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第23巻「猿神グルの戦い」

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56.誘導

 「この作戦はセイロスや疾風部隊やランジュールと戦うためのものじゃない」

 セイロスたちの前に出て行く前に、フルートは藪の中で仲間たちにそう話していました。

「ぼくたちの目的は、セイロスの進軍を止めることと、ランジュールが連れているグルをソルフ・トゥートの遺跡へ連れ戻して正常に戻すことだ。それにはランジュールをセイロスたちから引き離さなくちゃいけない――。ランジュールは幽霊のくせに誰よりも目立ちたがる。ぼくたちが軍勢を国境線で閉じ込めたとわかれば、自分は平気だというのを見せたくて、国境を抜けてくるだろう。もちろん、グルも一緒に連れてくるはずだ。そこでぼくたちが奴を無視すれば、奴はきっと、むきになって後を追いかけてくる。それを利用して、奴とグルを遺跡に誘導しよう」

 すると、ゼンがちょっと自信なさそうに頭をかきました。

「俺はそういう芝居が苦手だぞ。うまくいくかな」

「君はいつもどおりランジュールとやりとりすればいい。ぼくが奴を無視して移動するようにもっていくから」

 とフルートが言うと、ポチとルルも口々に言いました。

「ワン、途中まで相手をしてから無視したほうが、ランジュールには効果的ですよ、きっと」

「堂々としなさいよ。絶対にセイロスたちに作戦だって悟られちゃだめなんだから」

「お、おぅ……」

 ゼンはやっぱり自信なさそうな顔でした。

 

 はたして心配していた通りの状況になってしまったので、ルルは風の声でうなっていました。ゼンったら、もう! と怒り出しそうになるのを、かろうじて我慢します。フルートの作戦はまだ完全にはばれていません。相手を誘い込める可能性は、まだ残っていたのです。

 フルートたちの罠だから後についていくな、とセイロスから言われて、ランジュールはとまどっていました。

「罠ってなんのぉ? ボクを誘い出して勇者くんたちは何をしようっていうのさぁ?」

「それはわからん。だが、罠と知って乗る必要はない」

 とセイロスが答えます。

 フルートはポチと一緒に引き返すと、ゼンとランジュールの間に割って入りました。

「いいから行くぞ、ゼン。後を追ってこないと言うなら、ありがたい限りだ」

 と言いながら、ゼンだけにわかるように、そっと片目をつぶってみせます。ゼンもそれに気づいて、おう、と答えました。ゼンがまた下手な演技をしては大変なので、ルルはさっさとその場を離れます。

 フルートたちが立ち去りそうになったので、ランジュールはまた声をあげました。

「ボクたちを無視しないでって言ってるのにぃぃ! ほぉんと失礼な勇者たちだなぁ! さっちゃん、勇者くんとドワーフくんを捕まえてぇ!」

 うおぉぉ!!

 地響きのような声と共に、大猿の影が長い前脚を伸ばしてきました。空中のフルートとゼンを捉えようとします。ポチとルルは素早くそれをかわすと、相手にせずに西へ飛び始めました。空飛ぶ絨毯がすぐにそこに並びます。

「ついてくるかな?」

 と灰鼠がランジュールを振り向こうとしたので、銀鼠が声を殺して叱りました。

「あんたまで間抜けなことをしないの。いいから西へ向かうわよ」

 二頭の風の犬と空飛ぶ絨毯は、遺跡がある方角へ飛んでいきます。

「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!」

 ランジュールは空中を飛び跳ねながら怒りました。

「ボクが捕まえた最強のさっちゃんを無視するなんて、どぉいうつもりさぁ!! さっちゃんが弱いと思ってるわけぇ!? じょぉだん! 今、さっちゃんの実力を思い知らせてあげるからぁ!」

 と大猿の影と一緒にフルートたちの後を追いかけ始めます。

「追うな、ランジュール!」

 とセイロスが制止しますが、そんなものは無視です。

 

 セイロスは歯ぎしりすると、あたりを見回しました。その間にも、フルートたちとランジュールはどんどん西へ離れていきます。

 と、セイロスはフルートたちが飛び出してきた藪に目を留めました。

「そうか」

 と言うと、おもむろに藪をにらみつけます。

 とたんに、どん、と藪が火を噴き、キャーッという悲鳴と共に二つの影が飛びだしてきました。一つは背中にセシルとポポロを乗せた管狐、もう一つはゾとヨを乗せたグーリーです。ゾとヨはゴブリンに、グーリーは巨大なグリフィンに姿が変わっていました。セイロスがそばにいるので、本来の姿に戻ってしまったのです。

「あああ、危ないゾ! いきなり攻撃しないでほしいゾ!」

「オオオ、オレたち何もしてなかったんだヨ! ただ隠れてただけなんだヨ!」

 とゾとヨがきぃきぃ文句を言います。

 セイロスは薄笑いを浮かべました。

「人数が足りないのは不自然だと思ったが、やはりまだ隠れていたか。ポポロを後に残してフルートだけが行くはずはない。間違いなく罠だぞ、ランジュール」

 セイロスが突然藪を攻撃したので、フルートたちもランジュールも飛び戻ってきていました。

「大丈夫か、ポポロ、セシル!?」

「怪我してねえか、ゾ、ヨ、グーリー!?」

 心配するフルートやゼンに、セシルが答えました。

「大丈夫だ。魔法が来る前に逃げたからな」

 ギェェン。

 グリフィンに戻ったグーリーも安心させるように鳴きます。

 一方、ランジュールはまたかんしゃくを起こして、セイロスへどなっていました。

「そっちから魔法を使っちゃダメだ、って言ってるじゃないかぁ! セイロスくんの魔法がさっちゃんにも流れてきちゃうんだからねぇ! せっかく捕まえたさっちゃんを殺す気ぃ!?」

