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第23巻「猿神グルの戦い」

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54.柵・2

 セイロスと疾風部隊は、道をふさいでいた柵を魔法で吹き飛ばした後、疾走を続けていました。石畳には蹄と馬車の音が響き渡ります。

 周囲は深い森でした。道幅は広いのですが、大きな枝が両脇からおおいかぶさっているので、空を見ることはできません。まるで森の中のトンネルを行くように、部隊は走り続けます。

 すると、セイロスが急に行く手をにらみました。いぶかしい顔つきをしてから、全軍に停止を命じます。

 また先へ行っていたランジュールが戻ってきて尋ねました。

「今度はどぉしたのさぁ、セイロスくん?」

 停止を命じられた兵士たちも、理由がわからなくてとまどっています。

 セイロスは言いました。

「行く手で光の魔法の波動が起きた。かなり広範囲のようだ。どうやらミコンの魔法使いどもが動き出したようだな」

 フルートたちがこの場所に来ていることを知らないために、そんな誤解をします。

 ランジュールは空中で首をかしげました。

「ちょっと予定より早かったよねぇ。どぉするぅ? 偵察を出すぅ?」

「いや、このまま進む。どのみち、すぐに敵とぶつかるはずだからな。諸君、いよいよ戦闘の開始だ! グルと共に勇敢に戦え!」

 おぉう!!!

 疾風部隊からいっせいに鬨の声が上がりました。グル! グル! とまた連呼も始まります。

 巨大な影が濃く薄く揺れ動きだしたので、ランジュールはくすくすと笑いました。

「さっちゃんも張り切ってるねぇ。うんうん、すぐに暴れさせてあげるからねぇ。敵はユリスナイって女神を信じてる魔法使いやお坊さんたちなんだよぉ。さっちゃんの魔法はあのヒトたちには防げないから、思いっきり攻撃してたくさん殺してあげよぉねぇ」

 セイロスが再び出発の合図を出したので、全軍はまた駆け出しました。ただ、敵の待ち伏せや罠を用心して、先ほどより速度は落としていました。士気を高めるために声をあげている兵士もいます。

 すると、森の中を風が吹いていきました。ざわざわと木々の揺れる音が右後方から前方へ移動し、さらに左後方へと吹き戻って行きます。

 セイロスは鋭く目を細めました。

「不自然な風だ。我々を包囲するように吹いたぞ」

「うふふ、いよいよぉ?」

 並んで飛んでいたランジュールが、嬉しそうに透き通った手をこすり合わせます――。

 

 やがて、セイロスはまたぴたりと馬を止めました。周囲を見回して言います。

「光の魔法の痕跡を感じる。このあたりに罠があるぞ」

 兵士たちはいっせいに馬から下りて周囲の捜索を始めました。用心しながら道の両脇へ踏み出て、地面や木々の間、頭上の梢を見回しますが、怪しいものは見当たりません。やがて道に戻ってきて、馬にまたがります。

「付近は特に異常ありませんでした、司令官」

 と隊長たちから報告を受けて、セイロスはまた行く手へ目を向けました。ちょうどそちらから戻ってきたランジュールに尋ねます。

「前方も異常なしか?」

「そぉだねぇ。広くなった道の終わりまで行ってみたけど、特に何もなかったんだよねぇ。誰も待ち伏せしてないしさぁ」

 ランジュールの声はいかにも残念そうです。

 セイロスはまだ納得のいかない表情でしたが、いつまでも全軍を停止させておくわけにはいかないので、再び前進を言い渡しました。馬たちが再び走り出そうとします。

 すると、前方から突然男女の声が聞こえてきました。歌うように高く低く流れてきます。

「何者!?」

 と隊長のひとりが飛び出そうとすると、セイロスが片腕を上げて制しました。その目は行く手の道ばたに立つ一本の木を見つめていました。誰かに途中から切り倒されたアカマツですが、流れてくる声に合わせて、ぼぅっ、ぼぅっと赤く光っています。

 兵士たちの間からはざわめきが起きていました。行く手から聞こえてくるのは、礼拝で捧げられるグルへの祈りだったのです。

「誰が祈ってるんだ?」

「敵じゃないのか?」

 とまどいが部隊の中に広がっていきます。

「あの光、なんだか何かに似てないか?」

 と言い出す兵士もいます。

 とたんにセイロスの顔がひどく厳しくなりました。少しの間考えてから、近くにいる兵士に命じます。

「前方を偵察してこい」

「はい、司令官殿!」

 まだ若い兵士は、司令官からじきじきに命じられた栄誉に張り切って返事をすると、ひとり馬で前に出て行きました。不気味に赤く光り続ける木に、無造作に近づいていきます。

 

