セシルと合流したフルートたち一行は、風のような速さで西へ進んで、やがて目的地の近くまでやってきました。
「ワン、このあたりだったはずですよね」
「ああ。木が邪魔で見えねえが、確かにこのへんのはずだ」
とポチとゼンが言ったので、ポポロはさっそく魔法使いの目で周囲を見回し始めました。彼らが一年半前に訪れた遺跡を探します。
すると、急にルルがポチをつつきました。
「今、何か聞こえたわよ。よく聞こえなかったから下に降りましょう。」
風の犬は体の中で風が回り続けているので、ごうごうという音が常につきまとっていたのです。二匹が地上に降りて犬に戻ったとたん、風の音はぴたりとやんで、あたりがしんと静かになります。
特に何も聞こえてこないので、セシルが言いました。
「音など聞こえないぞ。気のせいではないのか?」
「違うわ、確かに聞こえたのよ!」
とルルが反論したとき、本当に行く手の森から甲高い音が聞こえてきました。音――いえ、獣の声です。キャーッと長く尾を引く鳴き声が森に響き渡ります。
とたんに銀鼠と灰鼠が拍子抜けした顔になりました。
「なんだ、ただの猿の鳴き声じゃないの」
「サータマンじゃ猿なんて全然珍しくないぞ」
ところがルルとポチは顔を見合わせました。
「ねえ、今の鳴き声……」
「うん、ゾの声だ! 間違いない!」
えぇっ!? とフルートたちは驚きました。ポポロが声のした方を透視して叫びます。
「あったわ、寺院の遺跡よ!」
一同はまた驚きました。
「ゾとヨがソルフ・トゥートの遺跡にいるのかい!? どうしてそうなんのさ!?」
とメールが言いますが、今は誰もそれに答えられません。
フルートは犬たちに言いました。
「変身してくれ! 行くぞ!」
「ワン!」
「わかったわ!」
二匹は急いで地面に伏せてまた風の犬になりました――。
ゾたちがいる場所はすぐわかりました。崩れた寺院の跡に行くと、兄弟を呼ぶゾの大声が聞こえてきたからです。
「ヨ! ヨ! しっかりするんだゾ、ヨ!!」
それと一緒にピィィ、ピィィという鋭い鳥の声も聞こえてきました。こちらはグーリーの鳴き声です。
フルートたちは太い柱のすぐそばに彼らを見つけると、空から舞い降りました。ゾとグーリーの前にヨが倒れているのを見たとたん、フルートは着地を待たずに地面に飛び降ります。
「ゾ、ヨ、グーリー!!」
ゾとグーリーは振り向きました。ゾがキャーッと叫んでフルートの肩に駆け上がります。
「大変だゾ! 助けてほしいゾ! ヨが柱の上から落ちたゾ! オレに登るなって言うから、オレも一緒に上から見たいって言って登っていったら、ヨが通り過ぎて行ったんだゾ! でも怪我は治ったんだゾ! オレたち、一生懸命呼んでるのに目を覚まさないんだゾ――!!!」
ゾはひどく興奮していて、話もかなり支離滅裂でした。フルートは意味がよくわからなくて目を丸くしてしました。
「柱から落ちたのか? 岩にぶつかって怪我をしたの? でも、怪我が治ったっていうのは……?」
一方、ゼンも地面に降りてヨに駆け寄っていました。仰向けに倒れたままぐったりしている小猿にかがみ込み、体に触れて言います。
「息はしてるし怪我はねえ。気絶してるだけか?」
すると、犬に戻ったポチが頭を振りました。
「ワン、ヨはゴブリンですよ。闇のものだから、怪我してもすぐ治っちゃうんです」
「それなのに目を覚まさないなんてどうしたのかしら」
とルルも心配します。
メールはヨの体を揺すぶってみました。
「ヨ、起きなよ、ヨ――」
けれども、小猿はぐったりしたまま目を開けません。
セシルはグーリーに尋ねました。
「いったい何があった? どうしておまえたちがこんなところにいたんだ?」
ピィ、ピィピィピィ……!
グーリーは地面の上で足踏みしながら、懸命に何かを話しました。ポチが耳を傾けて通訳しようとすると、それより早くセシルが言いました。
「シュイーゴに向かうつもりだったのに、迷ってここに来たのか。ヨがそこの柱に登っていて、急に上から落ちてきたんだな」
セシルは魔獣使いの力を持っているので、グーリーの話も理解できたのです。
「迷ってここに来た……!?」
と一同は驚きました。ここはソルフ・トゥート寺院だったかもしれない場所です。偶然にしてはできすぎている、と誰もが考えます。
すると、銀鼠と灰鼠が進み出てきました。
「ちょっとどいて。あたしたちがやってみるから」
「彼の正体は闇のゴブリンだから、金の石や光の魔法で起こすわけにはいかないだろう? その点、ぼくたちの魔法なら危険はないはずだ」
とヨの左右にかがみ込み、ナナカマドの杖をかざして言います。
「アーラーン、我らの願いをお聞き届けください」
「この小さなゴブリンを目覚めさせたまえ」
とたんに、ブン……とあたりの空気が振動しました。不思議な気配が漂います。
全員が固唾(かたず)を呑んで見守っていると、ヨが身動きをしました。やがて大きな目をぱっちりと開けます。
「ヨ!!」
一同は歓声を上げました。ゾが喜んでヨに飛びつきます。
「よかったゾ、よかったゾ! オレ、おまえがもう目を覚まさないんじゃないかと思って心配したんだゾ!」
ピュルル……グーリーも安堵の息のような声を洩らします。
ヨは体を起こしました。地面にお尻をついて座り込んだ格好で、きょろきょろと周囲を見回します。
「なんだ、自分がどうしたのかわかんねえのか?」
「あんたは柱の上から落っこちたんだってさ。もうどこも痛くないかい?」
とゼンとメールが話しかけますが、ヨは周囲を見回すだけです。
ゾが尋ねました。
「どうしたんだゾ? どうして何も言わないんだゾ?」
「まだ完全に目が覚めてないのかしら?」
「もう一度魔法を使ったほうがいいかな?」
と銀鼠と灰鼠の姉弟がまたかがみ込みます。
そのとたん、ヨが口を開きました。
「か――え――せ――かえ、せ――かえせ――!!」
それはヨの声とは思えないような、低い太い声でした。全員は驚いて思わず後ずさりましたが、ヨは繰り返し言い続けていました。
「かえせ――かえせ――!!!」
ゾは飛び跳ねました。
「ヨ! いったい何を言ってるんだゾ!?」
「かえせって、何を返せって言ってんのさ!?」
とメールも尋ねます。
それが聞こえたのか、ヨがまた言いました。
「返せ――わがはんみを返せ!!!」
「わがはんみ? なんだそりゃ?」
とゼンが聞き返しますが、それに対する答えはありません。
セシルが厳しい表情で進み出てきました。
「ヨは何かに操られているんだ。解き放つぞ――。ヨ、私の声が聞こえるな!? みんながここにいる! ここに戻ってこい!」
魔獣使いの力を持つ彼女の声は、魔獣たちに強力に作用しました。脇で聞いていたゾとグーリーが、引き寄せられるようにセシルのほうへ歩き出します。
ヨは動く代わりにキーッと叫び声を上げました。ばったりその場に倒れて、また動かなくなります。
「ヨ――!!!」
全員はヨに駆け寄りました。ゾが泣きながら飛びつきます。
「しっかりするんだゾ! 死んじゃダメなんだゾ! 目を開けるんだゾ!」
すると、本当にヨは目を開けました。大きな目玉をぐるりと回してから、ゾを見て言います。
「オレ、死んでないヨ。どうしてそんなに大騒ぎするんだヨ?」
ヨ!!! と全員はまた叫んでしまいました。
「良かったゾぉ……! ヨが元に戻ったゾぉぉ……!」
ゾはヨに飛びついておいおい泣き出しました。
「今度こそちゃんと目が覚めたのかい?」
「いったい何がどうなってるってんだ?」
メールとゼンが尋ねますが、ヨはきょとんとした顔をするだけです。
その様子を見ていたフルートが、かたわらへ目を移しました。そこにはヨが落ちた柱が蔓草におおわれて立っていました。フルートは目をこらすようにしてそれを見上げてから、銀鼠と灰鼠に言いました。
「この蔓草をお二人の魔法で払えますか?」
「草を焼き払えっていうの?」
「そりゃもちろんできるけど、なんのために?」
不思議がる姉弟にフルートは言い続けました。
「火は使わずに払ってください。確かめたいんです」
二人はますます不思議そうな顔をしましたが、とりあえず言われた通りに魔法を使いました。ナナカマドの杖をかざすと、ぶんとまた空気が振動して、みるみる蔓草が枯れ始めます。
茂っていた葉が枯れ落ちて、その下から柱全体が現れたとたん、勇者の一行と銀鼠と灰鼠は、あっと声をあげてしまいました。
白っぽい石でできた太い柱には、目を細めて楽しそうに笑う猿の顔が刻まれていたのでした――。