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第23巻「猿神グルの戦い」

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38.捜索・1

 夜明けの迫る山岳地帯を、灰色の大狐が飛ぶように駆けていました。五匹の小狐が合体した管狐で、背中には白い鎧兜を身につけたセシルが乗っています。

 セシルは明るくなってきた景色を見渡していました。ロムド城がある王都ディーラを深夜に出発して、南西へひた走り、すでにここはミコン山脈です。狐は夜でも目が見えるので、険しい岩山を飛び跳ねながら登り、尾根を越えて下り道に差しかかっていました。眼下に大きな森が広がっていますが、山陰に当たる場所なので、まだ夜のような暗がりに包まれています。

「あの付近からサータマン領だ」

 とセシルはつぶやきました。セイロスが潜んでいるはずの国ですが、目をこらしても怪しい変化は見当たりません。

 セシルは、ぽんと大狐の首をたたきました。

「もうすぐ国境に着く。アリアンたちが言うには、国境には石の柱が立っているそうだが、あまり大きなものではないらしい。近づいたら気をつけてくれ」

 ケーン。

 大狐は返事をしました。セシルの言うことはなんでも理解できる管狐です。

 

 やがて一人と一匹は深い森の中に入り込みました。明るかった景色がまた暗くなって見通せなくなりますが、管狐は相変わらず飛ぶように走り続けます。

 と、狐はぴたりと立ち止まりました。森の中でそれ以上一歩も進もうとしなくなります。その目の前の草むらに石の柱を見つけて、セシルは管狐から降りました。

「これが国境の目印か。普通に通っていたのでは、まず気づかないな。よく見つけた、管狐」

 セシルに誉められて大狐が得意そうに尻尾を振ります。

 そんな狐へセシルは話し続けました。

「この国境は人間には越えることができないらしい。私が一緒に行けるのはここまでだ。いいか、管狐。ここから先はおまえだけで行って、ゾとヨとグーリーを探し出してくれ。彼らはこのあたりからサータマン領に入り込んだというから、なんとか形跡を探して彼らを見つけるんだ。私はおまえが戻るまで、ずっとここで待っている」

 それを聞いて狐は大きな頭をかしげました。クーンと犬のような声を出します。

 セシルは笑みを返しました。

「私のことならば心配はいらない。携帯食料はあるし、野宿にも慣れている。私は軍人だからな」

 ところが大狐は疑わしそうな様子のままでした。また質問するように鳴きます。

「大丈夫だ。確かにサータマン領には近いが、ここはミコン山脈だからな。ミコンの聖なる力が国境まで続いているから、闇の怪物はまず現れないはずだ。サータマンから敵が現れてもこの国境を越えてくることはないだろうし、森の獣が出てきたときにはこれがある」

 と彼女は腰のレイピアに触れてみせました。切っ先は鋭いのですが、熊や猪と戦うにはあまりに華奢な武器です。

 管狐があきれたような表情を浮かべたので、彼女は強い口調になりました。

「大丈夫だと言っている――。さあ、早く行くんだ。ゾやヨやグーリーを頼むぞ」

 ぽんと狐の体を押しますが、管狐は動き出しませんでした。まだセシルを見つめ続けています。

 セシルは焦れてきました。

「急げ。夜が明けてしまったら人目につきやすくなる。その前に国境を越えてサータマン領に入り込むんだ」

 それでもやっぱり狐は動きません。

 管狐! とセシルがとうとう声を荒げると、狐はガウッとほえました。いきなり巨大な口を開けると、たじろいだセシルに襲いかかります。

 ばくり。

 歯が噛み合う音と共に、セシルは管狐の口の中に消えてしまいました。ごくりと呑み込む音が続きます――。

 

 セシルをひと呑みにした管狐は、頭を上げて国境の向こうを眺めました。助走もつけずに宙に舞い上がり、国境の石柱をひらりと飛び越えます。そこはもうサータマン領ですが、侵入者を打ちのめす稲妻は現れません。

 管狐はさらに先へ走り、国境から数百メートル進んだところで立ち止まりました。周囲を見回し、森の中に敵が潜んでいないことを確認すると、突然ぽんとはじけてしまいます。大狐が五匹の小狐に変わったのです。その中央に白い鎧兜姿のセシルが座り込んでいました。

 小狐たちは、呆然としているセシルに、キュウキュウ鳴きながら体をすり寄せました。彼女も我に返ると苦笑いをして言います。

「魔法に捕まらないように、私を腹に収めて国境を越えたのか。こんな方法があったなんて……。ありがとう、管狐。おかげで私までサータマンに入り込めた」

 クンクンクン。小狐たちは小犬のように鼻を鳴らして、いっそう甘えます。

 

 セシルは立ち上がると、あたりを見回しました。見上げるような木がぎっしりと生え、濃い緑の蔓草や下草がいたるところをおおう深い森の中です。すでに夜は明けたようでしたが、森の中はまだ薄暗いままです。

「グーリーたちがどこにいるかわかるか?」

 とセシルが管狐に尋ねると、小狐たちはいっせいに頭を振りました。わからない、と言うのです。彼女も少々困惑しました。

「敵国の中を当てもなく探し回るわけにはいかないな。セイロスやサータマン王に気づかれたら、とんでもないことになる――」

 そのまましばらく考え込み、やがてうなずいてまた話し出します。

「グーリーたちはフルートたちの後を追ってサータマンに侵入したんだ。ということは、フルートたちを探せばグーリーたちと合流できる可能性は高い。フルートたちが向かった町の名はなんと言っただろう? 確か……そう、シュイーゴだ。神の都ミコンからサータマン側へ下る道の先にあると言っていた。ここはミコンの都よりずっと西に当たる場所だから、シュイーゴのある道はもっと東だ」

 セシルはメイでは女騎士団を率いてきた隊長です。素早くそれだけの判断をすると、小狐たちに言いました。

「東へ向かうぞ。行き先はシュイーゴだ」

 ケーン。

 小狐たちは一声上げてまた大狐になると、セシルを乗せて森の中を駆け出しました。生い茂る草や木をの間を、すいすいと飛ぶように駆け抜けていきます。

 やがて、木立の間から日の光が洩れてくるようになりました。朝日が山の陰から姿を現したのです。暗かった森の中に光と影の縞模様が生まれて、朝霧をにじませます。

 朝の光が射してくる方角へ、管狐とセシルは走り続けました――。

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