シュイーゴの焼け跡に突如出現した砦で、セイロスと疾風部隊の隊長たちは作戦会議を開きました。
疾風部隊はいくつもの中隊に別れていて、それぞれに隊長がいます。正式には中隊長と呼ばれる人たちですが、疾風部隊ではただ隊長と呼ばれていました。百名近い騎兵と彼らの馬を指揮する人物で、部下たちとは密接な結びつきがあります。
作戦本部には六人の隊長たちが集められていました。数百名の部下たちは、砦の別な場所で、ここまで駆けてきた馬たちの世話をしています。セイロスは六人の男たちを見回しながら話し出しました。
「先ほども言った通り、諸君の今回の指揮官はこの私だ。サータマン王から全指揮権を委ねられている。今回の戦闘の目的は以下の二つだ。まず、この山脈の頂上に要塞都市を造っているミコンを攻撃して陥落させる。ミコンはグルを悪神と誹る(そしる)異教徒たちの総本山だ。ここを制圧した後、火をかけて異教徒もろとも都市を焼き払う。ここまでを第一の目的とする。次に、ミコンの跡地に我々の砦を築き、そこから北へ駆け下ってロムド国へ攻撃をしかける。ロムド国の都を制圧してロムド王を処刑することが、第二の目的だ。ロムドは異教徒の国であるだけでなく、ミコンに肩入れしていて、何事かあれば軍隊を派遣できるように同盟を結んでいる。ミコンを消し去るためには、ロムド国も消滅させなければならないのだ」
中央大陸でも有数の大国や宗教都市を、いとも簡単に、陥落させる、消し去る、とセイロスが言うので、隊長たちは驚いてしまいました。
隊長たちの中でも年かさの一人が反論します。
「失礼ですが、指揮官、そのためは非常に大きな戦闘が繰り広げられることになるでしょう。ミコンの都には数え切れないほどの魔法使いがいるし、ロムドにも魔法軍団と呼ばれる魔法使いの部隊があるのです。我々は大陸最速を誇る疾風部隊で、武勇の面でも誰にも負けないつもりでおりますが、それでもわずか六中隊でそれだけの戦闘をこなして勝利するのは、かなり厳しい作戦と言わざるを得ません」
他の隊長たちもうなずいてそれに賛同しました。彼ら疾風部隊は過去に二度、ロムド軍と戦っています。特に一年半前の戦闘では、飛竜部隊と共に王都ディーラを攻めて魔法軍団に惨敗した苦い経験があったのです。
別の隊長はミコン攻撃にも懐疑的でした。
「我々は騎馬隊です。先のロムド戦でもミコン山脈を越えて行きましたが、細い山道を進軍するしかないので、隊列が非常に長くなってしまいました。先の戦いでは最短距離で山を越えて辺境の森に出たので、事なきを得ましたが、敵の総本山を攻めるのであれば、敵も気づかないはずはありません。伸びきった隊列は、敵にとっては絶好の攻撃対象です。ミコンの魔法使いに分断されて各個撃破される危険があります」
元々サータマンはあまり魔法使いの多い国ではありません。何故か他国ほど魔法使いが現れないのです。この疾風部隊にも魔法使いは同行していませんでした。魔法攻撃に対抗する手段がないので、どうしても慎重になってしまいます。
セイロスは冷ややかな目で一同をねめまわしました。
「隊長たちが戦いもせずに城へ逃げ帰る相談か。天下の疾風部隊が聞いてあきれるな。敵の魔法攻撃に心配はいらん。山中を行くことも万事任せておけ。平地を駆けるように諸君をミコンの都まで進軍させてみせよう」
「どのような方法で!?」
隊長たちは憤るのを通り越してあきれてしまいました。年若いくせに妙に堂々としているセイロスを、誇大妄想の持ち主だったのか、と考えます。
そんな隊長たちの反応に、セイロスがいらだつ顔になりました。長い黒髪が一瞬揺れます――。
とたんに隊長のひとりが、ぐぅっとうめき声を上げました。座っていた椅子を蹴倒して立ち上がり、自分の咽に両手を当てて目をむきます。
その顔がみるみる青ざめていくので、他の隊長たちは仰天しました。
「おい、どうした!?」
「具合でも悪いのか!?」
と声をかけますが、男は咽を強く押さえたまま返事をしません。その全身がぶるぶると震えだし、顔色は血の気を失って白くなっていきます。
「いかん! 息ができなくなっているぞ――!?」
「自分で自分の首を絞めているんだ!」
「馬鹿、何をやっている! 手を放せ!」
仲間の隊長たちは寄ってたかって男の手を払いのけようとしましたが、何人がかりで引っ張っても男の手は咽から外れませんでした。やがて蒼白になった顔によだれが流れ出しますが、それでも男は自分の首を絞め続けます。
やがて、ぼきり、と鈍い音が響いて急に男の体が力を失いました。仲間たちの手をすり抜けて床に崩れ、そのまま動かなくなってしまいます。自分で自分の首の骨をへし折ってしまったのです。
