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第23巻「猿神グルの戦い」

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23.狂った神

 結界の中の隠れ里は大混乱に陥りました。

 空に浮かんだたくさんのグルの頭が、黒い闇の炎を吹き出しながら、シュイーゴの住人に襲いかかったからです。

 それは彼らが家の入り口に掲げていた、門口のグルと呼ばれるお守りでした。彼らはシュイーゴを脱出するときに、木や金属で作られたグル神の頭を持ち出して、隠れ里の小屋やテントに取り付けていたのです。

 グルは燃えながら空を飛び、無差別に人間に襲いかかりました。猿の顔に食いつかれると、人は倒れて立ち上がれなくなりました。グルを引きはがして助けようとすると、その人の手にもグルの顔がかみつき、離れなくなってしまいます。

 ルルが空から叫びました。

「さわっちゃだめよ! 闇の陽炎(かげろう)に取り憑かれるわ!」

「無茶言うな! こいつらが襲ってくるんだぞ!」

 とゼンはどなり返しました。数が多すぎて弓矢を使えないので、頭をかがめてグルをかわしますが、きりがないので、手近な木をへし折ってグルを打ち返し始めます。

 メールは花を空中に飛ばして、グルから人々を守っていました。花の蔓(つる)でグルを縛り上げたいと思うのですが、そうすると花がたちまち枯れてしまうので、思うように戦うことができません。

 フルートも助けに駆けつけることができずにいました。金に輝く防具が目立つのか、グルが次々と襲いかかってきたのです。武器を炎の剣に持ち替えて切りつけると、グルは燃え出しましたが、近くのテントの上に落ちたので、テントに火が燃え移りました。

「まずい!」

 フルートはあわてて火を消そうとしましたが、そこに別のグルが襲いかかってきたので、また戦闘に引き戻されました。テントが炎に包まれていきます。

 すると、灰鼠がナナカマドの杖をかざして言いました。

「アーラーン、テントから離れろ!」

 とたんに燃えていたテントから火が消えました。灰鼠が魔法を使ったのです。

 姉の銀鼠もナナカマドの杖を掲げて言います。

「アーラーン、狂ったグルを焼き払ってちょうだい!」

 すると、空を炎が渡っていって、飛び回るグルに激突しました。グルは燃えながら落ちてきますが、灰鼠がまた杖をかざすと、吹き寄せられるように何もない地面に落ちました。焼き払う姉と、大切なものを炎から守る弟。息がぴったり合っている二人です。

 ところが、銀鼠の火の魔法も、グルに襲われた人々を救うことはできませんでした。そんなことをすれば、グルがかみついている人まで焼き尽くしてしまうからです。金属でできたグルも、燃えずにまだ飛び回っています。

 グルの頭は食いついた住人に黒い陽炎を触手のように広げていきました。体の一部のようにぴたりと貼り付くと、猿の目玉がぎょろっと動き出します。

 ポポロが叫びました。

「みんなが怪物にされるわ! フルート、金の石を使って!」

 フルートは大きく飛びのいてグルと距離を取ると、首からペンダントを外して掲げました。そこへポポロが手を向けます。

「ベトヨラカーチニシイノンーキ!」

 とたんに彼女の手から緑の光がほとばしり、ペンダントへ飛んでいきました。魔法の力を金の石へ送ったのです。光は魔石に吸い込まれ、次の瞬間には金の光の爆発になってあたりに広がりました。あまりのまぶしさに、誰もが思わず目をつぶります――。

 