 すると、歌うような祈りがぱたりとやみ、木は光るのをやめました。若い男女の声が響きます。

「馬鹿、停まりなさいよ!」

「アギレーの槍が来るぞ!」

 けれども、その声に若い兵士は逆に勇み立ちました。

「そこに隠れていたな!」

 と叫ぶと、声がした茂みに向かって駆け出します。

 若い兵士を乗せた馬がアカマツの木の横を越えたとたん、石畳の道からいきなり光の柱が飛び出して来ました。馬の腹を突き刺し、鞍の上の兵士を真下から貫いて、消えていきます――。

 馬と兵士の断末魔の悲鳴に、他の兵士たちは立ちすくみました。馬と人が黒焦げになって道に倒れていく様子を、声もなく見つめてしまいます。

「あぁれれ、これってどぉいうことぉ? 国境の守りがこぉんなとこにあるなんてさぁ。しかも、こっちから向こうに行くと魔法の雷にやられちゃうなんて、どぉしてぇ?」

 とランジュールは言いました。国境の魔法は、ミコン側からサータマンに侵入するときに発動するはずなので、目を丸くして驚いています。

 セイロスは、ぎりっと奥歯を鳴らしました。

「あの木に刻んであるものを見ろ、ランジュール」

「刻んであるものぉ?」

 ランジュールは、すぃっと前に出て行くと、アカマツの木の周囲を飛び回りました。雷に打たれた兵士と馬の上も飛び過ぎますが、ランジュールには何事も起きません。

「あれぇ? 木の表面に真新しい傷があるよねぇ。こっち側にも反対側にもあるよぉ」

 セイロスは顔を歪めました。怒りをこらえる声で確認をします。

「傷の形は縦と横、こちら側に縦の傷が向いている。そうだな?」

「あぁうん、そぉそぉ。そのとぉり。って、あれぇ、これってどこかで見たよぉな組み合わせだよねぇ。表が縦の一本線で裏が横の一本線。なんだっけぇ?」

「グルだ――連中は立木に二つの線を刻んでグルにして、新たな国境線を作ったのだ。しかも、外向きのグルの印をこちらへ向けている」

 えぇぇ!? とランジュールは驚くと、急いで周囲の森の中へ飛んで行きました。同じように地上一メートルほどで切られた木を見つけ、その表面に縦と横の線を発見して飛び戻ってきます。

「セイロスくんの言う通りぃ! 森の中にもグルの印がついた木があったよぉ! 国境の守備石とおんなじだぁ!」

「連中はこちらの守備魔法を逆手に取ったのだ! 先ほどの風のしわざか! 我々を新たな国境線で囲い込んだな! こざかしい!!」

 セイロスの声がついに大きくなります。

 

 すると、先ほど祈りの歌が聞こえてきた茂みから、一組の男女が現れました。少し色合いが違う灰色の長衣を着て、火のように赤い髪をしています。

「これ以上はもう先へ進めないわよ、セイロス」

「疾風部隊もみんな囲いの中だ。無理に越えようとすれば、アギレーの槍に貫かれるからな」

 セイロスの目がまた鋭くなりました。

「貴様らには見覚えがある。ロムドの魔法使いだな。ということは、これはミコンではなくロムドの連中のしわざということか」

「あら、覚えていてもらえたなんて光栄だわ。会うのはガタンの攻防戦のとき以来よね」

「ぼくたちはロムドの魔法軍団の灰鼠と銀鼠さ。でも、この作戦をたてたのはぼくたちじゃない」

「えぇ!? ってことは、まさかぁ――」

 とランジュールはあたりを見回しました。セイロスのほうは苦々しい顔で男女をにらみ続けます。

 すると、男女が現れた茂みから少年が現れました。金色の防具を光らせながら道の上に立ちます。

「そう、ぼくだ。おまえたちはもう、そこから出られない。先へ進んでも引き返しても、グルの国境線を越えたとたん稲妻にやられるからな」

 フルートは落ち着き払った声でそう言うと、セイロスをまっすぐに見つめました――。

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