「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第23巻「猿神グルの戦い」

前のページ

第8章 狂った神

22.襲撃

 結界の中のシュイーゴの隠れ里に、突然轟音が響き渡りました。

 ヴィィィィ、ウォォォォ……

 音と共に森が激しく震えます。

 人々は集会所の外に飛び出しましたが、驚いた羊や馬が興奮して駆け回っているので、危険を感じてまた集会所に引き返してきました。木々から飛び立った鳥は、甲高く鳴きながら空を飛び回っています。

 ポチは元祖グル教の姉弟と僧侶に尋ねました。

「ワン、神様たちの声なんですか!? なんて言ってるんです!?」

 さすがのポチにも神様の声は聞き分けられません。

 姉弟たちは首を振りました。

「そんなの、わからないわよ! あたしたちは神じゃないんだから!」

「でも、アーラーンがこんなに興奮するなんて、今までにはなかったことだ! どうしたんだろう!?」

「ノワラもじゃ! ノワラは普段は非常におとなしい神だというのに!」

 と僧侶も驚いていました。轟音が激しいので、どなるような声で言わなければ相手には伝わりません。

 

 フルートは、はっとしました。

「ひょっとして、ノワラたちは危険を知らせているのか!? 敵がここを発見したのかもしれない――!」

 それを聞いて、仲間たちはいっせいに戦闘態勢に入りました。ゼンは背中の弓に一瞬で弦を張って矢をつがえ、メールは森の中の花に呼びかけ、ポポロは周囲を魔法使いの目で見回し、犬たちはいつでも変身できるように低く身構えます。

 フルートも金のペンダントを鎧の外に引き出してから、背中の剣に手をかけました。ただ、話し合いの最中だったので、盾は外して集会所の中に置いてありました。取りに戻っている暇はなさそうです。

 フルートの胸の上で魔石が明滅しているのを見て、ゼンが言いました。

「金の石が反応してるな! 闇の敵か!」

「闇の匂いが強くなってるわよ! 敵が現れるかもしれないわ、注意して!」

 とルルも言いました。長い茶色の毛が逆立って、普段より一回り体が大きくなったように見えています。

 ポポロは必死で周囲を見回し続けました。闇の気配は彼女も感じていますが、まだ方向がつかめません。

 