 やがて光が収まり、人々が目を開けると、結界の中にもうグルはいなくなっていました。金の石が放った聖なる光に焼き尽くされてしまったのです。

 取り憑かれた住人からもグルは消えていました。グルにかみつかれた傷も綺麗に治ってしまったので、住人が不思議そうに起き上がってきます。

 フルートはペンダントを首に戻しました。

「ありがとう、ポポロ」

 とほほえみかけると、彼女は真っ赤になってから嬉しそうに笑顔を返しました。

 そこへ仲間たちも駆けつけてきました。

「ほんとになんだって言うんだよ!? どうしていきなりグルが襲いかかってきやがったんだ!?」

「ひょっとして、ここが見つかっちゃったのかい!?」

「それでセイロスが攻撃をしかけてきたわけ!?」

「ワン、でも結界の中ですよ。どうして発見されたんだろう?」

 口々に言う一行の横で、銀鼠と灰鼠の姉弟も話し合っていました。

「よりによって門口のグルを怪物にするなんて、どういうつもりよ! しかも、この町のグルは元祖グルなのよ!」

「アーラーンたちはこれを怒っていたんだな!」

 すると、僧侶が一瞬目をつぶってから一同に言いました。

「ノワラの警告がやんだ。どうやら危険は去ったようじゃ」

 おお、と安堵のどよめきがシュイーゴの住人の間に広がっていきました。とたんに小さな子どもが泣き出し、つられて他の子たちも泣き出しました。大泣きの合唱になった子どもたちを母親たちがなだめますが、なかなか泣きやみません。

 

 町長が駆けつけてきて、フルートたちへ頭を下げました。

「また皆様に助けていただきましたな。本当にありがとうございます――。ですが、こんな出来事はこれまで見たことも聞いたこともありません。何故グルは襲ってきたのでしょう? 敵は我々を発見したのですか?」

 危険は去った、と言われても、さすがにまだ不安そうな表情をしています。

「あのグルは闇の怪物になっていました。セイロスの攻撃だった可能性はあるんですが……」

 とフルートは言って、首をひねりました。セイロスがここを発見したのであれば、あの程度のことで攻撃をやめてしまうとは思えなかったからです。

「どうも妙な感じだな。外に出て調べたほうがいいんじゃねえのか?」

 とゼンが言ったので、フルートはうなずきました。

「敵が迫ってきていないか調べてみよう。ゼン、ポポロ、ポチ、ルル、一緒に来てくれ」

「あれ、あたいは?」

 自分の名前を呼ばれなかったのでメールが聞き返すと、フルートはまだ泣いている子どもたちを指さして言いました。

「君はあっちだ。あの子たちを安心させてやってくれ」

「えぇ、あたいが!?」

 とメールは驚きましたが、フルートがちょっと耳打ちをすると、納得した顔になりました。

「そういうことなら了解。みんな、気をつけて行っといで」

 すると、銀鼠と灰鼠の姉弟があわてて言いました。

「待ちなさいよ! あたしたちも行くわよ!」

「勝手に話を進めていく連中だな! 外で敵に出くわしたらどうするつもりだ!?」

「別に。俺たちだけで撃退できらぁ」

 とゼンはつまらなそうに答えてから、フルートに尋ねました。

「で、どうやったらここから外に出られるんだ?」

「僧侶さんに頼まないとね。ここは僧侶さんが作った結界の中だから」

 とフルートは紫の衣の老人のほうへ歩き出しました。仲間たちはそれについていきます。

 

 メールだけは泣いている子どもたちへ走っていくと、細い腰に両手を当てて呼びかけました。

「さあ、みんな、いつまでも泣いてるんじゃないよ! 今、あたいがいいものを見せたげるからさ! ――おいで、花たち!」

 メールが呼びかけると、たくさんの花がまた飛んできました。色とりどりの雲のような花の群れに向かって、メールがさっと手を振ります。

「そら、まずは鹿だよ!」

 すると、花の群れはざぁっと雨のような音を立てて形を変え、大きな鹿になりました。空中で角を振って飛び跳ねたので、子どもたちだけでなく大人たちまでが驚いて声をあげます。

「次はクジャクにおなり! お次はイルカ――!」

 メールが手を振るたびに、花は空中で形を変えて、メールが言った通りのものになります。たちまち子どもたちは泣きやみ、歓声を上げました。

「お姉ちゃん、次は羊を作って!」

「猫、猫! 猫も作ってよ!」

 とリクエストも飛び出して来たので、メールはすぐに花羊や花猫を作って見せました。子どもも大人もすっかり感心して大きな拍手を送ります。

 僧侶はフルートたちへ手を合わせました。

「おかげさまで皆が落ち着いてきたようです。感謝します」

 フルートは黙ってうなずくと、僧侶が開いた出口から、仲間たちと共に結界の外へ出ていきました――。

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