フルートたちは、夜が明けて森の中が薄明るくなってくると、すぐに西への旅を再開しました。目ざすは元祖グル教の総本山ソルフ・トゥートと思われる遺跡です。
森の上に出ると敵に見つかるかもしれないので、森の中を飛びながら、ルルとポチが話し合います。
「シュイーゴからあの寺院の遺跡までは、馬で一週間かかったわよね。私たちだとどのくらいで着くかしら?」
「ワン、森の中だからあまり速度を出せないんだけど、それでも今日の昼前には着けると思うな」
それを聞いて、背中の一行も話し出しました。
「ねえさぁ、あそこがソルフ・トゥートだとして、セイロスはどうやってグル神を操ることができたんだろうね? 神様として崇められてるんだから、力だってかなりあったんだと思うのにさ」
とメールが不思議がると、ゼンが言いました。
「セイロスの正体は闇の竜だぞ。悪神みたいな奴なんだから、他の神様を操るぐらい簡単なんだろう」
「え、それは違うと思うわ」
とポポロが身を乗り出してきました。
「神は多くの人から信仰されればされるほど、力も強くなるんだもの。これはユリスナイの話だけど、たぶんグル神も同じことだと思うの。サータマンの国民はみんなグルを信じているんでしょう? たしか、アクのいるテトの国もグルを信じていたはずよ。こんなに大勢から信仰されてる神様が簡単に操られるのは、不思議だと思うわ……」
すると、彼らのすぐ後ろを絨毯で飛んでいた姉弟が溜息をつきました。
「相変わらず連中のグルと元祖グルを一緒にするのね。でも、もういいことにするわ」
「シュイーゴの僧侶が言ってたみたいに、連中は元祖グルの教えの一部を都合良く使ってるだけなんだと思うことにしたよ。そんな信じ方をするから、グルの恩恵も少ないんだろうけどな」
しぶしぶとそんなことを言います。
やっとグルについて話がしやすくなったので、フルートは喜びました。さっそく考えていたことを話し出します。
「たぶん、セイロスには光の神以外の神を支配する力があるんだよ。ユラサイ国に行ったときに、トウテツやトウコツ、渾沌(こんとん)なんていう怪物と戦ったけど、連中は昔はユラサイで神として崇められていた。それが二千年前の光と闇の戦いの影響で、悪神に変わってしまったんだ。グルも同じように闇の影響でおかしくなったんじゃないかと思うんだよ」
すると、ポチが飛びながら首をかしげました。
「ワン、それってひっくり返すと、光の神だけが闇の影響を受けないってことになりませんか? セイロスの正体はデビルドラゴンだし、デビルドラゴンは闇の権化だ。他の神々は闇に対抗する力がなくて、光の神だけが闇に抵抗できるってことなんだと思うんだけど」
そんなやりとりに、銀鼠は肩をすくめました。
「ほぉんと、君たちって嫌になるくらい生意気で利口ね! でも、それは確かにその通りだと思うわよ。あたしたちが使う元祖グルの魔法には、闇の魔法を防ぐ力はまったくないんだもの。グル神だってきっと同じことなんだと思うわ」
ふぅむ、と全員は考え込んでしまいました。
メールがまた尋ねます。
「そういや、どうして光の魔法だけは闇の魔法を防げるわけ? 当然だと思ってきたけど、改めて考えると不思議だよね」
「それが理(ことわり)だからよ」
とルルが答えたので、ゼンが、げっと声をあげました。彼は抽象的な「理」というものを考えるのが大の苦手です。
ポポロはもう少し丁寧に説明をしました。
「光と闇は同質で正反対なものだからよ……。ほら、みんなも知っているでしょう? 光の魔法使いである天空の民から闇の民が生まれてきてしまったいきさつ。光の魔法と闇の魔法は元々同じものだったのよ。ただ、向かう方向というか、働く方向が正反対だから、ぶつかり合ったときに互いの力を相殺(そうさい)してしまうの。それが相手の魔法を『防ぐ』ってことよ。異体系の魔法だとその相殺が起きないから、魔法を防ぐことができないの」
「ちゃんと魔法にも理由や仕組みがあるってことだな。そのあたりを考えたら、操られているグル神を正気に返すことができないだろうか――」
とフルートはまた考え始めます。
そのときです。
彼らが飛ぶ森の中に、いきなり大きな音が響き渡りました。
ウィィィィィ……
一行は思わず飛び上がり、ポチとルルは急停止しました。
「今の――!」
「アーラーンの声!?」
と銀鼠と灰鼠のほうを振り向きます。
姉弟は空飛ぶ絨毯の上で目を見張って空中を見ていました。少しの間、聞き耳を立てるような様子をしてから言います。
「アーラーンが話しかけてきてるわ」
「こっちに何かが向かってくると言ってるんだ」
こっちに!? と一行は顔色を変えました。彼らの姿は金の石の力と姉弟の魔法で隠されているので、森の中を風が吹いているように見えるはずでしたが、それでもセイロスに見つかってしまったんだろうか、と考えます。
すると、行く手の森の奥からザザザザと木の葉の鳴る音が聞こえてきました。風にしては不自然な音です。たちまちこちらに近づいてきます。
フルートは即座に背中の剣へ手を伸ばしました。ゼンも百発百中の弓矢を構え、メールは花でできた風の犬を呼び寄せ、元祖グル教の姉弟もナナカマドの杖を握ります。
音と気配は迷うことなくこちらへ迫ってきました。フルートが炎の剣を高くかざし、ゼンが矢をつがえて引き絞ります――。
ところが、遠い目をしていたポポロが言いました。
「待って、みんな! あれは違うわ!」
すると、行く手からも声がしました。
「その声! そこにいるのはポポロなのか――!?」
それは若い女性の声でした。しかもフルートたちがよく知っている声です。彼らはいっせいに叫びました。
「セシル!!?」
はたして行く手から現れたのは大狐に乗ったセシルでした。木立の間を縫うように走ってきて、一同の前に立ち止まります。
フルートたちがあっけにとられていると、セシルのほうも驚いた顔で言いました。
「こんなところで何をしていたんだ!? シュイーゴの町にいたはずじゃなかったのか!?」
「それはこちらの質問です、妃殿下! ロムド城にいるはずの方が、何故サータマンなどにいらっしゃるんですか!?」
と銀鼠が聞き返しました。セシルはまだオリバンと結婚式を挙げていないので、正確にはまだ妃(きさき)ではないのですが、ロムド城の人間の多くは、彼女をもう妃殿下と呼んでいます。
セシルは答えました。
「ゾとヨとグーリーがサータマンに入り込んでしまったので、それを連れ戻しに来た。東へ向かえば出会えるのではないかと思っていたんだが、妙な音がすると管狐が言うので確認に来たんだ」
「ああ、それってアーラーンの声だよ。銀鼠と灰鼠の守護神のさ」
「ゾとヨとグーリーがサータマンに来ているんですか!?」
「なんで、んなことしやがるんだ! セイロスに見つかったらやばいだろうが!」
「ワン、ゾたちは何をしに来たんですか?」
「こっちのほうにいるの? でも、あたしたち途中で出会わなかったわよ」
勇者の一行がいっせいに口を開いたので、森の中はたちまち賑やかになってしまいます。
セシルは思わず苦笑しました。
「順を追って話すから、ちょっと降りることにしよう」
と管狐の背中から滑り降ります。
フルートたちもそれに異論はなかったので、風の犬と空飛ぶ絨毯はふわりと地上へ降りていきました。