 すると、アーラーンやノワラの声が唐突にやみました。急に静かになった結界の中で、馬や羊だけがまだ鳴きながら駆け回っています。

「今のはなんだ……?」

「どうしたっていうんだろう……?」

 シュイーゴの住人がこわごわあたりを見回していると、突然また声が上がりました。今度は子どもたちの悲鳴です。建ち並ぶ丸太小屋の間から聞こえてきます。

「しまった!」

 とフルートたちは駆け出しました。大人は集会所に集まって話し合いを聞いていたのですが、子どもたちは隠れ里の中に散って、子ども同士で遊んでいたのです。

 悲鳴が上がった場所へ駆けつけると、小屋の陰から三人の子どもが飛び出してきました。どの子も真っ青な顔をしていて、フルートたちを見つけると全速力で走ってきます。

「勇者のお兄さん!!」

「あれ! あれ!」

「グルが襲ってきたんだよ――!」

 意外なことばにフルートたちは驚き、子どもたちの後を追うように小屋の向こうから現れたものを見て、また驚きました。

 それはリンゴの実ほどの丸い塊でした。黒い炎を吹き上げながら宙を飛び、こちらに迫ってきます。炎の真ん中には牙をむきだした猿の顔があります。

「グルだ!?」

 とフルートたちはいっせいに叫びました。ルルが全身の毛を大きく逆立てて言います。

「闇の匂いよ! あれは闇の怪物だわ!」

「まさか! あれはグルよ! 猿神よ!」

 と追いかけてきた銀鼠が言いました。

「神様がどうして子どもを襲うんだよ!?」

 とゼンがどなり返します。

 猿の顔の怪物は頭だけで飛び回り、子どもたちに食いつこうとしました。フルートが飛び出して剣で打ち払います。

 すると、跳ね飛ばされた怪物がテントにぶつかりました。黒い炎を吹いて燃えていますが、炎はテントには燃え移りませんでした。ただ跳ね返って、また襲いかかってきます。

「闇の陽炎(かげろう)だわ!」

 とポポロが言いました。

 ルルは変身しようとしたポチを引き留めました。

「だめよ! あれは闇の気の塊なの! さわったとたん闇に冒されるわ!」

 猿の頭がまた子どもたちに迫りました。フルートが剣で切りつけますが、素早くかわして襲いかかってきます。

「花たち!」

 とメールが叫ぶと、ザーッと音を立てて花が飛んできました。怪物の前に流れ込んで、花の壁で子どもたちを守ります。

「よし! いいぞ、メール!」

 花の壁が怪物の動きも止めたので、ゼンは言いました。狙いをつけて矢を放ちます。

 怪物は飛びのいて矢をかわそうとしましたが、百発百中の矢は怪物の後を追って方向を変えました。牙をむいた顔の真ん中を貫き、そのまま地面に落ちます――。

 

 すると、怪物の頭から黒い炎が消えました。ボールのように地面に転がって動かなくなります。

 ゼンは慎重に近づくと、矢が突き刺さったままの怪物を、矢をつかんで持ち上げました。とたんに声をあげます。

「なんだこりゃ!? 木でできてるぞ!」

 ゼンが言う通り、それは木を刻んで作った分厚い円盤でした。片側には牙をむいた猿の顔、反対側には目を細めて笑う猿の顔があります。

「これは門口のグルじゃないか! 家の入り口につけるお守りだぞ!」

 と灰鼠が言ったので、フルートたちは、サータマン人が家の扉にグルのお守りを取り付けることを思い出しました。扉のグルの顔は、外には怖い顔を見せて敵を追い払い、内には笑顔を見せて家族の安全を見守ってくれるのです。

 とたんに、ゼンの目の前でグルの頭が真っ二つに割れました。矢から離れて地面に落ちると、乾いた音を立てて転がります。

「どういうことだ?」

 フルートたちは顔を見合わせました。何がどうなっているのか、彼らにはわかりません。

 ルルが、くんくんと壊れたグルの匂いをかいで言いました。

「変ね。さっきまであんなに闇の匂いがしてたのに、今はもうしないわよ」

 けれども、ポポロは不安そうに周囲を見回しました。

「でも、あたりにはまだ闇の気配がしてるわよ。全然危険が去った気がしないわ……」

 不気味なことばに、一同はまた顔を見合わせました。僧侶が一瞬目を閉じてから、また目を開けて言います。

「ノワラが警告を出し続けています。確かに、まだ油断はできません」

「だって、ここは結界の中でしょう!? そこにどうして敵が現れるのよ!」

 と銀鼠が言います。

 

 そのとたん、また別な場所から悲鳴が上がりました。今度は大人の男の声です。

 フルートたちは飛び上がってまた駆け出し、建ち並ぶテントの間に、グルに襲われている人を見つけました。集会所での話し合いに加わっていなかった老人が、テントから這い出した格好で転げ回っていました。その背中には、握り拳ほどのグルの頭がへばりついています。

「かみつかれてるぞ!」

「早く助けないと!」

 ゼンとメールは老人に駆け寄ろうとしましたが、そこにまた何かが飛んできました。とっさにゼンがメールを抱えて伏せると、その頭上を黒く燃えるものが飛び過ぎていきます。

 それはやはりグルの頭でした。牙をむき目をつり上げて空中を飛び回り、今度は走ってくるポチとルルに襲いかかっていきます。

「ワン!!」

 二匹は一声ほえると、風の犬に変身しました。ごうっと音を立てて空に舞い上がり、その勢いでグルを吹き飛ばします。

 ところが、ルルは地上を見下ろして呆然としました。

「嘘……なによ、これ……」

 空にいる二匹には、隠れ里の小屋やテントの間から次々に丸いグルの頭が浮かび上がり、黒い闇の陽炎に包まれていく様子が見えていたのです。その数は百を越えています。

「ワン、ものすごい数のグルだ! みんな逃げて!」

 ポチが叫んだ瞬間、空に浮かんだグルはいっせいに人間に襲いかかっていきました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク