「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第23巻「猿神グルの戦い」

前のページ

53.柵・1

 フルートの横で目を閉じ、祈るように両手を組み合わせていたポポロが、あっと小さな声をあげて目を開けました。南の方角を見ながら言います。

「闇の波動を感じたわ。セイロスよ」

 そこは国境線を越えた森の中でした。ポポロとフルートはシュイーゴからの道の上に立ち、その両脇にゼン、ポチ、セシル、鷹のグーリー、小猿のゾとヨが待機していました。全員がサータマンの国境を越えてミコン側の森に来ていたのです。

 ただ、メールとルル、銀鼠と灰鼠の姉弟だけはこの場にいませんでした。森の中で一晩中木を切っていたシュイーゴの住人も、姿が見当たりません。

 フルートがひとりごとのように言いました。

「闇の波動は間違いなくセイロスの魔法だ。道をふさいでいた柵を吹き飛ばしたな」

 それを聞いてゾとヨは飛び上がりました。

「さささ、柵を吹き飛ばされたのかヨ!?」

「そそそ、それじゃ敵が攻めてくるのを止められないゾ!!」

 すると、グーリーがピィとなだめるように鳴きました。

 セシルも言います。

「そう、心配いらない。これはフルートの作戦なんだからな」

「ででで、でも、せっかくみんなで作った柵が役に立たなかったんだゾ!」

「どどど、どうやってセイロスたちを止めるんだヨ!?」

 ゾとヨが騒ぎ続けるので、ゼンがあきれて言いました。

「なに慌ててやがる。セイロスがぶっ壊したのは、俺が道の途中に作っておいた柵だぞ。奴らに壊させるために作ったんだ」

 フルートも落ち着き払って言いました。

「セイロスの攻撃は正攻法で素早い。だから、目の前に妨害物が現れれば、人力で取り除いたりしないで魔法で一気に破壊すると思ったんだ。案の定だったな」

 二匹は目を丸くしました。

「わざとだったのかヨ? なんのためにそんなことをしたんだヨ?」

「壊されるために柵を作るなんて、なんだか変だゾ」

「変ではない。立派な作戦だ。それによって、セイロスたちがどこまで来たのか知ることができるんだからな」

 とセシルが道の南を見据えながら言いました。その右手はもうレイピアの柄を握りしめています。

 

 ゾとヨは状況がまだよく理解できずにいました。目をぱちくりさせながら考え、確かめるように尋ねます。

「セイロスが壊したのは、シュイーゴの人間たちが作った柵じゃなかったのかヨ?」

「じゃあ、そっちの柵はどこにあるんだゾ?」

「柵はまだないよ――これから作るんだ」

 とフルートが答えたところへ、森の奥からシュイーゴの僧侶が現れました。両手を合わせて一同へ礼をしてから言います。

「町の男たちを安全な場所に避難させました。こちらでどんな騒ぎが起きても絶対にこちらへ来ないように、とも言っておきました」

 フルートはうなずき、今度はポポロに尋ねました。

「セイロスと疾風部隊は、間違いなく国境を越えてミコン側に入ったね?」

「ええ。あたしにはセイロスたちは見えないんだけど、銀鼠さんと一緒に国境にいるルルが確かめてるわ」

 ポポロとルルは姉妹のように育ってきているので、どんなに離れていても、心で連絡し合うことができます。

「よし」

 とフルートは言うと、目を上げて一本の木を見ました。それは道のすぐ横に生えたアカマツでしたが、地上一メートルほどのところから切られて、残った幹が短い柱のようになっていました。シュイーゴの男たちが切り倒した木です。

 同じような木は、さらに数十メートルおきに森の中に立っていました。切られた木と木の間に、木や板を渡した柵は作られていません――。

 

 すると、フルートとポポロの足元で急に道が光り始めました。

 人が通ることでできた道は、地面がむき出しになり、石ころが顔を出していましたが、それが輝きながら幅を広げて、みるみる灰色の石畳におおわれていったのです。

「ななな、なんだヨ!?」

「みみみ、道が急に立派になったゾ!?」

 ゾとヨがまた驚いていると、フルートが鋭く言いました。

「セイロスたちが来るぞ! 全員山側へ下がれ! ポポロ、準備はいいな!?」

「はいっ!」

 とポポロは答えました。星空の衣から細い右手を伸ばして、切られたアカマツの木へ向けています。

 石畳の道にかすかに震動が伝わってきました。南の方からセイロスが率いる疾風部隊がやってきたのです。振動はたちまち大きくなっていきます。

 フルートは仲間たちが先の場所から山側に退いたのを確かめてから、言いました。

「ポポロ、魔法だ!」

 彼女はすぐに呪文を唱え始めました。

「メザーキオンセノテタニワガチーウノキタツーキー!」

 とたんに指先から緑の星と光がほとばしり、切られたアカマツへ飛んでいきました。柱のようになった幹へ緑の光が絡みつくと、そこから左右へ飛んで、同じように切られた別の木に絡みつきます。さらにそこからまた右や左へ飛んでいって、また別の切られた木へ……。森の中に、緑の光でつながれた柵が出現していきます。

