゃダメだよぉ、勇者くん。今、キミが戦ってるのはボクたちなんだからさぁ。仲間たちのコトなんて気にしてたら、そのうちにさっちゃんの攻撃を食らっちゃうんだから。ふふふふ……」
グルが大きく腕を振ると、大トカゲが空中に現れて飛んできました。ポチは身をかわしましたが、たなびく風の尾に食いつかれました。
とたんに青い霧が飛び散り、ギャン! とポチが悲鳴を上げました。風になっているのに、トカゲの攻撃を食らってしまったのです。
ポチ! とフルートは叫び、ポチの尾が元に戻っていくのを見てほっとしました。トカゲを炎の剣で切り捨てると、セイロスをまた振り向きます。
本当ならば、フルートは仲間たちに後を頼んで、グルとランジュールをソルフ・トゥートへ誘導しなくてはなりませんでした。ところが、セイロスは執拗に仲間たちのほうへ攻撃をしかけます。疾風部隊もミコンへ進軍を続けていました。この状況を放り出してフルートが戦線を離れるはずはない、とセイロスは見抜いているのです。
フルートは唇をかみました。どうやったらこの状況を切り抜けられるだろう、と考えます。
セイロスの攻撃を防ぎ、疾風部隊をこの場所に足留めする方法。そのうえでグルとランジュールを遺跡へ誘導する方法……。
どう考えても、フルートたちのほうが不利でした。国境線の囲い込み作戦が失敗したので、圧倒的に戦力が足りません。
すると、とうとうルルがセイロスの攻撃を食らいました。風の尾を魔弾で撃ち抜かれ、青い霧の血を吹き出しながら犬の姿に戻ってしまいます。
背中に乗っていたゼンも、銀鼠と灰鼠を抱えたまま放り出されました。怪我をしたルルと一緒に墜落していきます。
「ルル! ゼン!」
フルートとポチは駆けつけようとしましたが、その行く手にまたグルとランジュールが立ちふさがりました。
「だぁめ。キミたちはさっちゃんと戦うんだってばぁ、うふふふ……」
ランジュールは上機嫌です。
管狐の上ではセシルとメールが叫び声を上げていました。
「銀鼠、灰鼠、目を覚ませ!」
「ルル! ルル! 変身しなよ!」
けれども彼らは落ち続けました。銀鼠たちは目を覚まさないし、ルルも風の犬になれないのです。
ポポロは空へ手を向けました。魔法で彼らを受け止めようとしますが、そこへ魔弾が飛んできました。セイロスが今度はポポロを狙ってきたのです。管狐が大きく飛んでかわしますが、その拍子に激しく揺さぶられて、ポポロの呪文が止まってしまいます。
「こんちくしょう!」
とゼンは墜落しながらわめきました。石畳の道が真下に急接近してきます。この勢いでたたきつけられれば即死です――。
そのとき、ひとりの人物が道の上に立ちました。
手にした杖を高くかざすと、どん、と音を立てて石畳を突きます。
とたんに地面から、ごぅっと風が湧き上がり、落ちていくゼンたちを受け止めました。同じ風が疾風部隊の進撃も押しとどめます。
銀鼠や灰鼠、ルルと一緒にふわりと地面に下りたゼンは、すぐにその人物を振り向きました。にやっと笑って言います。
「めちゃくちゃいいタイミングだよな。助かったぜ」
「いやいや。どこで介入したものかと、先ほどからずっと見守っておったのですよ」
そう答えると、青い長衣の大男は、はっはっと大声で笑いました。