森に現れた大ウサギを、フルートは炎の剣で突き刺しました。剣の傷はたちまち火を吹き、ウサギの体を赤い炎で包みます。大ウサギの背中に飛び降りたフルートも一緒です。
空飛ぶ絨毯を操っていた銀鼠が悲鳴を上げました。
「馬鹿、何をしてるのよ!?」
「アーラーン、そこから離れたまえ!」
と灰鼠も火を消そうとしますが、ゼンに腕をつかまれました。
「よせ。あいつは闇の怪物だ。完全に焼き尽くさねえと、すぐにまた復活してくるんだ」
「何を言ってるのよ! あの子が焼け死ぬでしょう!?」
「ああ、もう手遅れだ! 彼は助からないぞ!」
二人がゼンをどなっていると、ようやく麻痺から回復したルルが、絨毯の上に立ち上がって言いました。
「大丈夫なのよ。フルートは魔法の鎧を着ているんだもの。どんな火の中にいても平気なのよ」
「魔法の鎧……?」
姉弟は目を丸くしました。少し考え込んでから、灰鼠が聞き返します。
「鎧さえ着ていれば大丈夫なのか? 兜はなくても平気か?」
今度はゼンとルルが目を丸くしました。
「どういう意味だよ、それ?」
「フルートの鎧はいつも兜と一緒よ」
「なんでそんなことを聞くのよ?」
と銀鼠も弟に尋ねると、灰鼠は心配そうに言いました。
「彼が落ちていった瞬間に見えたんだよ。衝撃で彼の兜が脱げてしまったのをさ……」
ゼンとルルは仰天しました。あわてて大ウサギを振り向きますが、そこでは炎がごうごうと激しく燃えているだけでした。フルートの姿は見当たりません。
ルルは地上のポポロへ言いました。
「フルートの様子を透視してちょうだい! フルートの兜が脱げてしまったらしいのよ!」
離れた場所からポポロが息を呑む気配が伝わってきました。ひどく長く感じられる一瞬の後、ポポロの悲鳴が聞こえます。
「フルート!!」
地上を見ると、彼女は両手を炎へ突き出していました。魔法を使おうとしているのです。ところが、びくりと突然身をすくませると、泣き出しそうな顔になってまた言います。
「フルート……」
銀鼠は空飛ぶ絨毯をポポロの横に着陸させました。
ゼンとルルが飛び降りて彼女に駆け寄ります。
「フルートはどうした!?」
「無事でいるの!?」
そのとき、火の中で何かが落ちる音がして、炎があおられたように大きくなりました。大ウサギが燃え尽きて崩れていったのです。灰と一緒に火の粉が飛び散ったので、銀鼠と灰鼠は杖を振って延焼を防ぎます。
すると、急速に小さくなっていく火の中から、フルートが姿を現しました。金の鎧を身につけていて、きょろきょろと周囲を見回しています。
仲間たちは歓声を上げました。ゼンが駆けつけようとして、まだ火が消えていない燃えかすの熱気に、あちち、と飛びのきます。
フルートは振り向いて言いました。
「危険だから、そこで待っててくれ――。兜を探しているんだよ。見当たらなくてさ」
そこへ上空からポチが舞い降りてきました。フルートの回りで渦を巻いて火を完全に消すと、燃えがらを吹き飛ばしていきます。
灰の中に金の兜が現れたので、フルートは喜んで駆け寄りました。腕に抱えて仲間の元へ戻ってきます。
ゼンはフルートに飛びつきました。
「この野郎、また心配させやがって!」
「金の石が守ってくれたのね。ほんと、はらはらしたわよ」
とルルも言います。
「ごめん」
とフルートは謝りました。いつもと変わらない優しい笑顔を見せています。
ところが、後ろから伸びてきた手がフルートの髪に触れました。とたんに黒いものがぱらぱらと鎧の肩に落ちます。フルートの髪の毛が先端で炭になっていたのです。
フルートが振り向くと、ポポロが手を伸ばして立っていました。目を涙でいっぱいにしながら話しかけてきます。
「どうしてあたしに魔法を使うなって言ったの? 兜が外れて、頭を火傷していたのに……。金の石にも自分を守らせなかったんでしょう? どうして……?」
今にも泣き出しそうな彼女に、フルートは困った顔になりました。