 グーリーは翼を羽ばたかせて鳴き、ゾとヨも飛び跳ねながら歓声を上げました。

「すごいゾ、すごいゾ! 魔法の光の柵ができたゾ!」

「セイロスはデビルドラゴンだから、光の柵は越えられないヨ! これがフルートの作戦だったのかヨ!」

 ところが二匹のそばにいたセシルが言いました。

「いいや、違う。作戦はこれからだ」

 すると、緑の光は急に弱まり、絡みついた木に吸い込まれて見えなくなってしまいました。道をふさぎ森の中へ伸びていた光の柵も、たちまち消えてしまいます。

 ああ! とゾとヨは言いました。今度は落胆の声です。

「柵が消えちゃったゾ!」

「ポポロは継続の魔法を使わなかったのかヨ!?」

 けれども、フルートは強いまなざしで木を見つめ続けていました。はっきりとした声で言います。

「ポポロの魔法はまだ終わってない。これからなんだ――」

 

 そのとたん。

 切られた木の片側が、ばんと音を立てて弾けました。緑の光が内側からほとばしって、木の表面を引き裂いたのです。それが森の中で次々に起きていきます。

 セシルは心配そうにその様子を見守っていました。

「シュイーゴの住人が切り倒した木は百五十本以上ある。時間切れになる前に、ポポロの魔法が行き渡るだろうか?」

「ワン、この勢いなら大丈夫だと思いますよ。ここは道がある中心の場所だし。きっとすぐに国境まで到達します」

 とポチが答えているところへ、ポポロが言いました。

「国境に一番近い木に魔法が届いたって、ルルが言ってるわ! 灰鼠さんがいる国境の木にも、やっぱり届いたって!」

「よし! ルルに合図だ!」

 とフルートはたたみかけるように言いました。

 その頃にはもう、迫りくる疾風部隊の音がはっきり聞こえるようになっていました。石畳を駆ける蹄と車輪の音です。敵もポポロの魔法に気づいたのでしょう。兵士たちの怒声や鬨の声も聞こえてきます。

 すると、フルートたちから見て左手奥の森の中から、風のうなる音が聞こえてきました。たちまち近づいてきて、目の前を吹きすぎていきます。

 それは風の犬に変身したルルでした。森の中を地面すれすれに飛びながら、切り倒された木をかすめるようにして過ぎていきます。

「ワン、ルル!」

 ポチも風の犬に変身すると、ルルの後を追って飛び始めました。

 フルートたちには一瞬で通り過ぎて見えたルルですが、同じ風の速度で飛べば、彼女のしていることははっきり見えます。ルルは風の体を刃にして、切り倒した木の表面に浅い傷を刻んでいました。アカマツ、トネリコ、柳、サクラ……切り倒した木の種類は様々ですが、ルルが刻んでいく傷はどれも一定の形をしています。

 

 ゾとヨは前へ首を伸ばすと、アカマツの木を眺めました。そこからではよくわからなかったので、ちょろちょろと走り出ていきます。

「こら、ゾ、ヨ!」

 セシルが静止する声が聞こえましたが、二匹は立ち止まりませんでした。アカマツの根元に駆け寄ると、木の周りをぐるぐる回りながら見上げます。

 木には、片側にポポロの魔法でできた傷が、反対側にはルルが風の刃で刻んでいった傷がありました。どちらも地上から同じくらいの高さです。

 フルートが呼びかけました。

「戻ってこい、ゾ、ヨ。もうすぐセイロスたちがやって来るぞ」

 キャッ!

 その危険を忘れていた二匹は飛び上がって駆け戻ってきました。そのままフルートの肩によじ登って言います。

「木に傷がついてたゾ。でも、それだけだったゾ」

「柵になってないヨ。どういうことなんだヨ?」

 ゼンが苦笑しながら近づいてきて、フルートの肩から小猿たちをつまみ上げました。

「おまえら、本当に作戦が全然理解できてねえな。切った木には、内側に縦の線が、外側に横の線がついていただろうが。これでもわかんねえのかよ?」

 けれども、残念ながらゾとヨにはやっぱり理解することができませんでした。きょとんとした顔で首をかしげるばかりです。

 セシルが心配そうにフルートに尋ねました。

「いまさらだが、こんなことで本当にうまくいくのだろうか? 疾風部隊はもうすぐそこに来ているぞ」

「きっとうまくいくよ。さあ、セイロスが来る。隠れよう」

 フルートの呼びかけで、一同は大きな茂みの中に身を潜めました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク