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第23巻「猿神グルの戦い」

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50.始動・2

 その日、シュイーゴの男たちは国境を越え、ミコンの麓の森の中で木を切っていきました。

 フルートに指示された通り、三人がひとつのグループになって適当な木を選びますが、なにしろ森の中なので周囲は下生えや蔓草でいっぱいです。彼らはまず持ってきた鎌で草を刈り払い、二人一組で木に斧をふるいました。三人目の男は座ってそれを見守りますが、作業をする仲間に疲れが出始めると、すかさず立ち上がり、斧を受け取って交代します。そんなふうに交互に休みながら作業をするので、木はじきに切り倒されました。

「よぉし、次の木へ向かうぞ」

 と男たちは手ぬぐいで汗を拭きながら斧を担ぎ、すぐに歩き出しました。彼らをここまで運んできたメールが飛び去った方角を、彼らは覚えていました。そちらに向かってちょうど四十歩進むと、そこでまた木を切り倒し始めます。

 三人が交代で休憩しながら働くので、森の中には斧の音がひっきりなしに響いていました。手を止めて耳を澄ませば、そんな斧の音があちこちから聞こえてくるのですが、彼らは仕事を休みません。

 

 そこへいきなりひとりの男が姿を現しました。ひげを生やしたいかつい大男で、青い長衣を身にまとい、こぶだらけの太い杖を握っています。

 大男はあたりに耳を澄まし、木を切る男たちをしばらく見つめていましたが、彼らがこちらに気がつかないので、どん、と杖で地面を突きました。とたんに、ぐらぐらっと地面が揺れて、木々が激しくざわめきます。

 三人の男たちは驚いて作業をやめ、あたりを見回してようやく大男に気がつきました。敵か味方かわからないので、思わず身構えてしまいます。

 すると、大男が一瞬で三人の前に移動してきました。

「あなた方はどなたですな? 服装から見てサータマン国の人間のようだが、大勢でいっせいに木を切り始めるとは何事。ここはすでにミコンの領地に当たる森だ。何故ミコンの森を勝手に切っていますかな?」

 ことばづかいは比較的丁寧ですが、非常に厳しい声でした。返答次第ではただではおかないと考えているのが、ありありと伝わってきます。

 男たちはすくみ上がりました。互いに顔を見合わせますが、誰も返事をしようとはしません。

 大男はますます厳しい顔つきになって三人をにらみつけました。

「答えられないようなことをしているとは、実に怪しい。やはりセイロスの手下か! 何をするつもりでいる!? 白状しろ!」

 三人の男たちは身を寄せ合いました。セイロスの手下と言われてあわてて首を振りますが、うかつに作戦を言うわけにはいかないので、やっぱり何も答えることができません。

 大男のこめかみに血管が浮き上がりました。

「よかろう。そういうことであれば、力尽くで排除するまでだ」

 と言って、こぶだらけの杖をぐっと握り直します。ざわざわとまた周囲の木々が揺れ出します――。

 

