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第23巻「猿神グルの戦い」

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51.出陣

 翌日の早朝、セイロスはシュイーゴの砦の宿舎で出陣のときを待っていました。明るくなった広場に疾風部隊の兵士と馬が続々集まる様子を、二階の窓から見下ろしています。

 そこへすぅっとランジュールが現れました。セイロスと一緒に軍隊を見ながら話し出します。

「疾風部隊って馬の数が多いよねぇ? 兵隊さんの数より馬のほうがずぅっとたくさんいるんだからさぁ」

「全員が必ず替え馬を連れているからだ。馬が走り疲れてきたら、走りながら替え馬のほうに飛び移り、疲れた馬を休ませる。そうやって速度を落とすことなく全速力で走り続けるので、疾風部隊と呼ばれているのだ」

 とセイロスが答えます。

「なぁるほどねぇ。ま、馬は山道を行くのは苦手なはずだけどさぁ、セイロスくんのことだから、きっと魔法でなんとかしちゃうんだろぉ? どぉいう作戦で行くつもりぃ?」

「今回の作戦は明快だ。山頂までまっしぐらに駆け上っていって、都の入り口を破って中に突入する。敵は騎馬隊が全速力で山頂まで押し寄せてくるとは想定していないだろう。その不意を突いて攻撃するのだ。戦いの先鋒(せんぽう)はおまえだぞ、ランジュール」

「はいはぁぃ、それは了解してるよぉ。派手な戦いになりそぉだから、さっちゃんも早く暴れたくてうずうずしてるんだよねぇ、うふふふ……」

 女のように笑うランジュールの背後で、巨大な影がかげろうのように揺らめきました。影は常にランジュールにつきまとっています。

 

 すると、急にセイロスが振り向きました。誰もいない部屋の片隅に向かって、厳しい声を出します。

「誰だ!? 名前と用件を言え!」

 とたんに片隅に口ひげを生やした男が現れました。実体ではありません。ランジュールのように透き通っていて、しかも小犬ほどの大きさしかありません。

「あれれぇ、ボクのお仲間ってわけじゃなさそぉだなぁ。このおじさん、魔法使いだよねぇ? どこから霊体を飛ばしてきてるのぉ?」

 とランジュールが飛んで行ってのぞき込むと、口ひげの男は後ずさり、小さな体で大声を張り上げました。

「セイロス殿はそこにおいでですか!? サータマン王が貴殿と話したがっています! こちらへおいでください!」

「サータマン城の魔法使いだな。この程度の能力持ちはまだいたのか」

 とセイロスは言いましたが、自分から魔法使いのほうへ行こうとはしませんでした。用事があるならそちらから来い、と言わんばかりの目で眺めるだけです。

 魔法使いはその場から姿を消すと、次の瞬間、セイロスの前へ現れました。相変わらず透き通っていますが、体が一回り小さくなっていました。ぜぃぜぃと肩で息をしているところをみると、たったそれだけの移動にかなり消耗してしまったようです。

 と、その姿が揺らいで別人に変わっていきました。でっぷり太った体に豪華な服を着た老人――サータマン王です。やはり透き通っていて小犬より小さくなっていますが、セイロスを見ると手を振り上げてわめき出しました。

「セイロス殿、貴殿は今どこだ!? 昨夜から城に戻っていないというではないか! いったいどこで遊びほうけているのだ!?」

 サータマン王はセイロスが城を抜け出して夜遊びをしていると考えていたようです。

 ふん、とセイロスは馬鹿にするように鼻を鳴らしました。

「私はおまえからミコン攻略の指揮権を預かった。今は前線基地で疾風部隊と共に出陣を待っているところだ」

 

 とたんにサータマン王は機嫌を直しました。丸い顔いっぱいに笑みを浮かべて手をたたきます。

「出陣! では、いよいよ異教徒どもの都を壊滅させるのだな? 援軍はどのくらい必要だ? どこへ向かわせれば良い?」

「我々は今現在はシュイーゴという田舎町にいる。そこに前線基地を作ったから、一個師団でも二個師団でも送り込んでくればいい。ミコンを占領して我々の砦にしたら、次の攻撃目標はいよいよロムドだ」