すると、立ちすくむ一同の頭上から声が降ってきました。
「うふふ、お馬鹿な隊長さんたちだなぁ。セイロスくんを怒らせちゃうなんてさぁ」
五人になった隊長たちは、ぎょっと声のほうを見上げ、そこに青年の幽霊が浮いているのを見てまた仰天しました。たった今死んだ仲間が出てきたのかと思って、死体と幽霊を見比べる者もいます。
幽霊は口を尖らせました。
「違う違う、ボクは魔獣使いのランジュール! キミたちのお友だちはもう黄泉の門に飛んで行っちゃったよぉ。あのねぇ、キミたちは知らなかったみたいだから教えてあげるけど、ここにいるセイロスくんはものすごぉく強力な闇魔法使いなんだよぉ。しかも人間の命なんて、地面を這ってる虫よりどうでもいいくらいに思ってるんだからさぁ。そのセイロスくんを疑って言い争ったらどぉなるかは、キミたちのお友だちを見てよくわかっただろぉ? 悪いことは言わないから、言う通りにしたほうがいいと思うよぉ」
セイロスは冷ややかな目で幽霊を見上げました。
「珍しく仲裁か、ランジュール。だが、何故今頃出てきた。止めるつもりなら、もっと早く出てくれば良かっただろう」
「あれぇ、セイロスくんはボクに止めてほしかったのぉ?」
ランジュールは、くすくす笑いました。
「だぁって、なかなかステキな見世物だったもの、止める必要なんてないじゃないかぁ。ついでに他の隊長さんたちにも同士討ちさせたら面白いと思ったんだけどさぁ、隊長さんたちがみんないなくなっちゃったら、せっかくの疾風部隊を率いるヒトがいなくなっちゃうだろぉ? ボクは派手で華麗な戦いを期待しているんだよねぇ。強ぉい兵隊さんと兵隊さんが激突して、頭や腕や脚が吹っ飛んで、血しぶきがあたり一面を綺麗な紅に染め上げて、断末魔の悲鳴が空で大合唱するようなさぁ。こっちの兵隊さんたちが勢いをなくしちゃったら、そぉいうステキな戦いが見られなくなるもん、それはまずいよねぇ。うふふふ……」
陽気な口調でとんでもなく残酷な話をする幽霊に、隊長たちはぞっとしました。恐怖の目をそのままセイロスへ移します。
隊長たちから反論が出なくなったので、セイロスは言いました。
「ミコンへの出撃は明日の早朝。一中隊だけここに残り、後方との連絡係を務めろ。残りの部隊は出撃に備えてただちに休息だ。周囲の哨戒は必要ない。砦の入り口だけしっかり見張っておけ」
明日の早朝に出撃というのはかなりの強行軍でしたが、隊長たちはもう何も言いませんでした。セイロスに言い逆らえばどうなるか、仲間の死体が教えていたからです。一方的に命じて部屋を出ていくセイロスを、ことばもなく見送ります――。
一方ランジュールはふわふわ空を飛びながらセイロスを追いかけていきました。セイロスの肩越しに頭を突き出して話しかけます。
「ねぇねぇ、セイロスくん、今キミ隊長さんたちに国境の守りのコトを話して聞かせなかったよねぇ? 国境をこっちから越えるのは平気だけど、向こうからこっちに戻ってこようとすると、人はみぃんな稲妻に打たれて死んじゃうんだよぉ? 敵が攻めて来たときには通せんぼして、味方が戻ってきたときだけ国境を開けろ、なんて都合のいいこと言われたって、さっちゃんにはそんな器用な真似はできないけどぉ?」
セイロスは通路を足早に歩きながら答えました。
「だから、不必要に国境を越えることがないよう、哨戒は不要と言い渡したのだ。国境の守りについて話さなかったのは、そこを越えて戻ることがないからだ。我々に退却の文字はない」
「へぇ、ひたすら前進して攻撃するだけってわけぇ? ずいぶん強気だけど大丈夫ぅ? ミコンもロムドもかなり強いのにさぁ」
「闇の娘がこちらをのぞいたのは昨夜のことだ。こちらの動向に気づいて守りを固めるには、絶対的に時間が足りない。こちらは俊足で名高い疾風部隊だ。連中が防衛の準備を整える前に、得意の機動力で一気に攻め込むのだ」
「はぁん。だから退却は作戦にないってわけかぁ。だけどさぁ、相手はミコンやロムドだよぉ? そぉんなにうまくいくかなぁ? ミコンはなんとか侵略できても、ロムドまで不意討ちするのは難しいんじゃなぁい?」
ランジュールは冷やかすように言い続けましたが、セイロスはもう答えようとはしませんでした。ただ、足早に歩き続けます。
と、彼の金茶色のマントが風に大きくひるがえりました。建物の外に出たのです。窪地に築かれた砦の上には青空が広がり、背後にはミコン山脈が壁のようにそびえています。
セイロスは山脈の向こうへ目を向けると、ふん、と小さく笑いを漏らしました――。