深夜に突然起きた大爆発に、ロムド城では誰もが目を覚ましました。城が崩壊するのではないかと思うほど激しく揺れたのですが、発生場所がわからなくて右往左往します。
そんな中、城を守る魔法使いたちはいち早く現場に駆けつけました。
白の魔法使いが魔法軍団に命じます。
「大元はキースとアリアンの部屋だ! 周囲を囲んで人を近づけるな! 見張りは何があったか報告しろ!」
たちまち見張りの魔法使いが飛んできました。
「爆発の直前にいきなり巨大な闇魔法が発動して、城の守りの魔法と接触したんです! キース殿の魔法が暴走したのかもしれません!」
すると深緑の魔法使いが頭を振りました。
「それはありえんわい。キースはいつも細心の注意を払って魔法を使っとるからの。今回はサータマンを偵察するために、特に守りを固めて透視をしておった。ひょっとするとセイロスに気づかれたのかもしれん」
女神官は厳しい表情になりました。
「では、これはセイロスのしわざか――。二人に何かあったかもしれない。助けに行くぞ、深緑!」
「ほい、無論じゃ」
老人が長い樫の杖をかざすと、あたりをおおっていた白い煙がみるみる消えていきました。代わりに、無残に潰れた部屋が現れます。崩れ落ちた石壁や天井が瓦礫(がれき)の山になっていますが、それにしては意外なほど小さな被害でした。崩れているのはキースとアリアンの部屋だけで、周囲の部屋も真上の階も奇跡的に巻き込まれずにいたのです。
「ワ、ゲダ」
と赤の魔法使いが猫の目を光らせて言うと、深緑もうなずきました。
「キースはうまいこと魔法を組み合わせておったようじゃな。何事かあれば、城の守りの魔法がすぐに部屋を包むようにしたようじゃ。おかげで内部で光と闇が反応して大爆発を起こしたが、外には被害が及ばなかったんじゃな」
「だが、それではキースたちはただではすまない。彼らはどこだ?」
女神官が心配しながら見渡していると、瓦礫が積み重なった奥で、がらりと音がして、石や煉瓦が崩れ落ちてきました。中から大きな黒い翼が現れます――。
キース! と魔法使いたちは歓声をあげ、すぐに息を呑みました。瓦礫の中から現れた翼は途中で折れ、破れたマントのようにぼろぼろになっていたのです。続いてキース自身も出てきますが、体のあちこちにひどい火傷を負っていました。端正な顔も左の耳から顎にかけて赤くただれています。
「大丈夫か!?」
白の魔法使いたちが駆け寄ると、キースは前に回していた両腕を開きました。その中から青いマントにくるまれたアリアンが現れます。キースは全身傷だらけですが、彼女のほうはほとんど傷を負っていませんでした。顔を上げ、キースの姿を見たとたんに悲鳴を上げます。
「大丈夫だよ。これくらいの傷は慣れてるし、すぐに治せるから」
とキースは落ち着かせるように言うと、まずアリアンの上に手をかざしました。彼女の足から傷が消えていきます。長いマントに包まれ、さらにキースの体と翼で守られていたアリアンですが、むき出しになっていた足首に火傷を負ってしまっていたのです。
「本当に大丈夫かね、キース。爆発したときの光で焼かれたんじゃろう? 闇の民には光は猛毒と同じじゃからな」
と深緑が心配すると、キースは肩をすくめました。
「ぼくは半分人間だから、純粋な闇の民より光にはずっと強いんだよ。ほら」
言ったそばからキースの全身が白い光に包まれ、火傷の痕が消えていきました。ぼろぼろだった服も白一色の聖騎士団の制服に変わり、翼や角は消えていきます。
四大魔法使いは、ほっとしました。女神官が改めて周囲を見回して尋ねます。
「これはセイロスのしわざだな? 奴に捕まらなくて良かった」
キースはまた肩をすくめ返しました。
「いや、実はかなり危なかったんだ。見つかったらきっと捕まえにくると思ったから、罠を仕込んでおいたんだよ。壁が崩れて光の魔法を部屋に呼び込めるようにね。ただ、思っていた以上に爆発が大きかった。城全体が吹き飛んだりしなくて良かったよ」
恐ろしいことをさらりと言うキースに、魔法使いたちは思わず苦笑いをしました。
「こちらがこれだけ焼かれたのなら、セイロスのほうでもかなりの痛手を受けたかもしれんの」
と深緑の魔法使いが顎ひげをしごきながら言います。
すると、魔法軍団が張った障壁の外から、若い男女の声が聞こえてきました。
「いったい何事だ!? この先で何が起きた!?」
「ここを通せ! キースやアリアンは無事なのか!?」
「オリバンとセシルだ。魔法軍団ともめてるみたいだな」
とキースが言うと、白の魔法使いはすぐに声のほうへ歩き出しました。
「陛下や宰相殿も心配して集まっておいでだ。説明をしなくては。深緑と赤はここを直しておいてくれ」
「ほい、それも承知じゃ。セイロスがどこかに闇の目を隠していたら大変じゃからな。ぬかりなく修理するぞ、赤」
「ル」
当然のことを言うな、というように赤の魔法使いが返事をします――。