「よしよしよし。それでこそデビルドラゴンだ。高い代価を払って招いた甲斐があったぞ――」

 サータマン王は手をこすり合わせて上機嫌でしたが、すぐに顔を曇らせました。セイロスに向かって言います。

「だが、その戦いでグルを混乱させるのは厳禁だぞ。昨日の日中、グルの象徴や門口の守りが突然飛び回って襲いかかってきた、という報告が国中から殺到している。あれは貴殿たちのしわざだろう。わしが貴殿たちに教えたのは、元祖グルが祀られていた神殿跡だ。元祖グルは古くさい神の遺物だから、貴殿たちがどう使おうといっこうにかまわん。だが、グルはいかんぞ。神聖なるグルまで勝手に操ることは、絶対にならん」

 それを聞いて、ランジュールは空中で肩をすくめました。

「王様ったら無理なことを言うなぁ。元祖グルもグルも同じものなんだからさぁ。さっちゃんが暴れたらグルも暴れるのは、しょぉがないじゃないかぁ」

 サータマン王はさっと顔色を変えると、ものすごい形相で怒り出しました。

「何を言う!? 神聖なるグルと嫌らしい元祖グルを同じものにするつもりか!? 無礼者、幽霊といえど容赦はせんぞ!」

 サータマン王がどなるうちに、その姿が激しく揺らめき始めました。みるみる口ひげの魔法使いに戻って、慌てたように言います。

「お静まりください、陛下。向こうへ飛んでいられなくなります――」

 すると、セイロスが魔法使いにむかって人差し指を振りました。はじき飛ばすようなしぐさに、たちまち魔法使いの姿は消えて見えなくなります。

 ふん、とセイロスはまた鼻を鳴らしました。

「くだらん話につきあうほど、我々は暇ではない」

 ランジュールのほうは、くすくすと笑っていました。

「お馬鹿な王様だよねぇ。元祖グルを怪物扱いして、居場所をボクに教えちゃうんだからさぁ。ボクもいろんな強い魔獣を捕まえてきたけど、神様をペットにしたのは初めてだからねぇ。さっちゃんはちょっと扱いづらいところがあるけど、そのぶん力も強いから、暴れさせるのがすごぉく楽しみなんだ。周りに迷惑をかけるな、なんて話は全然聞けないよねぇ。うふふふ……」

 その背後では巨大な影が揺らめき続けています。

 

 そこへ部屋の扉をたたいて疾風部隊の隊長が入ってきました。

 セイロスの前で敬礼をして言います。

「司令官、出陣の準備が整いました! 全員が広場に整列しております!」

 隊長の態度や声にはセイロスに対する最大限の敬意がありました。同時に、ぬぐうことのできない恐怖もにじみ出ています――。

 けれども、セイロスは隊長の様子には無頓着でした。

「よし、出陣だ。ミコンを壊滅させるぞ」

 と当然のことのように言うと、マントをひるがえして部屋から出て行きます。

「やっほぉ! いよいよだねぇ!」

 ランジュールは宙返りすると、セイロスの後を追っていきました。大きな影もそれについていきます。

 呼びに来た隊長のほうは、すぐには歩き出せませんでした。彼は数々の戦場で大勢の敵と勇敢に戦ってきた男でしたが、ほんの少しセイロスの前にいただけで、底知れない恐怖に縛られてしまったのです。昨日セイロスに殺された仲間の顔が脳裏にちらつきます。

「我々は本当にあの男についていっていいのだろうか……?」

 彼は思わずそうつぶやき、次の瞬間、我に返りました。慌てて周囲を見回し、自分のひとりごとを耳にした者がいないことを確かめて、ほっとします。

 彼は疾風部隊の隊長でした。サータマン王のために、部下を率いて敵と戦い、討ちまかすことが使命なのです。そのためにはどんなに気に入らない司令官にも従わなくてはなりませんでした。それが彼の役目なのです。

 彼は臆病風に吹かれた自分を恥じるように頭を振ると、先に行ってしまったセイロスたちを、急いで追いかけていきました。

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