けれども、フルートたちが寺院の遺跡を飛び立った頃、セイロスは幽霊のランジュールを従えて、すでにシュイーゴの町の焼け跡に到着していました。空飛ぶ馬でいったんサータマン城に戻り、すぐにまた空を飛んでシュイーゴにやってきたのです。
セイロスは馬から下りると周囲を見渡しました。一面の焼け野原には家々の土台がすすけて残っているだけでした。草も木もすっかり焼けて何もなくなった場所を、風だけが吹き渡っていきます。
ランジュールは空飛ぶ馬を引っ込めると、セイロスに話しかけました。
「ねぇねぇ、さっきからずっと不思議だったんだけどさぁ。風のお兄さんはどうしちゃったのぉ? 今日は全然姿を見せないじゃないかぁ。まさか今もまだ美人さんといちゃいちゃしてるわけじゃないよねぇ?」
「ギーには任務を与えた。今は別の場所にいる」
とセイロスはそっけなく答えました。その目は相変わらず周囲を見回し続けています。
そこでランジュールもあたりを見回しました。すぐに首をかしげて言います。
「ここって前には町があったんだよねぇ? ミコンに一番近い町を焼き払うように、ってセイロスくんはサータマン王に言ってたけどさぁ。どぉして焼いちゃったわけ? 別にセイロスくんやサータマン王に抵抗してたわけじゃないのにさぁ」
「ここにミコン侵攻軍の前線基地を作る」
とセイロスは答えました。相変わらず、そっけないほどの口調です。
ランジュールは肩をすくめました。
「それはわかってるってぇ。ボクが聞きたかったのは、この町を焼いちゃった理由。基地にしたいんなら、町を焼いたりしちゃもったいないんじゃないのぉ? 基地には兵隊さんが寝泊まりする家が必要だし、食料や馬の餌だってたくさん必要なのにさぁ。全部燃やしちゃったおかげで、一から作ったり集めたりしなくちゃならないんだから、時間の無駄なんじゃないのぉ?」
すると、セイロスは、ふんと鼻で笑いました。
「珍しくまともなことを言うな、ランジュール。だが、庶民の町は守備が粗末で、基地としては実用に耐えん。綺麗に焼き払ってその上に一から作り上げたほうが、はるかに良いものができるのだ」
「理想の基地を作ろうっていうわけ? いかにもセイロスくんらしいねぇ。でも、早くしないと間に合わないんじゃないのぉ? 闇のお嬢ちゃんがこっちを盗み見てたんだろぉ? こっちがミコンを攻めるつもりなのはばれたんだろぉから、きっとロムドが動き出すよぉ?」
そう言って、ランジュールは伺うようにセイロスを見ました。何か始めるに違いない、と考えているのです。
ふふん、とセイロスはまた笑いました。
「ロムドよりこちらが早い。サータマン王の疾風部隊はすでにこちらへ向かっている。今日中に到着するだろう」
「あぁらら、今日中に? じゃぁ、疾風部隊の兵隊さんたちとここに基地を作るんだねぇ。森から木を切ってきて、柵を作って建物を造って――」
「そんな時間の無駄はせん」
とセイロスはさえぎりました。いぶかしそうなランジュールの前で兜を脱ぎ、長い黒髪を肩から背中へ流すと、周囲に向かって呼びかけます。
「ここは我が基地! 我が砦だ! 来い!」
とたんにセイロスの髪が、ざわっと動いて広がりました。
同時に地面が激しく揺れ出します。
セイロスの髪はすぐに広げた扇をたたむように下りてきましたが、大地の振動は収まりません。
と、黒焦げになった地面から、ぐん、といきなり岩が飛び出して来ました。岩に岩がはめ込まれるように重なり合い、四角い壁になっていきます。
その光景を見つめるセイロスの目は、いつの間にか血の色に変わっていました。町の焼け跡に次々に建物が生まれていきます――。
サータマン王自慢の疾風部隊は、数百頭の馬にまたがり、同じ数の替え馬を引き連れて、北に向かう街道を駆けていました。森の中を通る街道は上り坂になっていて、次第に傾斜が急になっていました。彼らはミコン山脈に向かって走っているのです。
大陸きっての高速部隊は、はるか西の彼方にあるサータマン城からここまで、わずか数日でやってきていました。先ほど、シュイーゴから戻ってきた先発隊と合流したので、隊長がその報告を聞いていました。もちろん馬を疾走させながらです。
「――というわけで、ご命令通り、町は跡形もなく焼き払いました。住民も一人残らず殺せとご命令でしたが、気配を察したのか、我々が到着したときには、町はすでにもぬけの殻になっておりました」
「住人は逃げたか。どうやってこの計画を知ったのだろう」
と隊長は不思議がりましたが、すぐにそのことは忘れてしまいました。田舎町の住人が軍隊を恐れて逃げ出したとしても、彼らの計画に支障はなかったからです。
隊長の考えは、すでに到着後の作戦に移っていました。まず町があった場所に前線基地の砦を築かなくてはなりません。その作業にどの部隊を当てるか。周囲の警戒や偵察にはどの部隊を出動させるか。物資の調達にはどの部隊を行かせるか。隊長の頭の中は、そんな具体的な計画でいっぱいになります。
すると、隊列の先頭のほうから声が聞こえてきました。
「見えました、隊長! 我々の砦です!」
馬鹿者、砦と言うのはまだ早い――隊長がそう叱ろうとしたとき、彼の馬が森の中から抜け出しました。部隊は小さな尾根を越えていたので、行く手の景色が開けます。
なだらかな下り坂になった先の窪地には、ミコン山脈の峰々を背景に、石造りの建物が何十と建ち並んでいました。周囲には石を高く積み上げた防壁がそびえ、その外側には鋭く尖らせた杭を打ち込んだ柵があります。それはまさしく砦でした。
「何故!? 町は我々が焼き払ったはずなのに――!?」
と先発隊の兵士が驚いて叫んでいました。隊長にもその理由はわかりません。驚きいぶかしみながら、砦に向かってさらに走ります。
すると、柵が切れたところに大きな門があり、その前に一人の人物が立っていました。紫に輝く水晶の鎧兜を身につけ、長い黒髪と金茶色のマントを風になびかせています。
部隊が停止すると、紫の鎧の男は言いました。
「来たな、疾風部隊。私がおまえたちの指揮官になるセイロスだ。これからは私の命令に従うのだ」
まだ年若いのに、王のような風格を漂わせています。
隊長は出撃前に城でセイロスに引き合わされていました。本物に間違いないと確信しますが、彼がこの場所にいることが信じられませんでした。自分たちは大陸最速の疾風部隊なのに、それよりも早く目的地に到着していたのです。セイロスとその後ろに築かれた砦に、密かに薄気味悪さを感じてしまいます。
セイロスはそんな隊長の心情には無頓着でした。マントをひるがえして背を向けると、疾風部隊全体へ言います。
「入れ。さっそく作戦会議を始めるぞ」
ぎぃぃ、と重い音を立てながら、黒い門が左右に開いていきました――。