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第23巻「猿神グルの戦い」

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35.心配

 場所は変わって、ここはロムド城――。

 

 時刻は深夜に近づいていましたが、臨時の作戦本部になった一室に、オリバンとセシルとキースが集まっていました。

「というわけで、アリアンにもサータマンの様子がまったく透視できないんだよ。光でも闇でもない力がサータマン国を取り囲んでいて、それに邪魔されて中をのぞくことができないんだ」

 とキースが話します。白い服を着て腰に剣を下げていますが、いつもの青いマントははおっていません。そんな姿はいかにも聖騎士らしく見えていて、誰の目にも闇の国の王子とは映りません。

 オリバンは城内でもいぶし銀の鎧を着ていました。うぅむ、とうなって、籠手(こて)をつけた腕を組みます。

「アリアンの力でもまったく見えんのか。サータマンめ。光でも闇でもない力を使うとは、いったいどんな手段をとっているのだ」

 すると、セシルが言いました。

「サータマンはグル教を信仰している国だ。グルの魔法は光にも闇にも属してはいない。ただ、それだけに力は非常に弱くて、たいてい気休め程度の効果しかないんだが、セイロスが力を与えて強力にしたのではないだろうか?」

 セシルはメイ国の王女ですが、軍人としてサータマン国と何度も戦ってきた経験があるので、他の二人よりサータマンをよく知っていました。そんな彼女が身につけているのは白い鎧とレイピアです。白い兜はオリバンの兜と一緒にテーブルの上に置いてあります。

「グル教の魔法は力が弱い? だが、我が国の魔法軍団にはグルの魔法使いたちがいるぞ。彼らは強力な魔法使いだ」

 とオリバンが不思議がったので、セシルは説明を続けました。

「グル教には二つの流れがあるんだ。サータマンで国教に定められているグル教は新派で、二百年ほど前まで主流だったグル教から別れ出たものだ。本来のグル教の魔法使いは非常に力が強くて、神の力を自分の身に下ろして戦うらしい。彼らは自分たちの宗派を元祖グル教と呼んで、今のグル教とは別物だと言っているんだ」

「ああ、そういえば、フルートたちに同行した二人が、そんなことを言っていたな……。だが、今のサータマンと対立している宗派だとしたら、元祖グル教の魔法使いがサータマン王に加勢したとは考えにくい。やはり、グルの魔法に力を貸したのはセイロスか」

 オリバンが考え込んでしまうと、キースがまた言いました。

「アリアンも同じ考えでいるよ。しかも、セイロスが力を貸しているなら、闇魔法も使っているということだから、どこかに闇の穴があるかもしれない、と言って、ずっとそれを探し続けているんだ」

「ずっと? だが、夜は休んでいるんだろう?」

 とセシルが聞き返すと、キースは肩をすくめました。端正な顔立ちですが、そんなしぐさはひょうきんです。

「夜も休まないでだよ。闇の穴さえ見つかれば、そこからサータマンの様子が見えるはずなんだって言って、ずっと鏡を見続けている。実際、今日の日中に国境付近に闇の力が広がったんだが、彼女が気づいて引き返したときには、もう元に戻ってしまっていたんだ。今はもう一度同じことが起きるのを期待して、国境付近に穴を探し回っているよ」

「大変な集中力と持続力だな」

 とセシルが驚くと、オリバンが言いました。

「ユギルもそうだ。集中して占うときには、何日も眠らずに占盤をのぞき続ける。飲み食いさえほとんどしないのだ。占いとは体力のいることだ、と思っていたが、透視も同様なのだな」

「ぼくにはとてもできないことだよ」

 とキースはまた肩をすくめます。

 

 時刻は真夜中を過ぎようとしていました。

 城の礼拝堂で日付が変わる鐘が鳴り出したのを聞いて、キースは椅子から立ち上がりました。

「もうこんな時間か。そろそろアリアンのところに帰ってやらなくちゃ」

「透視している彼女を、あなたがずっと見守っているんだろう? 体は大丈夫なのか?」

 とセシルが心配すると、キースは笑顔になりました。

「それは大丈夫だよ。なにしろ、彼女もぼくも闇の民の血を引いているからね。体力には自信があるのさ」

 以前のキースなら皮肉や自嘲を込めて言うはずの台詞でしたが、今は屈託もなく語っています。

 オリバンはうなずきました。

「よろしく頼む。敵の様子や動きがわからなければ、我々も身動きがとれんからな。それと、フルートたちについて何かわかったら、ぜひ知らせてくれ。サータマンに潜入したらしい、とミコンにいる青の魔法使いから知らせはあったのだが、彼ら自身からはまったく連絡がないのだ」

「オリバン、彼らは敵地に潜入しているんだぞ。うかつに連絡なんて取れるはずがないだろう」

 とセシルがあきれると、ロムドの皇太子は真面目な顔つきになりました。

「気になるものは気になるのだ。それに、シュイーゴという町の確認に行っただけにしては、時間がかかりすぎている。サータマンの内部まで潜入しているのかもしれん」

「確かに彼らならやりかねないな」

 とキースは同感すると、出口に向かいました。

「アリアンがフルートたちを見つけたら、すぐに知らせるよ。いくら彼らでも、自分たちだけでサータマン城に乗り込むような馬鹿な真似はしないと思うけどね。それじゃ」

 扉が閉まる音と共に、キースは作戦本部を出ていきました。

 

 後に残されたセシルは、オリバンに声をかけました。

「そんなに心配しなくても大丈夫だろう。彼らだって金の石の勇者の一行だ。敵地にいたって、きっとうまいことやってのけるはずだ。彼らを信用しよう」

 ことばづかいは男のようでも、女性らしい細やかな気配りができるセシルです。婚約者が、総司令官の代理という大役に加えて、勇者の一行の安否まで気にかけているので、安心させるようにそんなことを言います。

