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第23巻「猿神グルの戦い」

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29.総本山・2

 フルートたちが思い出したのは、赤いドワーフの戦いの際に、森で道に迷って偶然出くわした遺跡のことでした。崩れた寺院の中に、ツタに絡みつかれたグルの石像があったのです。

 フルートは話し続けました。

「あのときに見たグルは少し崩れていたけれど、木のように大きくて、二つの顔もしっかり残っていた。寺院の遺跡も相当大きくて、昔はとても立派な建物だったように見えた――。やっぱり、あそこが総本山のソルフ・トゥートの可能性は高いと思うんだ」

 すると、シュイーゴの僧侶が驚いたように尋ねてきました。

「そのグルの石像はどのような様子をしていましたか? 猿神の顔があったのですか?」

「ありました。石の柱に線で刻んだような石像だったけれど、片側には怖い顔があったし、反対側には楽しそうに笑っている顔がありました。怖い顔の側には胸の前で交差させた腕も見えました」

 フルートの賢さの源の一つは、記憶力の良さにありました。一年半も前に見た石像の様子を正確に話して聞かせると、僧侶はいっそう驚いた顔をしました。

「両手を前で交差させたグルは、かなり古い時代のグルです。後のグルは、外向きには武器や盾を手に持って、敵と戦う格好になりました。元祖グルに対して迫害が厳しくなってきたので、そんな格好になっていったと言われています――。また、新しいグル教になってからのグル神は、猿神の顔が記号化されることが多くなりました。手が描かれることはありません」

「それじゃ、あそこがやっぱり総本山のソルフ・トゥート!?」

 とルルが言いました。メールは期待に目を輝かせて振り向きます。

「ゼン、あの遺跡の場所はわかるよね!?」

「あったりまえだ。ドワーフは一度行った場所は絶対忘れねえからな!」

 とゼンが胸をたたいたので、一同はいっせいに立ち上がりました。

 フルートが仲間たちに指示していきます。

「あそこまではかなりの距離がある。歩きや馬では時間がかかりすぎるから、風の犬で行くぞ。ポチ、ルル、セイロスに見つからないように森の中を飛んでくれ。ぼくは金の石に守りの範囲を広げさせる。その中から出ないように気をつければ、直接発見されない限り、セイロスにも気づかれないはずだ。ゼンは先頭に立って道案内。メールは敵に遭遇したらすぐ戦えるように、花を同行させるんだ。ポポロは魔法使いの目で周囲の警戒。ただし、やりすぎて疲れてしまわないように気をつけて。いざというときに戦えなくなるからな」

 おう! と勇者の一行は返事をしました。これから行く場所にセイロスが待ち構えているかもしれないというのに、張り切った声です。

 

 あれよあれよという間に話が決まっていくので、シュイーゴの町長は目を白黒させていました。

「もう出発するのですか……? 今これから?」

 フルートはきっぱりとうなずきました。

「そうです。ぐずぐずしていたら、セイロスがまたグル神を操って、サータマン中のグル神を怪物にするかもしれません。そうなったら、大勢の人が襲われます。一刻も早くグル神のリーダーを見つけて、何とかしなくちゃいけないんです」

 それを聞いて、元祖グル教の姉弟はあきれた顔になりました。銀鼠が確かめるように言います。

「ちょっと、ここはサータマンなのよ。君たちの宿敵の国だっていうのに、本当にそこの住人を助けに行こうとしてるわけ?」

「本当にどうしようもなく大甘な連中だな、金の石の勇者たちってのは!」

 と灰鼠も馬鹿にするように言いますが、フルートは軽く受け流しました。

「来たくないなら来なくていいですよ――。ゼン、出発前にポチとルルに食事をさせてくれ。長距離を飛ぶことになるから、出発前に腹ごしらえしてもらおう」

「よし」

 とゼンは集会所の片隅に置いてあった自分の荷物へ飛んでいきました。袋を引っかき回して、犬の餌を取り出します。

 一方、姉弟はまたぷりぷりと腹を立てていました。

「ほんとにもう! ほんとにもう! なんて生意気で失礼な連中なのかしら!」

「ぼくたちは必要ないって言うんだ! もうロムド城に戻ろう、姉さん! ぼくたちはお役御免だ!」

 すると、シュイーゴの僧侶が静かに話しかけてきました。

「何故そんなに怒りますかな? 彼らは間違ったことは言っていないと思いますが」

「そのことを怒ってるんじゃないわ! 年長者への敬意が足りないって言ってるのよ! なんでも自分たちだけでできるつもりになって、勝手に決めて! ほんとにかわいくないったら!」

「こっちだって心配してやっているのに、余計なお世話だと言わんばかりの態度を取られたら、腹も立ってくるさ!」

 すると、僧侶は少し考えてから、また言いました。

「あなた方は、太陽に照るなと言い、風に吹くなと言っているのかもしれませんぞ――。彼らは金の石の勇者です。このシュイーゴにさえ、彼らのしてきたことや、彼らが背負っている役目について噂は流れてきています。彼らは世界を闇から守る勇者たちだし、その役目のために懸命に行動しようとしているのです。あなた方の心配は、そんな彼らを引き留める障害になってはいませんかな――?」

 穏やかな声で非常に鋭い指摘をされて、姉弟はことばに詰まりました。思わず勇者の一行を振り向いてしまいます。

 彼らは着々と出発の準備を整えていました。ゼンはポチとルルに餌をやり、メールは周囲の森へ呼びかけて花を集め、フルートは集会所に置いてあった盾を左腕に装着しています。そんな中、ポポロだけは銀鼠と灰鼠をじっと見つめていました。何も言いませんが、大きな目が「お願い、そんなに怒らないで」と二人に呼びかけています――。

 もう! と銀鼠は声をあげました。長い赤い髪を背中へ払って、弟へ言います。

「ほんと、しょうがない子たちよね! 行くわよ。絨毯を忘れないで!」

「え! ね、姉さん……?」

 灰鼠は空飛ぶ絨毯を抱え直すと、あわてて姉の後を追いかけました。銀鼠はまっすぐフルートたちの元へ歩いて行きます。

 

「どうやら皆で行くことになったようですな。よかった」

 シュイーゴの町長がほっとしたように僧侶に話しかけました。姉弟と勇者の一行があまり折り合い悪いので、はらはらしながら見守っていたのです。

 僧侶は穏やかに笑いました。町長が相手なので普段の口調に戻って言います。

「勇者の一行に先を行かれるので、年長者として焦るのじゃろう。だが、なんだかんだと言いながらも、勇者たちを放っておこうとはしません。いい子たちじゃよ、あの子たちも」

 老齢の僧侶の目には、銀鼠と灰鼠の姉弟も、フルートたちと同じような子どもと映っているようでした。

 すると、町長は真面目な顔になりました。

「彼らの無事を祈ってやりたいのですが、グルの名で祈って大丈夫でしょうかね?」

「大丈夫じゃろう。たとえどんな悪党がグルを利用しようとしたところで、グルはグル。我々を守り恵みを与えてくれる神であることに、変わりはないはずじゃ」

 それを聞いて、町長は両手を合わせ、口の中で祈りのことばを唱え始めました。僧侶も手を合わせ、同じようにグルへ祈りました。最後に、合わせた手をちょっと西へ向けます。

 彼らが祈りを捧げる彼方には、遺跡になったソルフ・トゥート寺院があるはずでした――。

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