「心配させて本当にごめん。外で聖なる力を使いたくなかったんだよ」
「ワン、どうしてですか?」
と小犬の姿に戻ったポチも尋ねました。フルートはゼンとルルが空から墜落したときにも、ポポロへ「魔法は使うな!」と言ったのです。
フルートは真面目な顔で答えました。
「ここはサータマン領だからさ。聖なる力を使えば、セイロスにぼくたちの存在を気づかれるかもしれないと思ったんだ」
仲間たちは絶句してしまいました。
代わりに銀鼠と灰鼠が怒り出します。
「だから頭に火がついても我慢したっていうの!? 馬鹿じゃないの、君!?」
「さっきは仲間を助けようとしなかったし! それでもリーダーか!?」
すると、フルートはまたほほえみました。
「火傷をしても、金の石がすぐ治してくれるから大丈夫なんです。ゼンたちが墜落したときには、お二人が助けに駆けつけてくれるのが見えていたから」
思いがけず信頼のことばを聞かされて、姉弟は唖然としました。穏やかな顔でとんでもなく大胆な行動をとるフルートを、ぽかんと見つめてしまいます。
そのとき、ルルがいきなり飛び上がりました。大ウサギが燃え尽きた場所を振り向いて叫びます。
「闇の匂いがするわ! まだ敵がいるわよ!」
一同はたちまちまた身構えました。
「こんちくしょう、火が足りなかったのか!?」
とゼンがわめきます。
フルートは素早く兜をかぶると、炎の剣を両手に握って高く掲げました。焼け跡からウサギの怪物が復活してきたら、また火で焼き尽くそうとします。
元祖グル教の姉弟も、ナナカマドの杖を構えます。
すると、積み重なった燃えかすの山で、からりと崩れる音がして、中から何かが出てきました。それは長さが四十センチほどの短い石の柱でした。表面の上の方には、丸に縦一文字を刻んだ模様があります。
「国境の目印だ!?」
とフルートたちは驚きました。サータマン王が国境を示すために立てた石の柱だったのです。
石柱は、ふわふわと空中に浮き上がると、いきなり黒い炎に包まれました。
ポポロが叫びます。
「闇の陽炎よ! さっきのグルの頭みたいに、闇の怪物になってるんだわ!」
一同は思わず石柱から後ずさりました。金の石を持つフルートが仲間たちの前に飛び出します。
「どういうことよ、いったい!?」
「門口のグルだけじゃなく、国境のグル神まで闇の怪物にされたっていうのか!?」
と姉弟がわめいたので、フルートは、はっとしました。空中に浮かんでいる石柱を見上げて言います。
「もしかして、あれが取り憑いたから、ウサギが闇の怪物になったのか? 隠れ里で起きたのと同じことが、外でも起きているのか――!?」
それを証明するように、石柱が動きだしきました。先ほどのグルの頭と同じように、空中を飛びながらフルートたちに襲いかかってきます。
フルートと姉弟は同時に剣や杖を振りました。ごぅっと炎が飛び出し、一つの巨大な炎になって石柱にぶつかります。
石柱は炎の勢いに少し押し戻されましたが、なにぶん石なので、燃えることはありませんでした。空中を右へ左へ動き、また一同に襲いかかってきます。
フルートは思わず金の石を呼びそうになって唇をかみました。聖なる光を使うわけにはいかないのです。石の柱が迫ってきたので、そのまま剣で切り払います。
炎の剣は柱に命中しましたが、堅い石を割ることはできませんでした。石柱が火を吹いて燃え出すこともありません。
「よけろ!」
とフルートは背後の仲間たちへ叫びました。石柱が重すぎて、たたき落とすこともできなかったのです。衝撃と共に刃が石の表面を滑っていきます――。
ところが、石柱は急に力をなくすと、そのまま落下を始めました。ずしん、と地響きを立てて地面に落ち、フルートの足元に転がります。
続いて石柱を包んでいた黒い炎も消えていきました。それっきり、柱は動かなくなってしまいます。
「な、なに……?」
「いったいどうなったんだ?」
一行は突然のことに驚き、地面に横倒しになった石柱をのぞき込みました。