一方、結界の中に戻ったフルートたちは、集会所でまた町長や僧侶たちと話し合っていました。
先ほどはシュイーゴの住人で賑やかだった場所ですが、今は町の主だった人たちがいるだけで、ほとんどの住人は自分のテントや小屋に引きこもっていました。怪物になったグルに襲われたので、より安全な場所を求める心理が働いているのです。
フルートは外での出来事を町長たちに話して聞かせてから、改めて尋ねました。
「あれからもうグルの襲撃はありませんか? みんなのいる場所にグルがまだ残っていたら、一カ所に集めて監視するほうがいいと思います」
「この結界の中に、グル神を象徴するものはもう何も残っておりません」
と僧侶が答えると、町長も言いました。
「なにしろ、私たちは焼き討ちに遭った町から、やっとの思いで逃げてきましたからな。さほど多くのものは持ち出せなかったんです。皆、グルに護ってもらいたくて、門口のグルだけは外して持ってきていましたが、それ以外のグルを持ち出した者はほとんどいませんでした。先ほど、勇者殿が焼き払われたので、グルは一つも残っていないんです」
「フルートはグルを焼き払ったんじゃなくて、聖なる光で消滅させたんだけどね」
と足元に座ったルルが口をはさみます。
一行とまた合流したメールが、不思議そうに首をひねりました。
「グルがおかしくなったんだ、ってフルートは言うけどさ、他の神様たちは大丈夫なわけ? グル教にはもっと神様がいるんだろ? 火の神のアーラーンとか、えぇと……」
「ノワラです。我々にこれから起きることを告げ知らせてくれる、お告げの神ですよ」
と年老いた僧侶は答えました。元々穏やかな人物ですが、フルートたちが住人をグルから守った今は、いっそう丁寧な話し方になっていました。周囲を示して続けます。
「今のところ、ノワラやアーラーンに異常は感じられません。だから、この隠れ里も何事もなく存在しているのです。ここはノワラの力によって作られた結界ですから」
「あくまでも、グルだけがおかしくなったんだな」
とゼンが納得します。
すると、あぐらをかいて座っていた銀鼠が、ぱん、と床をたたいて言いました。
「君たちはどうしてそう二つのグルを一緒くたにするわけ!? あたしたちの元祖グルと、あいつらのグルはまったく別のものだ、って言ってるじゃないの!」
「これ以上、連中のグルと同じ扱いをするというなら、ぼくらはここから出て行くぞ! そんな話は聞くに堪えないからな!」
と灰鼠も断言します。
すると、僧侶が首を振って、静かにまた言いました。
「前にも話しましたが、我々シュイーゴの人間は、元祖グルも今のグル神も同じものと思って崇めているのですよ。新しいグル教でも、グルは二つの顔を持っているし、敵には厳しく身内には優しいというところも同じです。ただ、新しいグル教の信者は、グルの周囲にいる神々を信じようとはしません。私たちは、彼らが本当の神々の一部だけを見て信じているのだ、と解釈しているのです。現に、想いを込めて祈り願ったときには、グル神も我々の願いをかなえてくれます」
銀鼠と灰鼠は、ぱっと立ち上がりました。髪を炎のように振りたて、怒りで顔を真っ赤にして叫びます。
「信じられない! あなた、それでも本当に元祖グル教の僧侶!? 連中に妥協しすぎて、元祖グルから離れてしまったんじゃないの!?」
「もう限界だ! こんな不信心者たちがいる場所には、これ以上いられない! ぼくたちは帰らせてもらうぞ!」
「あらやだ、本当にロムドに帰るつもり?」
「ワン、こんな状況なのに?」
と犬たちが驚きましたが、弟はどなり続けました。
「あたりまえだ! ここは異教徒の里だからな! ぼくたちは異教徒のいる場所には足を踏み入れないことにしているんだ!」
「なに言ってんのさ。ロムドだって、あんたたちには異教徒の国だろ? ロムドの人たちはユリスナイを信じてるんだからさ」
とメールがあきれると、ゼンは面倒くさそうに手を振りました。
「いいから帰りたいヤツには帰らせろよ。うるさい連中がいなくなって、せいせいすらぁ」
「なんですって!? 本当にどうしようもなく生意気ね! さっき助けられたのをもう忘れたの!?」
「へっ。そんなふうに恩着せがましく言われたら、感謝の気持ちも消し飛ぶぜ」