白の魔法使いが障壁の外に出ていくと、そこにはオリバン、セシル、ロムド王、リーンズ宰相、ユギルの五人が顔を揃えていました。皆、突然の大振動に飛び起きてきたのです。キースとアリアンが続いて外に出ていくと、ユギルが深々と頭を下げて言いました。
「このような事態が起きるまで気づかずにいて、申しわけございませんでした。ミコンやサータマンの方面へ占いの目を向けておりましたので、肝心の城内への見張りが手薄になっておりました。お許しください」
いやいや、とキースは慌てて手を振りました。
「ぼくたちのほうこそ謝らなくちゃいけないんだ。まさかこんなに反動があるとは思わなかったから……。ただ、セイロスがサータマンにいることだけははっきりした。サータマンに侵入したとたん、ぼくたちを見つけて手を伸ばしてきたからな」
「ということは、サータマンを透視することができたのか。どうやったのだ?」
とオリバンが尋ねると、アリアンがうつむきがちに答えました。
「ゾとヨとグーリーが国境を越えてサータマンに入り込んだんです。そのおかげで道ができて、私もサータマンに入ることができたんですが……」
「ゾとヨがサータマンに行っただと!?」
「しかもグーリーまで!? どうして!?」
オリバンとセシルが驚くと、アリアンはますますうつむきました。
「たぶん、フルートたちの後を追っていったんだと思います……」
「自分たちでサータマンを調べに行ったんだ。勝手なことをして本当に申し訳ない」
とキースはゾやヨたちに代わって謝罪します。
一同は顔を見合わせてしまいました。
「まずいことになりました。サータマン国に入られたのでは、我々魔法軍団にも連れ戻しに行けません」
「だが、サータマンにはセイロスがいる。このまま放置しておけば、彼らがセイロスに見つかるかもしれぬ」
と白の魔法使いとロムド王は話し合いました。
「ゾとヨはともかく、グーリーが敵に捕まってしまったらまずい状況になります。グリフィンになったグーリーの戦闘力は、相当なものですから、操られて敵に回ったら大変なことになるでしょう」
とリーンズ宰相も気がかりそうに言います。
すると、セシルがオリバンを見上げて言いました。
「頼みがある。しばらくの間、私をあなたの副官役から開放してくれないだろうか?」
「何をするつもりだ?」
オリバンがいぶかしむと、男装の美姫はサータマンの方角へ目を向けて言いました。
「私が行って、グーリーたちを連れ戻してくる」
これにはその場の全員が仰天しました。オリバン、ロムド王、宰相が口々に止め、キースも真剣な顔で言いました。
「それは無理なんだよ。サータマンの国境には、侵入者を打ち殺す稲妻の魔法がかけられている。サータマンに入り込むことはできないんだよ」
「だが、グーリーたちは入り込んだのだろう? フルートたちだって無事にサータマンに侵入したはずだ」
とセシルが反論すると、白の魔法使いが言いました。
「ミコンにいる青からの報告によると、サータマンの国境にかけられている魔法は、国境を越えて侵入した人を襲うようになっているらしいのです。グーリーたちは人ではないので何事もなく入れたのでしょうが、セシル様はそういうわけにはいきません。金の石に守られている勇者殿たちと同じようにもいかないでしょう」
セシルは唇を尖らせると、少し考えてから、また言いました。
「そういうことであれば、管狐(くだぎつね)に任せよう。国境までは私も一緒に行って、そこから先は管狐に行かせることにする。それならばいいだろう?」
うぅむ……と全員はまた考え込んでしまいました。確かに、管狐ならば人ではないので、サータマンにも入り込めるはずでしたが、どうも不安はぬぐえません。
ロムド王は迷いながらユギルを振り向きました。
「どうなのだ? セシルの作戦はうまくいくのであろうか?」
占者の青年は、青と金の瞳をじっと彼女に向けると、やがて厳かな声で言いました。
「美しき金葉樹が、狐殿と共にかの国へ向かう様子が見えます。かの国は闇に隠されているので、その先で狐殿が何をなすのか見通すことはかないませんが、少なくとも、セシル様がなさろうとしていることは正しい道筋と存じます」
それを聞いてオリバンは声を張り上げました。
「いくら国境付近までと言っても、サータマンは目と鼻の先だ! そんな危険な場所に、あなただけで行かせるわけにはいかん! 私も一緒に行くぞ!」
すると、セシルは首を振りました。
「それはだめだ、オリバン。あなたは光の同盟軍を指揮する総指揮官なのだから。ここを離れることは許されない」
オリバンは苦虫をかみつぶしたような顔になりました。
「フルートたちの気持ちがよくわかった。総指揮官というのは実にじれったい役どころだぞ」
「うぅん、本当にごめんよ」
とキースがまた謝り、アリアンも申し訳なさそうに頭を下げます。
セシルだけが晴ればれとした表情になると、腰のベルトに揺れる銀の筒に呼びかけました。
「出てこい、管狐! サータマンへグーリーたちを連れ戻しに行くぞ!」
ケーン!
鋭い鳴き声が響いて、笛のような筒の中から五匹の小狐が飛び出してきました――。