「ソルフ・トゥート寺院?」
と勇者の一行は繰り返しました。元祖グル教の総本山はそこだ、と銀鼠やシュイーゴの僧侶が言ったのですが、彼らにはまったく聞き覚えのない名前でした。
「それはどこにあるんですか?」
とフルートは尋ねました。多くのグル神が闇の怪物になって襲撃してきたのは、総本山にいるグルのリーダーのせいかもしれません。すぐにも総本山に飛んで調査しなくてはなりませんでした。
ところが、銀鼠は首を振りました。
「知らないわ。なにしろ、二百年前に当時のサータマン王が元祖グルを弾圧して、寺院も町もすべて破壊してしまったんだもの」
「元祖グルに関する書物も焼かれてしまったから、ソルフ・トゥートがどこにあったのか、もう誰にもわからないんだよ」
と灰鼠も言います。
「大変大きな寺院で、その周囲にはアグレアという大きな門前町が広がっていた、と言い伝えられてはいるのですが、場所に関する記録は残っていません。確かにグルはまだそこにいるような気がしますが、場所については謎のままなのです」
と僧侶の老人が残念そうに言ったので、メールは肩をすくめました。
「記録が残ってないくらいであきらめることはないだろ。よく調べれば、手がかりは見つかるかもしれないんだからさ。ねえ、ゼン?」
「おう。記録のねえものを探すことについては、俺たちのほうがよっぽどベテランだぞ」
とゼンも胸を張ったので、姉弟はたちまち不愉快そうな顔になりました。
「君たちって、やっぱりすごく生意気よ!」
「それだけのことを言うなら、ソルフ・トゥートがどこにあるのか、見つけてみせろよ!」
「おう、見つけてやるさ。フルートがな!」
ゼンにいきなりお鉢を回されて、フルートは目を丸くしました。いくら彼でも、手がかりもない状態で、消えた寺院の場所を探し出すのは不可能です。
「そんな、ゼン! 無茶を――」
無茶を言うな! とフルートは言い返そうとして、その途中で急に黙ってしまいました。少しの間、じっと虚空を見つめると、おもむろに腕を組み、口元に手を当てて考え始めます。
おっ、と仲間たちはフルートに注目しました。フルートが何かに思い当たったと気づいたのです。
「なによ、急に黙って」
「早く見つけてみせろって」
と姉弟が言い続けるので、静かにしろ! とゼンがどなりつけます。
やがて、フルートは顔を上げると、姉弟へ目を向けました。まだ考え続ける顔で尋ねます。
「あなたたちは昔サータマンに滅ぼされて併合された国の末裔だ、って前に話していましたよね?」
「そうよ。あたしたちはファルナーズ国の末裔。それがどうかしたっていうの?」
と銀鼠がつんつんしながら答えると、フルートはさらに考えながら言いました。
「ファルナーズは元祖グルが生まれた国だとも言ってましたよね? だとしたら、元祖グル教の総本山もやっぱりファルナーズにあるような気がするんですが――違いますか?」
姉弟は驚きました。顔を見合わせ、いぶかしそうに話し合います。
「ファルナーズにそんな場所ってあったかしら? あんた、聞いたことあった?」
「いや……。ぼくたちが修行した寺院はもっと新しかったし、そこがソルフ・トゥートだったなんて話も聞いたことがなかったよな」
すると、シュイーゴの僧侶が手を合わせて二人に一礼してから言いました。
「そうでしたか。あなた方はファルナーズの末裔だったのですね。ファルナーズの里は、今から十年前にサータマン軍に攻撃されて、完全に消えてしまいました。でも、そこから生き延びた方がいたとは、なんと喜ばしい……。このシュイーゴも、元々はサータマンとは別の国の中にあった町なのです。二百年前、元祖グル教がサータマン王に弾圧されたときに、サータマンに取り込まれ、本来の場所とはまったく別の場所へ移されました。ひょっとして、ファルナーズもそうだったのではないでしょうか? だとすれば、本来のファルナーズの場所に、総本山のソルフ・トゥートもあるのかもしれません」
銀鼠と灰鼠はまた顔を見合わせました。今度はとまどって話し合います。
「ファルナーズが元々は別な場所にあったっていうわけ?」
「修行中にも、そんな話は聞かされなかったよなぁ……ぼくたちがまだ子どもだったから、教えてもらえなかったのかな?」
「そうかも。ファルナーズが襲撃されたとき、あたしは十四歳で、あんたは十二歳だったものね」
それを聞いて、ルルが尋ねました。
「他にファルナーズの住人はいないの? ファルナーズの歴史に詳しそうな人とか」
とたんに姉弟は険しい声になりました。
「いないわよ!」
「なにしろ、ぼくたち以外の全員がサータマン王に殺されたからな!」
シュイーゴの僧侶は首を振って手を合わせると、ファルナーズの犠牲者にそっと祈りを捧げます。
すると、また考え込んでいたフルートが急に口を開きました。半分ひとりごとのような調子で話し出します。