 すると、オリバンは大真面目で答えました。

「しっかりしているように見えても、彼らはまだ十六かそこらの年齢なのだ。精神的に動揺することも、充分な見通しを立てられなくて行動を誤ることもあるだろう。せめてユギルが彼らの動向を把握していれば安心もできるのだが、ユギルも闇の壁に阻まれてサータマンを占うことができなくなっている。何も見えない敵地に彼らがいるのだから、心配するのは当然のことだ」

 それを聞いてセシルはうなずきました。オリバンの言う通り、心配するなと言うほうが無理な状況だと納得したのです。無理に安心させる代わりに、こう言います。

「黒茶を淹れよう。蜜酒も少し多めに入れるから、それを飲む間だけは、ちょっと心配事を忘れるといい」

 それを聞いて、オリバンは微笑しました。婚約者の心遣いにようやく気がついたのです。

「ありがとう。いただくとしよう」

 と言ったオリバンに、セシルも優しい笑顔を返します――。

 

 

 ところが、そんな作戦本部でのやりとりを、部屋の外の通路でゾとヨが聞いていました。ずっとドアに耳を押し当てて盗み聞きしていたのですが、キースが部屋から出てきたのであわてて隠れ、姿が見えなくなってからまたドアに戻ってきたのです。

 真夜中の通路に人影はありませんでした。見張りの兵士は本部前の通路の両端に立っていて、本部に人が近づかないようにしていますが、本部の入り口前の小猿には気づいていません。

 二匹はこそこそと何かを話し合うと、連れだって本部の前から離れました。見張りの目を盗んで足元を駆け抜けると、階段を上って踊り場に出ます。そこには鷹のグーリーが待っていました。小猿たちを見ると、ピィ、と尋ねるように鳴きます。

 ゾとヨは口々に話し始めました。

「ダメだったゾ。キースが部屋から出てきたから後を追いかけてここまで来たけど、キースはまた部屋に戻っちゃったゾ」

「アリアンは全然出てこなかったヨ。今も部屋の中で鏡を見てるって、キースが話していたヨ」

 ピィピィ、とグーリーがまた鳴きました。諭すような声でしたが、小猿たちは飛び跳ねて反論しました。

「ただ待つだけなんて嫌だゾ! オレたちだって何かみんなの役に立ちたいんだゾ!」

「そうだヨ! それにこの事件が終わらないと、アリアンもキースも部屋から出てこないヨ! 一緒に夕食を食べて甘い氷菓子も食べる約束だったのに、このままじゃずっと氷菓子がもらえないんだヨ!」

 ピィ? とグーリーが疑わしげに首をかしげたので、小猿たちは急にあわて始めました。

「ちちち、違うゾ! おおお、オレたち、氷菓子が欲しいから心配してるんじゃないゾ!」

「ほほほ、ホントは少しだけ氷菓子も気になってるヨ! だだだ、だけど、事件も心配なんだヨ!」

「お、オリバンはフルートたちのことも心配してたゾ」

「そ、そうだヨ。サータマンの国に行ったまま連絡がない、って言って気にしてたんだヨ」

 グーリーはまた考え込むように首をかしげました。その正体は闇の国の巨大なグリフィンですが、今は黒い羽の鷹の姿になっています。

 

 ゾとヨは顔を見合わせて話し始めました。

「オレ、フルートたちを探しにサータマンに行くのがいいと思うんだゾ。ヨはどう思うゾ?」

「オレも今そう考えていたヨ。みんな役目があって忙しそうだから、オレたちがサータマンに行ってフルートたちの様子を見てくれば、みんな安心すると思うんだヨ」

 ばさばさ、とグーリーは翼を打ち合わせて声をあげました。そんなことはとんでもない! と反対したのです。

 ところが、小猿たちは鷹へ身を乗り出しました。

「グーリー、オレたちをサータマンまで乗せてってほしいゾ」

「そうだヨ。グーリーなら飛ぶのが速いから、あっという間に飛んでいって、すぐに帰ってこれるんだヨ」

 グーリーはさらに翼を鳴らして反対を続けましたが、ゾとヨの決心は変わりませんでした。

「大丈夫だゾ。フルートたちの様子を確かめたら、すぐにまた戻ってくるゾ。危ないことはしないゾ」

「オレたちはどこにでもいる、つまらないゴブリンだヨ。猿だってどこにでもいる動物だヨ。見つかって捕まったりはしないヨ」

「オレたちはアリアンたちの手助けをしたいんだゾ」

「そうだヨ。オレたちだけ何もしないで待ってるなんて、イヤなんだヨ」

 二匹に代わるがわるそんなことを言われて、グーリーもついに反対できなくなってしまいました。正直なことを言えば、グーリー自身も、この状況でただ待っているだけというのはつらかったのです。ピィ! と鋭く鳴くと、くるりと背を向けて翼を広げます。

「ありがとうだゾ、グーリー!」

「これでサータマンまでひとっ飛びだヨ!」

 小猿たちは歓声を上げると、鷹の背中に飛び乗ってしっかりとしがみつきました。

 ピィィィ……!

 黒い鷹は翼をいっぱいに広げて羽ばたきました。床から舞い上がると、踊り場の上のほうに開いていた窓から外へ飛び出していきます。

 真夜中の空には、折しも東の地平から半月が昇ってきたところでした。雲に隠れがちな月の光は弱く、二匹の子猿と黒い鷹の姿はたちまち夜空に溶けて見えなくなってしまいました――。

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