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第23巻「猿神グルの戦い」

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57.召喚

 フルートたちはランジュールと影の大猿を誘導しながら西へ飛び続けました。

 大猿の正体はランジュールに操られたグル神、それも好戦的な外向きの顔のグルです。それをソルフ・トゥートの寺院跡に連れていって、寺院に残されている内向きの顔のグルと一つに戻そう、というのがフルートの作戦でした。

「外向きのグルを抑えるのが内向きのグルのようだから、ひとつに戻せば、グルもおとなしくなるはずなんだ」

 とフルートは言いました。ソルフ・トゥートの遺跡は、この場所からはるか西の彼方にあります。そこにたどり着くまで、ランジュールとグルをうまく誘導しなくてはなりません。

 と、そこへいきなり青空から稲妻が降ってきました。銀鼠がとっさにナナカマドの杖を振って防ぎます。

「グルが攻撃してきたわよ。アギレーの矢だわ」

「矢? 槍じゃなかったっけ?」

 とメールが聞き返すと、灰鼠が答えました。

「アギレーは雷を司る神だけど、空から降ってくる稲妻をアギレーの矢、地面から飛び出してくる稲妻をアギレーの槍と言うんだよ」

「稲妻は地面から飛び出したりしねえぞ」

 とゼンが文句を言います。

 メールと一緒に花鳥に乗っていたポポロは、気がかりそうに後ろを振り向きました。

「今の魔法、闇の気配がまったくしなかったわ……。グルはセイロスから闇の力を分けてもらってるけど闇のものじゃない、ってランジュールが言っていたのは本当なのね」

「ワン、金の石では防げないってことですね」

 とポチも心配すると、銀鼠が言いました。

「大丈夫よ、グルの魔法ならアーラーンの力で防げるから」

「アギレーはグルに絶対服従の神だけど、ぼくたちのアーラーンはグルに匹敵する力を持つ神なんだよ」

 と灰鼠も言います。

 そこへ今度は行く手の空に大蛇が現れ、大口を開けて勇者の一行をのみ込もうとしました。灰鼠が杖を突きつけると、たちまち霧散して消えてしまいます。

「いい感じね」

 とルルが飛びながら笑います――。

 

 ところが、彼らと一緒に飛んでいたグーリーが、突然ギェェンと鳴いて進行方向を変えました。翼を傾け、大きく旋回して、追ってくるランジュールたちのほうへ飛び始めたのです。背中に乗っているゾとヨも一緒です。

「どうした!?」

 花鳥の上からセシルが驚いて振り向くと、ゾとヨが悲鳴のような声をあげました。

「よよよ、呼ばれてるぞ!」

「ひひひ、引っ張られてるんだヨ!」

 呼ばれている? と一同は驚き、グーリーがどんどん戻っていくので焦りました。ランジュールと影の大猿に接近していきます。

 ランジュールは喜びました。

「グリフィンくんが戻ってきたぁ! さっちゃんと戦いたいってさぁ! まずはあのグリフィンくんをやっつけてあげよぉねぇ!」

 うぉぉぉ……!!

 地鳴りのような声がとどろき、影の猿が前に出ました。人間のように両腕を大きく広げると、近づいてくるグーリーを捕まえようとします。危ない!! とフルートたちが叫びます。

 すると、グーリーは急に高度を上げました。大猿のはるか頭上を越えると、そのまま先へ飛んでいってしまいます。

 肩すかしを食らった大猿は呆然とそれを見送りました。ランジュールは怒って手を振り回します。

「ちょぉっとぉ! 戦うのに戻ってきたんじゃないわけぇ!? どこに行くのさぁ!」

 ギェェェ……グーリーがまた鳴きました。なんだか泣き出しそうにも聞こえる声です。

 セシルが顔色を変えました。

「グーリーも、引き戻されていると言っているぞ」

「え、それじゃグーリーたちを呼んでいるのは――」

 青ざめるメールたちのすぐ横をフルートとポチが飛び過ぎました。急旋回をして引き返してきたのです。グーリーやゾとヨの後を追いながら言います。

「セイロスだ! 闇の力を使ってグーリーたちを呼び戻しているんだよ!」

 グーリーはまっすぐ東へ飛び戻っていました。そこには国境線に閉じ込められたセイロスたちがいます。

「停まれ、グーリー!」

「戻るな、馬鹿野郎!!」

 一行は口々に言いながら後を追いかけましたが、グーリーの速度に追いつくことはできません。

 へぇ、とランジュールは笑いました。

「セイロスくんったら、やるねぇ。そぉそぉ。セイロスくんはデビルドラゴンなんだから、闇の生き物はセイロスくんの命令には逆らえないよねぇ」

 その上や下を勇者の一行が飛び過ぎていきました。ランジュールたちを無視して、グーリーの後を追っていきます。

 ランジュールはまた笑いました。

「うふふ、面白くなってきたねぇ。ボクたちも戻ろっか、さっちゃん」

 と、こちらは少しのんびりと引き返し始めます。

 

