ポチはうなりを上げると、梢の間を抜けて空に飛び出しました。周りを囲んでいた緑の木々が足元に遠ざかり、緑の絨毯に変わります。
「来た!」
とフルートが言いました。空飛ぶ馬に乗ったセイロスが、後を追って森から飛び出してきたのです。駆け上がりざまフルートに切りつけてきます。
ぎぃん。
二人の剣がぶつかり合いました。どちらも黒い柄の大剣ですが、フルートの炎の剣には赤い炎の石がはめ込まれています。
すると、フルートはするりと攻撃を受け流しました。ポチが馬の腹の下をくぐり抜けて後ろに回ったので、セイロスの背中めがけて切りつけます。
剣はセイロスのマントの裾をかすり、次の瞬間、赤い火を噴きました。マントが燃え上がり、馬が驚いていななきます。
「生意気な!」
セイロスは振り向きざまフルートをにらみつけました。とたんにマントの火が消えてしまいます。
さらにセイロスから黒い魔弾が飛びだしてきたので、ポチはあわててました。セイロスは呪文や動作なしで魔法を使うことができるのです。かわしきれなくて直撃を食らいそうになります。
とたんに金の光がフルートとポチを包みました。魔弾を砕いて消滅させてしまいます。
「金の石の精霊」
目の前の空中に現れた小さな少年に、フルートは笑顔になりました。
精霊のほうは、にこりともせずに言います。
「相変わらず無謀だな、フルート。セイロスを自分ひとりに惹きつけようとしてるのか」
「みんなは疾風部隊やグルを止めてるからな」
とフルートは答え、剣を構え直しました。セイロスがまた斬りかかってきたのです。剣を受け止め、すぐに横へ流します。まともに受け止めてしまっては、衝撃でまた剣が使えなくなってしまうからです。
けれども、今度はセイロスのほうもそれを想定していました。すぐに剣を返して切りつけてきます。
フルートはとっさに左腕の盾で受け止めました。がしん、と重い音が響いて、今度はフルートとポチが弾き飛ばされてしまいます。
金の石の精霊がフルートたちを追いかけてきました。彼らを金の光でふわりと受け止めると、横に並んで言います。
「ここにはさえぎるものがない。セイロスに聖なる光を浴びせる絶好のチャンスだぞ」
「わかってる。だから空に来たんだ」
とフルートは答えて、金の石の精霊とは反対側の横を見ました。そこにはいつの間にか願い石の精霊も姿を現していたのです。フルートと目が合うと、表情を変えることもなく言います。
「サータマンに来てからというもの、長らく出番がなくて退屈だった。守護のが出るのならば、私も出ることにしよう」
「別に君に手伝えとは言っていないぞ」
と精霊の少年は細い眉をつり上げて言い返しましたが、精霊の女性は知らん顔でした。さっさとフルートの肩をつかんで言います。
「さあ、奴に光を浴びせるがいい。消滅させることはできなくても、かなりのダメージは与えられるはずだ」
「ぼくを使うのはフルートだ! 君が指示をするな!」
と金の石の精霊が怒ります。
フルートは苦笑しながら胸当ての下からペンダントを引き出しました。正面からまた迫ってくるセイロスを見ながら、声高く言います。
「光れ、金の石!」
すると、魔石が強烈な輝きを放ちました。黄金の光が空に広がり、森の木々の梢を金色に染めます。
セイロスはとっさに闇の障壁を前に張りましたが、それがみるみる薄くなっていくのを見て、自分のマントをつかんでかざしました。闇の障壁はすぐに音を立てて砕け、聖なる光がセイロスをまともに襲いますが、光はマントにさえぎられてしまいます。
ポチが悔しそうにうなりました。
「ワン、あれはランジュールが鍛えたフノラスドの赤い頭だ。願い石に強化された金の光を防ぐことができちゃうんだ」
「面白くない。あのマントを風ではぎ取ることはできないのか」
と願い石の精霊が言ったので、ポチは首筋の風の毛を逆立てて頭を振りました。
「無茶だ。奴の魔法を直接流し込まれたら、ぼくたちでも防ぎきれないぞ」
と金の石の精霊が代わりに言い返します。
フルートは肩で息をしていて、その話し合いにすぐに加わることはできませんでした。願い石の精霊が送り込む力は、フルートの体の中を通って金の石に伝わるときに、強烈な衝撃と負荷を及ぼすのです。
フルートは顔をしかめながら上体を抱き、やっと痛みが薄らいでくると、精霊たちに言いました。
「もう一度やるぞ――。セイロスにランジュールを呼ばせるんだ」
「ワン、でもマントが」
とポチは心配しましたが、フルートはちょっと笑い返しました。
「大丈夫だよ――。来るって、ポポロが伝えてきたから」
「来る? ポポロが?」
ポチは目を丸くしましたが、そのときにはもう、フルートはセイロスを見据えていました。ポチの風の体を蹴って言います。
「行くぞ! 正面から接近だ!」
フルートは両手に剣を握っていました。それを見てセイロスも片手に剣を構えますが、もう一方の手はマントの端を握ったままでした。フルートが剣で攻撃してくるか、金の石で光を浴びせてくるか、見極めようとしています。
ポチは言われた通り前へ飛びました。フルートとセイロスが急接近していきます。同時にセイロスからまた魔弾が飛んできましたが、フルートたちに当たる前に金の光が砕きます。
すると、足元から、ごごぅっと風の音が聞こえてきました。
次の瞬間、森の中からルルに乗ったゼンが飛び出してきて、セイロスのすぐ後ろを飛び過ぎていきます。
とたんにセイロスの金茶色のマントがひるがえり、音を立てて留め具が弾け飛びました。ゼンが後ろを通り過ぎながら、セイロスのマントをつかんだのです。そのままマントを奪い取って上空へ離れます。
「へへん、どうだ! また成功したぞ!」
と得意そうにマントをかざしてみせるゼンを、セイロスはにらみつけました。以前ガタンの町の前で戦ったときにも、セイロスはゼンにマントを奪われたのです。魔弾がゼンへ飛びますが、ルルがかわしてしまいます。
「ゼンとルルが下で待機してるって、ポポロが知らせてくれたんだよ」
とフルートは言うと、改めてセイロスへ体を向けました。胸の上のペンダントに向かって叫びます。
「もう一度光れ、金の石!」
願い石がまたフルートの肩をつかみ、爆発的な光が輝きます――。
セイロスはまた闇の障壁を張りましたが、壁がすぐに砕けてしまったので、向きを変えて逃げ出しました。他の闇の生き物のように聖なる光に溶けていくことはありませんが、やはりダメージは受けるのです。光に照らされた背中で長い黒髪がうごめき、広がっていきます。
後を追っていたフルートとポチは、はっとしました。セイロスの髪が広がりながら輪郭を失い、ぼんやりした翼のような形に変わっていったからです。それはコウモリに似た四枚の翼でした。
「デビルドラゴン……!」
とフルートは思わずつぶやきます。
セイロスは光を避けるように地上へ駆けながら言いました。
「ランジュール! ランジュール、グルをここへ連れてこい!」
やった! とフルートとポチは心の中で叫びました。ランジュールたちがやってくるかどうか、緊張しながら森を見つめます。
すると、地上から返事が聞こえてきました。
「なぁにぃ? ボクたち今、忙しいんだけどなぁ。魔法使いのお姉さんとお兄さんがうるさくってさぁ」
のんびりした調子で文句を言いながら、森からランジュールが上ってきました――。