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第23巻「猿神グルの戦い」

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42.呼び声

 フルートたちが西に向かってまた出発した頃、問題の一行はやはりサータマンの森の中を進んでいました。背の高い木が柱のように立ち並ぶ間を、ゾとヨを乗せたグーリーが飛んでいきます。

 グーリーは先ほどからしきりに周囲を見回していましたが、やがて速度を落とし始めると、羽をたたんで太い木の枝に留まりました。背中には小猿たちを乗せたままです。

 ゾとヨは不思議に思って尋ねました。

「どうしたんだゾ、グーリー? どうして急に止まったんだゾ?」

「フルートたちが見つかったのかヨ?」

 すると、ピィとグーリーが鳴いたので、小猿たちは目を丸くしました。

「迷った? 本当かヨ?」

「フルートたちが行った町は、お日様の昇るほうにあるって、グーリーは言ったゾ。オレたちはそっちに飛んでいたはずだゾ」

 ピィピィピィ。

 グーリーに言われて、小猿たちは周囲を見回しました。

「お日様を探せって言うのかヨ?」

「今は朝だから、お日様はオレたちの前のほうにあるはずだゾ」

 ところが、木立の隙間から太陽を見ることはできませんでした。

「お日様は雲に隠れているのかヨ?」

 とヨが首をひねったとたん、さぁっとあたりが明るくなりました。彼らの背後の木の隙間から、太陽の光が射してきたからです。二匹はびっくりして飛び上がりました。

「お日様はオレたちの後ろにあるゾ!?」

「オレたち、反対のほうに飛んできちゃったのかヨ!?」

 ピィィ……とグーリーも困惑したように頭を振りました。鷹の姿をしていても、彼の正体はグリフィンです。周囲がよく見えない森の中であっても、方角を間違えるはずはなかったのですが、気がつけば、いつの間にか正反対の方角に飛んできていたのでした。

 

 ゾとヨは顔を見合わせました。

「オレたち、迷子なのか? どうしたらいいゾ?」

「このままじゃフルートたちと会えないヨ。引き返したほうがいいんだヨ」

 ピィピィ。グーリーもうなずきながら言いました。彼らは西へ飛んでしまって、サータマン国の内部深くまで入り込んでいました。西にはサータマンの首都もあるので、どう考えても、こちらへ飛んでくるのは危険だったのです。

 ところが、グーリーが今来た方角へ戻ろうとすると、ヨが急にその首をつかんで引っ張りました。

「待つんだヨ! 今、声が聞こえたヨ!」

「声? そんなものは聞こえなかったゾ」

 ピィ?

 ゾとグーリーは不思議がりましたが、ヨは興奮して飛び跳ねながら言いました。

「確かに今、声が聞こえたヨ! おぉいってオレたちを呼んでたんだヨ! もしかしたら、フルートたちがすぐ近くにいるかもしれないんだヨ!」

 そんなまさか、とゾとグーリーは考えましたが、ヨがあまり言い張るので確かめることにしました。

「わかったゾ。オレとヨでこの木のてっぺんに登ってみるんだゾ。森の上に出てみれば、フルートたちがいるかどうかわかるかもしれないゾ」

 グーリーは心配そうな様子になりましたが、大鷹の自分が森の上に出ては敵に見つかるかもしれないので、ここは小猿たちに任せることにしました。二匹が木の幹に取りついて、するするとよじ登っていくのを見送ります。

 

 ジャングルのように広がった森は、太陽の光を求めて高く伸び、木の先端に大量の枝葉をつけていました。上に出て眺めてみると、まるでもくもくとした緑色の雲が一面に広がっているように見えます。

 森とその上の空を見渡しながら、ゾが言いました。

「やっぱりフルートたちはいないゾ。ヨの聞き違いなんだゾ」

「違うヨ! 確かにオレたちを呼んでいたんだヨ! あっちのほうから聞こえてきたんだヨ!」

 とヨはさらに西の方角を指さしましたが、そこにはやはり緑の雲海が広がっているだけでした。ゾが横目でヨを見ます。

 ところが、その瞬間、ゾにも呼び声が聞こえてきました。おぉい、とも、よぉぉい、ともつかない声が、風に乗って西から響いてきます。

 ヨはゾに飛びつきました。

「やっぱり声がしたヨ! オレ、嘘は言ってないヨ!」

 ゾも目をまん丸にしました。一生懸命耳を澄ましますが、声は一度しただけで、すぐに聞こえなくなっていました。

「確かに聞こえたゾ……。だけど、あれはフルートたちの声じゃない気がするゾ。誰かがあっちでオレたちを呼んでるんだゾ」

「誰かって、誰だヨ?」

「わからないゾ。知りたかったら、あっちに行ってみるしかないゾ」

 二匹はまた顔を見合わせ、すぐにこっくりとうなずき合うと、グーリーが待つ枝へ大急ぎで降りていきました――。

 

 十分後、彼らは深い森の中に不思議な場所を発見しました。

 古い大きな建物の跡です。

 石造りの壁や天井はすっかり崩れ落ちて瓦礫の山になっていますが、壁の基礎の石積みはまだ残っていて、緑の苔におおわれていました。大木のように太い石柱も、本物の木と一緒に何本も立っています。森に埋もれてしまっていますが、かなり広大な建物だったようです。

 グーリーは瓦礫のてっぺんに舞い降りると、用心深く周囲を見回しました。森の中ではたくさん聞こえていた鳥のさえずりや獣の気配が、この場所ではまったくしなかったのです。あたりは重苦しい静けさに包まれています。

 ところがゾとヨは無造作にグーリーから飛び降りました。ピィ! とグーリーが警告するのを無視して、きょろきょろあたりを見回します。

「ここは昔のお城かヨ? ずいぶん古い感じがする場所だヨ」

「ここには誰もいないみたいだゾ。いったい誰がオレたちを呼んだんだゾ?」

「探してみよう。ゾはあっちを、オレはこっちを見てみるヨ」

 と瓦礫の山を右と左に駆け下りていきます。

 グーリーは全身の羽根を逆立てましたが、小猿たちが走っていっても特に何も起きないので、自分も舞い上がりました。建物跡を飛びながら見回り始めます。

 

 ヨは積み重なった岩の上によじ登ると、垂れ下がった蔓草に飛びついて隣の瓦礫の山へ飛び降り、片手を目の上に当てて周囲を見回しました。地面は一面岩でいっぱいで、その間には太い木がたくさん生えています。崩れかけた壁を木が突き抜けて上へ伸びている場所もあります。

 ヨは首をひねりました。

「ここはすごく古い場所みたいだヨ。人間が住んでいたら、こんなふうにはならないはずだヨ。それじゃあ、オレたちを呼んだのは誰だったんだヨ?」

 耳を澄ましますが、あの呼び声は聞こえてきません。

 そこへ反対側へ行ったはずのゾがやって来ました。ヨがいる瓦礫の山に駆け上がってくると、小さな両手を広げて言います。

「あっちには長い壁が残ってて越えられなかったゾ。グーリーが見に行ったから、オレはこっちに来たゾ」

「人間はいたかヨ?」

 とヨが尋ねると、ゾは首を振りました。

「どこにもいないゾ。壁の向こうにもいないような気がするゾ。あの声はやっぱり聞き間違いかも知れないゾ。風の音が人の声みたいに聞こえたのかもしれないゾ」

 そんなふうに言われて、ヨは瓦礫の上で地団駄(じだんだ)を踏みました。

「違うヨ、違うヨ! あれは確かに声だったヨ! こっちに来いって呼んでたんだから、誰かはいるんだヨ!」

「でも、ここに人はいないゾ」

 とゾが周囲を指さして見せます。

 ヨは怒ってまた飛び跳ねると、瓦礫の上から駆け下りていきました。岩の間を四つ足で走りながら言います。

「オレたちを呼んだのは誰だヨ!? オレたち、ちゃんと来たんだヨ! 呼んだのならちゃんと姿を見せるんだヨ!」

 けれども、やっぱり誰も現れません。

 

 ところが、太い木の横を通り抜けたとき、音を立てて岩が落ちてきました。ヨは飛んでよけると、びっくりして木を見上げました。そんな場所から石が落ちてくるのは不思議だと思ったのです。

 それは木ではなく、半ば崩れた石の柱でした。蔓草が全体に絡みついていますが、緑の葉の間から先端が白くのぞいています。そこが腰を下ろすのにちょうど良さそうに見えたので、ヨは考えました。

「あそこに上がればきっと周りがよく見えるヨ。そうすれば、俺たちを呼んだ人のことも見つけられるかもしれないヨ」

 そこでヨは石の柱に飛びつきました。蔓草につかまりながら、あっという間にてっぺんまで登っていってしまいます。

 後を追いかけてきたゾが、それを見つけて言いました。

「オレもそこに行くゾ! オレも高いところから見るんだゾ!」

 ヨは柱の上にちょこんとお尻を収めると、ゾへ言い返しました。

「ダメだヨ! ここはオレひとりでいっぱいなんだヨ! ゾは別の柱を探すんだヨ!」

「他の柱はみんな手がかりがなくて登りにくいゾ! オレもこの柱がいいんだゾ!」

 ゾは柱に飛びつきました。絡みついている蔓草をロープのようにたぐりながら、柱を登っていきます。

 すると、突然蔓草の葉が風もないのにいっせいに鳴り出しました。

 ザザザザザ……!!

 ゾが思わず蔓にしがみつくと、キーッという猿の悲鳴が響きました。柱のてっぺんにいたヨが真っ逆さまに落ちていって、ゾの横を通り過ぎます。

「ヨ!?」

 ゾは驚きました。

 柱の下には大小の岩が転がった地面が広がっていました。そこに落ちたヨが、岩にぶつかって大きく飛び跳ね、瓦礫の間で動かなくなってしまいます。

「ヨ! ヨ!!」

 ゾは叫び声を上げると、大慌てで柱から降りていきました――。

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