 とうとうグーリーはセイロスたちの元に戻ってきてしまいました。国境を作る木の前で旋回しながら、ギェェ、と鳴き続けます。

 その背中ではゾとヨが震えながら叫んでいました。

「嫌だゾ、嫌だゾ! オレたち、セイロスは嫌いだゾ!」

「命令を聞け、って声がずうっと聞こえてるヨ! オレたち、セイロスの命令は聞きたくないヨ!」

 セイロスは冷ややかに笑ってそれを見上げました。

「闇のもののくせに光に荷担するとは、まったく愚かな連中だ。見ていろ。すぐに奴らも戻ってくるぞ」

 後ろに控える疾風部隊の兵士たちは、セイロスのことばに半信半疑でしたが、じきに空の彼方から本当にフルートたちが現れたので、驚きの声をあげました。あんな怪物を助けるために戻ってきたのか? と話し合います。

 セイロスはグーリーたちに命じました。

「フルートたちと戦え! 連中はおまえたちを傷つけることはできん。爪で切り裂き、くちばしで引き裂き、連中を地上へたたき落とすのだ!」

 ギェ、ギェェェ!!!

 いやいやをするようにグーリーは鷲の頭を振りました。ゾとヨも泣きながら叫びます。

「そんなことできないゾ! フルートたちはオレたちの友だちだゾ!」

「オレたち戦えないヨ! 友だちは傷つけちゃいけないんだヨ!」

「おまえたちは闇の怪物だ! 闇のものならばそれらしく、私の命令に従え!」

 セイロスが命じたとたん、長い黒髪が兜の下でざわりと揺れました。風もないのに背中の上で広がり、黒い束になって蛇のようにうねうねと動き出します。疾風部隊の兵士たちはぎょっとして後ずさりました。異質なものを見る目で自分たちの司令官を見つめます。

 空の上ではグーリーたちが泣き続けていました。

「できないゾぉ! 嫌だゾぉ!」

「オレたち、フルートたちと戦えないヨぉ!」

 ギェェェェ……! グーリーも見えない鎖を引きちぎろうとするように激しく羽ばたき、セイロスの命令に抵抗します。

 

 すると、そこへ大きな鳥が飛び込んできました。メールが操る花鳥です。背中に乗ったポポロが右手を高く上げて、セイロスへ魔法を繰り出そうとしています。

 セイロスが思わず後ずさって身構えると、その隙にポポロの後ろでセシルが振り向きました。グーリーやゾやヨに向かって強く言います。

「支配されるな! おまえたちは自由な存在なんだ! 気持ちを強く持てば、奴の命令になんて従うことはない!」

 魔獣使いの力を持つセシルの声は、グーリーたちの心にまで届いて、彼らを正気に引き戻しました。

 そこへフルートもポチと一緒に駆けつけてきて、金の石をセイロスに向けます。

 そのとたん、セイロスの召喚の力が完全にとぎれて、グーリーたちは自由になりました。

「よし、そのまま離れてろ!」

 とゼンが言ったので、歓声を上げながらその場から逃げていきます。

 一行は再びセイロスたちと向き合ってしまいました。見えない国境を間にはさんで、セイロスとフルートがにらみ合います。

 すると、ポポロが言いました。

「ランジュールも戻ってきたわよ! グルも一緒だわ!」

 フルートはすぐに仲間たちへ言いました。

「今度こそ行くぞ。ランジュールと戦っている暇はない。全速力で西だ」

 それは、もう一度ランジュールたちをソルフ・トゥートへ誘導するぞ、というフルートの指示でした。すぐに全員がセイロスたちに背を向け、もう一度西へ飛び始めようとします。

 ところが、地上からセイロスが呼びかけてきました。

「我々をこんな場所に閉じ込めていられると思うのか、フルート!? ここを抜け出すなど、実際には簡単なことだ!」

 とたんに、グルの印を刻んだアカマツの木が音を立てて揺れ始め、根元の土ごと地面から抜けて宙に浮き上がりました。森の中でも同じような音が聞こえてきます。

 やがて、森の木々より高く浮き上がってきたのは、同じようにグルの印を刻んだ、百数十本の目印の木でした――。

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