 ところが、そこへ上のほうから声が降ってきました。

「やっぱり青さんだったヨ! オレの言ったとおりだヨ!」

「青さん、その人たちをいじめちゃダメだゾ! その人たちはフルートの仲間なんだゾ!」

 彼らの頭上に黒い鷹が飛んできていて、背中で二匹の小猿が騒いでいたのです。

 大男は驚いた顔になって杖を下ろしました。

「ゾ、ヨ。それにグーリーも。何故あなた方がここにいるんですか?」

「オレたち、フルートたちのお手伝いに来たんだヨ!」

「オレたちはフルートたちに言われて、シュイーゴの人たちの連絡係をしてるんだゾ! 青さんもその人たちをいじめちゃダメなんだゾ!」

「シュイーゴ……?」

 と青の魔法使いは思い出す顔になりました。やがて、ぽんと手をたたいて言います。

「ああ、勇者殿たちが無事を確認に行った町ですな。そういえば、以前そこの住人が勇者殿たちをサータマン王の捜索から逃がしてくれた、という話も聞いたことがありますぞ」

 大男から剣呑(けんのん)な気配が消えていったので、シュイーゴの男たちはほっとしました。

 一人がおそるおそる前に出て言います。

「あなたもロムド国の方なんですね? ぼくたちはフルート君たちの友だちです。フルート君の指示に従って木を切っていたんです」

 それは以前メールに娘を助けられ、勇者の一行を家に泊めたあの若い父親でした。青の魔法使いのほうも、おお、とたちまち相好を崩しました。

「それは大変失礼しました。私はロムド城の四大魔法使いと呼ばれている青の魔法使いです。勇者殿たちとは大変懇意にしております。では、これは勇者殿の作戦だったのですな? どのような作戦なのでしょう。サータマンの国境を越えてミコン側で作業をするとは、勇者殿はまた思い切った作戦を思いつかれたようだが」

「森の木を切って、セイロスという男が率いる疾風部隊を囲い込むんだそうです。明日の早朝には進軍を始めるはずだと言うんで、大急ぎで作業をしていたんです」

 と若い父親が話すと、とたんに青の魔法使いは顔色を変えました。また険しい声になって言います。

「セイロスがミコンに進軍を始めると言うのですか!? 何故それをミコンに知らせんのです!? 勇者殿は何をお考えだ!?」

 その剣幕に父親たちがまたすくみあがると、頭上で羽ばたいていたグーリーがピィピィと取りなすように鳴きました。ゾとヨも口々に言います。

「そうだゾ! ミコンに知らせると大戦争が始まるってフルートが言ったんだゾ!」

「魔法と魔法がぶつかると、たくさんの人が死ぬって心配していたんだヨ! 戦争でたくさんの血が流れると、そこに闇が取り憑くかもしれないんだヨ!」

 む……と武僧は渋い顔になりました。

「その心配はいかにも勇者殿らしいですな。だが、やはりミコンに黙っているわけにはいきません。私はこれからミコンの大司祭長に事の次第を知らせてきます。セイロス軍は今、どのあたりにいるのです?」

「シュイーゴです。連中はぼくたちの町を焼き払って、その跡に砦を作ったんです」

 と若い父親が答えたので、青の魔法使いはちょっと驚いた顔をしました。すぐにシュイーゴの住人たちに一礼して言います。

「それは大変なことですな。貴殿たちが町を取り戻せることを祈っておりますぞ。ゾ、ヨ、グーリー、勇者殿たちには、後ほど伺うと伝えておいてください」

「国境に銀鼠と灰鼠がいるゾ。フルートたちは銀鼠のそばにいるんだゾ」

「オレたちは国境を越えてサータマンのほうに戻っちゃいけないんだヨ。だから、銀鼠のところに行ってフルートとしゃべるんだヨ。青さんもそうしたほうがいいヨ」

 とゾとヨが答えると、青の魔法使いはまた少し表情を緩めました。

「そうか、銀鼠と灰鼠も勇者殿たちに協力するようになったか。それは良かった」

 そんなひとりごとを残して、その場から姿を消していきます。大司祭長がいるミコンの都へ飛び戻って行ったのです。

 

 シュイーゴの住人たちは我に返ると、斧を握り直して言いました。

「いかんいかん、すっかり時間を取られてしまった。仕事に戻るぞ」

「朝までに疾風部隊を閉じ込める囲いを作らなくちゃいけないんだからな」

 と再び斧をふるい始めます。

 ちょうど休憩の番に当たっていた若い父親が、グーリーとゾとヨに向かって言いました。

「今の人に会って話したことを、フルート君たちに教えてあげるといい。きっと力になってくれるんだろうからね」

「わかったゾ。すぐ知らせに行くゾ」

「オレたち、夜にもまた来るヨ。オレたちは暗くなっても目が見えるから、おまえたちが木を切っていく方向を教えられるんだヨ」

「わかった。よろしく頼むよ」

 と若い父親に言われたので、ゾとヨは喜んでグーリーの背中で宙返りしました。すぐにフルートたちがいる国境のほうへ戻って行きます。

 森の上の空には夕映えが広がり始めていました。森の梢の間から、薔薇色に染まった雲が流れていくのが見えます。血なまぐさい戦闘が迫っているとはとても思えない、のどかで美しい光景です。

「戦争なんて起きないほうがいいに決まってる」

 隠れ里で待つ家族の顔を思い出しながら、若い父親はそうつぶやきました――。

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