「神の都のミコンでは、太陽がユリスナイの化身だと信じられてるから、祈りは全部太陽に向けて捧げられる……。ぼくたちも、ユリスナイに祈るときには、太陽に向かって祈るように、と教えられている。ポポロ、君は? 天空の民は、どこに向かって祈りを捧げる?」
「え……? あ、えぇと……あたしたちは特にどこに向かっても祈らないわ。だって、ユリスナイはあたしたちの周りのどこにでもいるものだから……。でも、それがどうかしたの?」
一見関係なさそうな話にポポロがとまどっていると、フルートはいっそう考えながら言いました。
「銀鼠さんと灰鼠さんは違うんだ。昨日の夕方、元祖グルに祈りを捧げていたとき、お二人は同じ方角を向いていたけど、それは太陽が沈む方角じゃなかった。ひょっとしたら、祈りを捧げる方角がきちんと決まってるんじゃないですか?」
フルートに聞かれて、姉弟はまた目を丸くしました。
「なによ、そんなに真剣な顔して」
「ぼくたちは東に祈りを捧げるんだよ。昔からそう決まってるんだ」
すると、シュイーゴの僧侶が意外そうに口をはさんできました。
「ファルナーズの里では、祈りの方角は東だったのですか? 我々シュイーゴの人間は、グル教の教えに従って、朝には朝日へ、夕には夕日へ祈りを捧げますが、その後でこっそり西へ祈りの手を向けることになっているのです。朝なら肩越しに後ろへ、夕ならそのまま正面へ、最後の祈りを捧げます。それが元祖グルのしきたりだと言われてきました」
ポチは耳をぴんと立てて尻尾を振りました。
「ワン、これってもしかしたら手がかりですか、フルート?」
フルートはうなずきました。
「祈りは神様がいる場所へ向けて捧げられるものだ。ファルナーズの里では東に、シュイーゴでは西に祈りが捧げられるなら、元祖グルは、その間の場所にいるんだろう」
「それが元祖グルの総本山の場所!?」
とメールやポポロとルルも身を乗り出しました。
「ファルナーズの里ってのは、どのあたりにあったんだよ?」
とゼンが銀鼠たちに尋ねます。
姉弟は完全に面食らっていました。十五、六の少年少女たちが、大人顔負けの推理と検証をしているのですから当然です。
どこだよ!? とゼンが焦れてまた言うと、二人に代わって僧侶が答えました。
「ファルナーズの里は、王都カララズよりもっと向こうの、ミコン山脈の麓にありました。ここからは、はるかに西の彼方になります」
「かなり広範囲だな」
とゼンは渋い顔をしました。一年半前の赤いドワーフの戦いで、ミコン山脈の麓をずっと西へ移動した経験があるので、ある程度の距離感はつかめたのです。
「それでも、範囲はシュイーゴとファルナーズの里の間に限定されたよ。ずっと西に向かってみよう。総本山のソルフ・トゥート寺院を探し出すんだ」
フルートの決意は少しも揺らぎません。
銀鼠があきれて言いました。
「本気でやるつもりなの? ミコン山脈の麓には、ずっとジャングルみたいな森が続いてるのよ」
「その中から寺院を探し出すなんて不可能だ。しかも、二百年も前に破壊された場所なんだぞ。仮に何か残っていたとしたって、森に呑み込まれているから、見つけられるわけがない」
と灰鼠も言いましたが、ポポロは真剣な顔で進み出ました。
「あたしが透視で探してみます……! 元祖グルの寺院には、どんなものがあるんでしょう? なにか目印になるものがありますか……?」
「だから、今はもうないんだって言ってるのに! 目印なんかあるわけないでしょう!」
「見つけられないんだよ」
姉弟はうんざりして答えましたが、僧侶の老人だけは根気強く話につきあってくれました。
「元祖グルの寺院には、元祖グルの像があったと言います。総本山ともなれば、かなり大きな像があったことでしょう。元祖グル教では、ひとつの寺院に一人の神しか祀らないので、そこにはグルに関するものしかなかったはずです」
「元祖グルの像ってことは、二つの顔をした猿の神様の像ってことですね? しかも、大きな像……探してみます!」
ポポロが両手を握り、西の方角へ遠い目を向けようとすると、フルートが止めました。
「待って。ここは結界の中だから、ここから透視はできないよ。それに、今の話でちょっと思い出したことがあるんだ。大きなグルの像を、ぼくたちは前に見たことがあったよな? サータマンの森の中で――」
ん? と勇者の仲間たちはいっせいに考える顔になりました。それぞれに自分の記憶を振り返り、じきに思い当たります。
「そうよ! あったわ!」
「森の中の遺跡……!」
「そうそう! ポチが古い寺院の痕だって言ってさ!」
「ワン、フルートが大きなグル神の石像を見つけたんですよね!」
「サータマン軍の疾風部隊が、ジタンに出撃しようとして集結していた場所だな! ラトムを助けたのも、あそこだったぞ!」
とゼンも言いました。それこそ、赤いドワーフの戦いのときのことです。
「あそこはシュイーゴのずっと西にあって、ものすごく広い寺院の遺跡だった。大きなグルの石像もあった。あそこが総本山のソルフ・トゥートだという可能性は、高いと思わないか?」
フルートはそう言って、仲間たちの顔を見回しました――。