とゼンが言い返したので、口論はますます激しくなります――。
すると、おろおろとその様子を見ていたポポロが言いました。
「そんなに怒らないで……。あんまり怒ると幸せが逃げてしまうわ……」
それはとても小さな声でしたが、銀鼠と灰鼠はたちまち振り向きました。
「今、なんて言ったのよ?」
と聞き返した姉の声が、急に低くなっていました。怒っているというよりは、驚いているような声です。弟のほうは、はっきりと驚いた顔をしていました。
ポポロは今にも泣き出しそうになりましたが、両手を前で握り合わせて、必死に言い続けました。
「あたしのお母さんがよく言うの。あんまり怒ると幸せが逃げてしまうわよ、って……。お願い、あんまり怒らないで。大事なことが見えなくなってしまうから……」
すると、ルルが犬の顔で苦笑いをして言い添えました。
「それ、私がお母さんによく言われることなのよね。私もすぐ怒るほうだから」
すると、姉弟はますます唖然とした顔になり、やがて小さな溜息をついて目を伏せました。
「あたしたちも、子どもだった頃、父さんや母さんにもよくそう言われたわ。天空の国でも同じなの?」
「ぼくたちが喧嘩をすると、必ずそう言って叱られたよな……」
その声から激しい響きが消えていることに、全員が気がつきました。今はもういない両親を思い出して、怒りをそがれてしまったのです。
すかさずフルートが話し出しました。
「ポポロの言う通りだな。興奮していたら大事なことが見えなくなってしまうよ。元祖グルとグルの問題は、ひとまず置いといて、まず何が大事かを考えよう――。ゼン、どうやらセイロスはグルを操ることができるみたいだ。だとしたら、ぼくたちはどうするべきだと思う?」
「んん……?」
フルートから名指しされて、ゼンもそれ以上怒ることができなくなりました。腕組みして考え込むと、頭の中で何かを思い出しながら言います。
「鳥が群れを作って飛ぶときには、必ず親分格の鳥がいて、群れを引っ張っている。あのグルどももそれと同じだとしたら、やっぱり親分のグルがいるってことになる。そいつを見つけて倒せば、他のグルもおとなしくなるんじゃねえのか」
「リーダーがどこかにいるってことかい? グルにリーダーなんているのかい?」
とメールが聞き返しました。こちらは気持ちの切り替えが早いので、喧嘩のことなどすっかり忘れてしまっています。
ポチも考えながら言いました。
「ワン、その可能性はありますね。セイロスがリーダーのグルを支配したら、他のグルだっておかしくなるかもしれないですから」
「リーダーのグルって、どこにいるの?」
とルルが言いますが、フルートたちにはわかりませんでした。自然とシュイーゴの人々に目が向きます。
僧侶の老人は苦笑いしながら口を開きました。
「いやはや。金の石の勇者たちは大人顔負けの話をしますな……。今のグル教には、ミコンのような総本山はないのですよ。そういう特別な聖地を持たないのが、今のグル教の教義なので。ただ、先ほどの話に戻ってしまいますが、グル神と元祖グル神が同じものだとすれば、元祖グル教の総本山にあるグルが、すべてのグルの源ということになります。言ってみれば、それがすべてのグルのリーダーなのかもしれません」
それを聞いて目をぱちくりさせたのは、フルートたちではなく、銀鼠と灰鼠の二人でした。今はもう怒ることも忘れて、口々に言います。
「元祖グルの寺院はすべて破壊されてしまったはずよ。二百年も前の弾圧で」
「総本山なんて、もうどこにも残っていないだろう。ないものをどうやって利用できるっていうんだ」
けれども、僧侶は首を振りました。
「確かに元祖グルの寺院は残らず破壊されました。ですが、人の信心や信仰というものは、寺院がなくなっても、信じる人がいなくならない限り決してなくなりはしません。元祖グルの総本山は崩れても、グルはきっと今もそこにいて、サータマンを見守り続けているはずです」
「それってどこですか!?」
とフルートたちは身を乗り出しました。すでに行く気満々になっています。
銀鼠が少し首をかしげてから言いました。
「修行中に教わったわ。元祖グルの総本山は、アグレアの地にあったソルフ・トゥート寺院のはずよね……そこにすべての源のグルがいるというの?」
「おそらくは」
老人は穏やかに言ってうなずき返しました――。