「おまえが私の命令を聞かぬからだ」

 とセイロスは冷ややかに答え、改めてフルートたちを見ました。顔ぶれを確認してから言います。

「まだメールが足りないな。どこに隠れている? それこそ、途中に待ち伏せて何かしかけるつもりでいるのだろう。その手には乗らん」

「メールは罠には関係ねえよ! ここにたどり着いてねえだけだ!」

 とゼンはつい口を滑らせました。馬鹿っ! とルルが制しますが、後の祭りでした。セイロスが目を光らせて薄笑いします。

「案の定だな。ランジュールと我々を引き離す作戦か。そうはいかん。ランジュール、連中をこの場でやっつけろ!」

「はいはぁい。なんだかよくわかんないけど、とにかく、さっちゃんが勇者くんたちと戦えるんなら、場所はどこでもいいんだよねぇ」

 とランジュールが合図をすると、影の大猿がずいと進み出てきました。ひゃぁぁ、とゾとヨが悲鳴を上げます。

「来るゾ来るゾ! 猿のお化けだゾ!」

「オレたちもいつもは猿だヨ! 同じ猿なんだから、襲わないでほしいヨ!」

 けれども、大猿の影は停まりません――。

 

 すると、いきなりざぁっと雨が降るような音がして、色とりどりの花の群れが押し寄せてきました。ランジュールと大猿の前に壁のように広がって、行く手をさえぎります。

「どうしたのさ、みんな!? こんなところでセイロスやランジュールとにらみ合っててさ!」

 と言ったのは、花鳥に乗ったメールでした。フルートたちがランジュールとグルを誘い出した後でここに来て、ポポロやセシルたちを乗せて後を追う段取りになっていたのです。

 メール! とフルートは歓声を上げました。

「いいところに来た! 花を思い切り広げて、連中の視界をさえぎってくれ!」

「視界を?」

 メールは一瞬きょとんとしましたが、すぐに了解すると声をあげました。

「花たち! あたいの声が聞こえたら飛んできておくれ! あたいたちの姿を隠すんだよ!」

 ざざざざざ……!!!

 土砂降りのような音と共に、花がいっせいに動き出しました。メールが連れていた花だけでなく、森の中で咲いている花すべてがいっせいに茎を離れ、鳥の大軍のように飛び始めたのです。空中は花でいっぱいになって、フルートたちもランジュールも影の大猿もその中にのみ込まれてしまいます。

「あぁ、花に隠れて不意討ちするつもりぃ!? そぉはさせないよぉ! さっちゃん、花を消滅させてぇ!」

 とたんに空を飛んでいた花が色を失いました。一瞬で枯れてしまったのです。次の瞬間には空中で崩れて、雪のように地面に降っていきます。

 ところが、そのあとにフルートたちがいませんでした。森の中には、見えない国境線に閉じ込められたセイロスと疾風部隊、ランジュールと影の大猿がいるだけです。

「あれぇ、勇者くんたちはぁ?」

 ランジュールが驚いてきょろきょろしていると、大猿がうぉぉ、とほえました。影の手で森の木立の間を指さします。

 そこには、遠くへ逃げて行くフルートたちの姿がありました。ポチとルルに乗ったフルートとゼン、空飛ぶ絨毯に乗った銀鼠と灰鼠、グーリーに乗ったゾとヨ、メールは花鳥にポポロとセシルを乗せています。

 ランジュールは飛び跳ねると、振り向いてセイロスに食ってかかりました。

「ほらぁ、セイロスくんが変なことばかり言うから、勇者くんたちが逃げちゃったじゃないかぁ! どこがボクたちを引き離す作戦だってぇ!? このままじゃ勇者くんが魔法軍団と合流しちゃうじゃないかぁ! 追いかけて止めるからねぇ!」

「待て、ランジュール――!」

 セイロスはなおも引き留めようとしましたが、ランジュールはもう言うことを聞きませんでした。ぷりぷり怒りながら、影の猿と一緒にフルートたちの後を追いかけ始めます。

 

「ワン、やっぱりランジュールが追いかけてきた」

 空を飛びながら後ろを見て、ポチが言いました。

「フルートの言った通りね。うまくいったじゃない」

 とルルも言います。自分たちが本気で逃げ出せばランジュールは絶対に追ってくる、とフルートは断言したのです。

 フルートは前を見ながら言いました。

「油断するな。追いつかれたら戦闘に突入してしまうからな。追いつかれないように、でも、ランジュールたちを振り切ったりもしないように、奴らをソルフ・トゥートの遺跡まで誘導するんだ」

「ワン、了解」

「まかせな」

「絶妙の速度で、誘導されてると気がつかれないように、寺院跡まで案内してやるわよ」

 ポチとメールとルルが頼もしく応え、銀鼠と灰鼠もうなずきます。

 森の中を西へ飛び始めた勇者の一行と、その後を追いかけるランジュールと影の大猿。

 セイロスたちの軍勢は、みるみる背後に遠ざかり始めました――。

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